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日外会誌. 124(6): 522-525, 2023

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安全な外科治療の実践と医療安全文化の次世代への承継

熊本大学病院 医療の質・安全管理部

近本 亮

内容要旨
手術は効果的であるがリスクが大きい医療行為である.外科手術を安全に実施するためには外科医も医療安全活動を理解する必要がある.医療安全活動は情報収集から始まり,それを元にした要因分析,改善策の立案・実行,再評価のループ(PDCAサイクル)を回し続けることがその本質である.術中の確認不足やルール違反は不適切な医療と考えられ,それに起因した合併症は回避可能であり根絶することが求められる.回避困難な合併症はその発生を問題として捉え,PDCAサイクルに沿って改善に取り組み医療の質の向上を図る.安全な医療の実践には安全文化の醸成が不可欠である.安全文化は安全を尊ぶ行動と精神であり,これを次世代に承継することも外科医の役割である.後進に繰り返し安全の重要性を説き,自ら安全を尊ぶ行動をとり続けることで安全文化は受け継がれていくのである.

キーワード
医療安全, 行動規範, 報告行動, 文化の承継

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I.はじめに
外科医療の進歩はめざましい.さまざまな技術・機器の発達によって医療の高度化・低侵襲化が進み,癌治療においては集学的治療の一つとして予後の延長にも貢献している.しかし,手術療法が大きなリスクをはらんでいる医療行為であることに変わりはない.医療事故調査制度が2015年に導入されてやがて8年が経過する.最新の年報では,分娩を含む手術に関連する報告が141件と全体のほぼ半数を占め1),係争に発展するケースも少なくない.安全な外科医療を国民に提供し続けるために,次世代を担う若い外科医に対して医療技術だけでなく外科医としての安全文化を承継していくことも現役外科医の使命である.本稿では,外科医として安全をどのように体現し,どのように受け継いでいくかについて私見を述べる.

II.患者安全活動を理解する
安全管理は医療安全管理者だけの仕事ではない.安全管理者がいかに安全なルールを策定し,細やかな医療安全ラウンドを実施したとしても,実際に患者への影響度を決定しているのは医師や看護師をはじめとする最前線の医療者である.したがって,外科医も医療安全活動の全体像を理解する必要がある.
米国Institute of Medicineから医療安全に関する報告書(To err is human : building a safer health system2)が1999年に発出されて以降,複数のメディカルエラーに関する論文が報告されている.依然としてメディカルエラーは患者死亡の主な原因の一つと考えられている3)6).その対策は世界の医療者に課せられた課題となっている.
国内では1999年から2000年にかけて,特定機能病院などの高度急性期病院において重大な医療事故が続発した.それ以降,医療安全に対する国民の関心は一気に高まることとなり,1999年はわが国の医療安全元年と位置付けられた.その後,「診療行為に関連した死亡の調査・分析モデル事業」を経て,2015年の医療事故調査制度導入に至る.医療事故調査制度では死亡例のみが対象となっており,調査対象外である死亡に至らない多くの事故事例を振り返ることは,重大事故を防ぐ上で極めて重要である.
長尾らは患者安全活動を平時と有事の二つのループを用いて説明している(図17).“平時”,つまり日々の診療においては,インシデントレポート・合併症報告など現場からの情報を収集することから患者安全活動のループは始まる.収集した情報を解析して問題点を抽出し,対策を立て実行に移す.その後,実行した対策の効果を評価し必要に応じて新たな対策を立て実行する.いわゆる“PDCAサイクル”を継続的に回すことにより医療の質を向上させ,“有事”に発展しないよう医療を提供していくことが,医療者が果たすべき役割である.これら一連の患者安全活動は,医療安全管理担当者のみでなく診療を実際に担当する臨床医も行う必要がある.

図01

III.安全な手術を目指す
医療施設の国際的認証機構であるJoint Commission International(JCI)は,医療機関において第三者的立場から患者安全の確保,質の高い医療,継続的な改善活動が整備されているかを厳しい基準で評価している.JCIは安全な医療を提供するための六つの目標(International Patient Safety Goals, IPSGs)を掲げている.それらは1.確実な患者確認,2.効果的なコミュニケーション,3.ハイアラート薬の安全性向上,4.安全な手術,5.感染リスクの低減,6.転倒転落による障害のリスク低減であり,世界中の医療機関が目指している共通目標と考えてよい.外科医はIPSGsに“安全な手術”が含まれていることを認識した上で,安全な手術を実践することは世界中の医療機関の目標であり全患者の願いであることを改めて理解する必要がある.手術は侵襲的な治療手段であり,その過程でさまざまな有害事象が生じる.患者が望んでいることは想定通りの結果を想定通りのプロセスで得ることであり,想定外のイベントは患者にとって容認し難い.われわれ医療者は予定している治療内容,想定される治療経過などを患者に伝え,その通りに治療が進むよう診療を行う.これが本来のクリニカルパス(clinical path)の目的である.
安全な手術を考える上で合併症の問題は切り離せない.術後合併症は回避可能なものと回避できないものに大別される.回避可能な合併症とは,確認不足やルール違反などに起因するもので,十分な確認やルールの遵守により回避できるものである.例えば,下部消化管手術時の尿管損傷は,十分な視野展開と解剖の同定を適切に行えば回避できる.損傷が生じたということは手術が安全に適切に実施されていないことの裏返しである.したがって回避可能な合併症が生じた場合は,医療の不適切性を指摘されることになる.自分の不注意や確認不足がその原因であれば,外科医は素直に認め謝ることが大切である.そのステップを踏まずに先に進むことはできない.素直に謝った上で,状態回復のために精一杯サポートすることを患者に約束し,その後の治療に向かう姿勢が必要である.
回避困難な合併症は患者因子の影響を強く受けたり,発生の原因が明らかになっていないものであり,十分に注意していても一定の頻度で起こる.手術創感染(SSI)や消化管縫合不全などがこれに該当する.医学研究に基づく外科医のさまざまな取り組みや医療機器の発達により発生頻度は低減してきているものの,いまだ根絶するには至っていない.回避困難な合併症は患者にとって時に大きな負担となり,そのトラブルシュートを誤ると負担はさらに大きく,長期間にわたることになる.医師・患者間の信頼関係は,それをきっかけとして失われることがある.したがって,合併症への対応は初回治療以上に慎重さが求められ,さらに状態が悪化することはどんなことがあっても避けなければならない.

IV.合併症に向き合う
回避困難な合併症は施設間で差はあるものの一定の頻度で生じる.手術までの準備,手術操作,術後管理が標準的範囲で行われても合併症は生じるため,外科医としては仕方ないと考えてしまう.しかし,実際に患者はそれによって苦しんでいることを忘れてはならない.
「問題」とは「現状」と「あるべき姿,理想の形」とのギャップである.合併症は一定の頻度で生じているが,本来は合併症なく退院することが望ましい.つまり,合併症が発生している現状と合併症のないあるべき姿にはギャップがあることになり,そこを問題として捉えることができる.合併症が生じている現状を仕方ないと容認してしまうと「あるべき姿,理想の形」とのギャップがなくなり,問題が存在しないことになってしまう.合併症をなくす,あるいは減らす第一歩は,合併症が生じたことを受け止め,それを問題だと認識することにある.治療において同じ目的を達成するのであれば,合併症なく経過するに越したことはない.この部分は「医療の質」に直結するものである.「提供した医療が不適切ではないから問題ない」という考えでは質の高い医療は到底行えない.
わが国では合併症報告が整備されている医療機関が増えてきている.オカレンスレポートという名称で運用しているところもあり,術中の大量出血や手術時間の大幅な延長,一部の術後合併症などが報告対象となっている.安全管理部門では病院全体の状況を把握するために報告を求め,病院管理者と共有することで病院のリスクマネージメントのためのツールとして活用している.一方で,合併症報告の意義を認識している外科医はどれほどいるであろうか.実際に「報告してもメリットがない」という外科医の声を聞くことがある.確かに報告しても合併症の事実は消えないし,患者が快方に向かうわけではない.しかし,生じた合併症を謙虚に受け止め報告を行うことは自らの診療を振り返るきっかけとなり,それを積み重ねることが合併症の低減につながる.また,報告によって診療チームの透明性も高められる.このような報告の意義を理解し,謙虚な気持ちで報告を行うことが質の高い医療につながることを理解する必要がある.

V.安全文化の醸成と承継
衣食住をはじめとする科学・技術・学問・芸術・道徳など生活形成の様式のなかで,人間の精神的生活に関わるものを文化と呼んでいる.行動規範はまさに文化そのものであり,人は自らの中にある行動規範に基づいて行動している.「文化」を風土に根差す慣習・行動様式と精神と言い換えれば,「安全文化」とは安全を尊ぶ行動と精神であると言える.英国のヒューマンエラーに関する心理学分野での第一人者であるReasonは,安全文化を構成する要素を「報告する文化」「正義の文化」「柔軟な文化」「学習する文化」とし,これらが作用し合い情報に立脚した文化が「安全文化」であると述べている8).前述の合併症報告は報告文化そのものであり,ここにフォーカスし報告行動を起こすこと自体が安全文化を高めることにつながる.
われわれには安全文化をより高めると同時に,それを次世代に承継していくことも求められている.安全文化は安全を尊ぶ行動と精神であると述べたが,行動と精神は文献や医学研究から修得し得るものではない.われわれが日本人としての文化を身につけた過程を振り返ると,親や兄弟から繰り返し教え諭され,彼らや社会の姿を見続け,それを礎として自らの中に価値観を構築し定着したものである.言い換えれば模倣とそれに対する評価を繰り返すことによって確立されたものである.安全文化を伝えることも同じである.繰り返し若い外科医に医療安全の大切さを説き,自らが安全を尊ぶ行動をとり続けることで次世代に文化として受け継がれていくのである.合併症報告やインシデントレポートを書かない先輩を見て,後輩が報告行動を身につけるはずはない.術前タイムアウトを面倒な形式的な儀式と考えている先輩から,それらの医療安全上の重要な意義を後輩が学ぶことはない.患者の状態を詳細に把握して入念な準備を行い,確認作業を繰り返しつつ安全に手術を進行し,合併症が生じたら謙虚に報告し看護師などチームメンバーと密に情報共有する.その姿を後輩は模倣し,安全を優先する精神を持った外科医に育っていく.「子は親の鏡」という言葉があるが,安全を優先させる外科医は安全を優先させる外科医からしか育たないのである.

VI.おわりに
医療は複雑で専門性が高く一般の国民にとって容易には理解できないことが多い.そういった専門性が高い仕事に従事する専門職には,免許や資格によって地位の独占性が認められる代わりに社会に貢献することが求められている.社会に貢献するために必要なことは良質な仕事であり,利他的な心であり,道徳心である.これをプロフェッショナリズムと呼び,われわれ医療者の矜持でもある.われわれはプロフェッショナルとして安全な医療を追求し,さらに次世代を育てる使命を担っている.全ての外科医が患者安全を体現し,後進に範を垂れることで安全文化を醸成・承継していくことを願う.

 
利益相反:なし

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文献
1) 一般社団法人医療安全調査機構:医療事故調査・支援センター 2022年報.2023.
2) Kohn LT,Corrigan JM,Donaldson MS,et al.: To Err is Human: building a safer health system. Committee on Quality of Healthcare in America Institute of Medicine, 1999.
3) Department of Health and Human Services: Adverse events in hospitals: national incidence among Medicare beneficiaries. 2010.[cited 2023.9.7] http://oig.hhs.gov/oei/reports/oei-06-09-00090.pdf
4) Classen D, Resar R, Griffin F, et al.: Global “trigger tool” shows that adverse events in hospitals may be ten times greater than previously measured. Health Aff, 30: 581-589, 2011.
5) Landrigan CP, Parry GJ, Bones CB, et al.: Temporal trends in rates of patient harm resulting from medical care. N Engl J Med, 363: 2124-2134, 2010.
6) Makary MA, Daniel M: Medical error-the third leading cause of death in the US. BMJ, 2016. doi: 10.1136/bmj.i2139.
7) 長尾 能雅,遠山 信幸,南須原 康行,他:医療安全管理部門への医師の関与と医療安全体制向上に関する研究.厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)総括研究報告,2016.
8) Reason J: 第9章 安全文化をエンジニアリングする.塩見弘(監訳),組織事故,日科技連出版社,東京,pp271-371,1999.

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