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日外会誌. 124(6): 553-555, 2023

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定期学術集会特別企画記録

第123回日本外科学会定期学術集会

特別企画(1)「インフォームドコンセントの功罪―理想のICとは―」
5.インフォームドコンセントからshared decision makingへ―理想的なEBMの追求

国立病院機構九州がんセンター 乳腺科

徳永 えり子

(2023年4月27日受付)



キーワード
インフォームドコンセント, evidence-based medicine (EBM), shared decision making (SDM)

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I.はじめに
「インフォームドコンセント(Informed consent;IC)をする」という誤った言葉の使い方が医療者の間でまかり通るようになって久しい.ICは本来,医療者の十分な説明により患者が治療法を理解した上で選択・同意するものであり,「ICをする」主語は患者である.この基本概念が薄れていることが,理想的なICが得られない一つの要因と考えられる.本講演では,理想的なevidence based medicine (EBM)を追求する上でのICおよびshared decision making (SDM)の重要性について議論したい.

II.インフォームドコンセント(Informed consent;IC)
ICとは医師が,意思能力者である患者に対して,①診断結果に基づく病状の正確な内容,②医師が推薦する医学的処置の性格と目的,③その医学的処置が成功する可能性とそれに伴う危険性,④その医学的処置の結果として患者に対して生じ得る利益と不利益,⑤代案としてのその他の適切な医学的処置の性格と目的,成功の可能性,危険性,および,利益と不利益,⑥それらすべての医学的処置が行われない場合の予後,などの情報(原則として,患者がそれ以上の情報を望む場合には,その情報)を患者が充分に理解できるような方法で開示し,かつ,患者がそれらの情報を充分に理解した上で,患者が,提示された複数の医学的処置(無治療を含む)のいずれを選択するかを自己の自由意思で決定し,選択した処置の実行に関して医師に対して与える許可である1).このようにICとは,医師(医療者)が患者に様々な情報を説明し,その内容を十分に理解した上で患者が医師(医療者)に与える同意であり,その同意成立までの過程では,医師(医療者)と患者との双方向の対話が重要であることが当初より指摘されてきた.

III.evidence-based medicine (EBM)とshared decision making (SDM)
われわれは日々,個々の患者にとって最善の医療を提供するためにevidence based medicine (EBM)の実践を心がけている.EBMとは「最善の科学的エビデンス」を基に,「臨床家の熟練,技能などを含む専門性」,「患者の意向(希望・価値観)・行動」,「個々の臨床状況・環境」を考え合わせて,より良い医療を目指そうとするものであり,この4要素はどれもが欠けてはならない不可欠のものである2)
一方,shared decision making (SDM)は「協働的意思決定」や「共有意思決定」と訳されるが,関連する情報を医療者と患者が共有し,医療者と患者の双方が治療方針決定にかかわり,最終決定に双方が同意する,というものである.いわゆるICよりも患者満足度の高い同意形成過程であるとされる.「最善のエビデンス」,「臨床家の専門性」を患者にわかりやすく伝え,医療者と患者との対話の中から「患者の意向」,「個々の臨床の状況や環境」を把握し,治療方針を共に話し合いながら決めていく過程はSDMそのものであり,SDMのないEBMは実践不可能ともいえる.Hoffmannらは「EBMは患者に始まり,患者に終わる.患者の価値観,好み,環境をEBMに組み入れることはおそらく最も難しく,決められたステップのないものである.SDMは臨床医と患者が治療の選択肢,ベネフィットとハーム,患者の価値観や好み,環境について議論した後で診療の決定の場においてともに参加するプロセスである.SDMの無いEBMはエビデンスによる圧政に転ずる.」と述べている3)

IV.SDMとIC
Whitneyらは病状・病態のリスクや診療行為・選択肢の不確かさの程度に応じて,医療現場における意思決定法を四つのタイプに分類し,ICを得る過程におけるSDMの要素の有無について論じている4).例えば,腹部銃創に対する開腹手術は,病態は高リスクで,治療にはそれ以外に選択肢がないためSDMの余地はない.一方,高いリスク,低い確実性(選択肢が複数)の場合,例えば,乳房部分切除術が可能な早期乳癌に対し,乳房全切除術か,乳房部分切除術+放射線療法かを決める際にはSDMは非常に重要である.乳癌の診療現場では,術式決定に関わらず,薬物療法や支持療法の選択においても多くの場合,複数の選択肢の中からその都度SDMにより方針を決定し,ICを得ることが多い.

V.当科におけるSDMと良質なIC取得に対する取り組み
われわれは,初診時よりその後の乳癌診療の流れ,考えられる治療法について情報を提供し,複数回の説明,情報提供と患者の意思確認を行い,SDMにより最終的な治療方針を決めている.例として手術方法決定とIC取得における診療の流れ(段階的同意取得過程)を図1に示す.看護師や他職種による説明の補助や患者の理解度確認も患者が納得,満足して治療を受けるのに重要な役割を果たしている.SDMと良質なIC取得のためのポイントは,患者の理解力に合わせた平易な言葉による段階的説明,必要に応じた多職種の介入,ガイドライン等の有効活用,患者の意向や理解度の把握・確認である.SDMの過程では迷ったり,悩んだりしてよいこと,一度決めたことも変更してよいことを説明し,患者に考える時間を十分に与える.この過程を繰り返すことにより,医療者はよりSDMに熟練していくものと考える.

図01

VI.おわりに
SDMのためには一定の時間が必要であるが,多くの外科医は多忙であり,十分な時間の確保ができず,診療の効率化が求められている.この相反する実情の中で理想的なICを得るためには,ガイドライン等の有効利用とともに,常にSDMを意識し,実践を繰り返す地道な積み重ねが必要である.

 
利益相反:なし

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文献
1) 森川 功:生命倫理の基本原則とインフォームド・コンセント.じほう,東京,pp84,2002.
2) Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH: Physicians’ and patients’ choices in evidence based practice. BMJ, 324: 1350, 2002.
3) Hoffmann TC, Montori VM, Mar CD:The Connection Between Evidence-Based Medicine and Shared Decision Making. JAMA, 312: 1295-1296, 2014.
4) Whitney SN, McGuire AL, McCullough LB: A typology of shared decision making, informed consent, and simple consent. Ann Intern Med, 140: 54-59, 2004.

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