[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (1183KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 124(5): 439-443, 2023

項目選択

会員のための企画

がんサバイバーとエクササイズ

1) 東海大学 大学院医学研究科先端医科学専攻
2) 東海大学 医学部外科学系乳腺・腫瘍科学

佐藤 えみ1) , 新倉 直樹2)

内容要旨
日本では,年間100万人近くががんと診断され,がんの5年生存率は64%以上となり,がんサバイバーは増え続けている.がんサバイバーにとって,エクササイズは再発やがん関連死亡率の低下と関連することが知られている.すでに米国臨床腫瘍学会や世界保健機構は,がんサバイバーに定期的なエクササイズを推奨し,座位行動の制限を勧告している.しかし,エクササイズをライフスタイルに取り入れているがんサバイバーは少ない.その上,がんサバイバーの長時間の座位行動が観察されており,心血管疾患リスクや全死亡死因のリスクが高まっている.現行の医療制度ではがんサバイバーのリハビリテーションを含むエクササイズの提供には困難な制限がある.がんサバイバーがエクササイズに取り組むことでの利益は科学的に示されているものの,内外の環境整備が必要である.エクササイズでがんサバイバーがより長く,より健康に生きるために,患者,医療提供者,医療機関,医療制度,政策の各レベルでの取り組みが喫緊の課題である.

キーワード
がんサバイバー, 身体活動, 座位行動, ガイドライン, エクササイズ

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
がんサバイバーの数は,高齢社会と早期発見・早期治療の向上により,世界的に増加している1).厚生労働省と国立がん研究センターが2022年に公表した「2019年の全国がん登録」によると,新たにがんと診断された罹患数は99万9,075人であった.5年相対生存率2)は男女計で64.1%で,がんサバイバーは増加の一途を辿っている.
がんサバイバーのフォローアップは,診断,治療から療養生活と治療後,就労支援など多岐にわたる.これらは多職種が連携してフォローアップに努めている.一方で,がんサバイバーにおける身体活動(エクササイズを含む日常生活行動のすべて)のレベルは依然として低く,3分の1以上が身体活動に参加していない3).身体活動は,がん診断前と診断後の両方において,結腸がん,乳がん,子宮がん,前立腺がんおよび肺がんなどのがんサバイバーの生存率向上と関連する.特にエクササイズは,疲労などのがん治療の副作用を軽減し,身体機能や生活の質を向上させ,がんの再発やがん関連死亡率の低下と関連する4)6).さらに,エクササイズはがんサバイバーにとって一般的に安全で,すべてのサバイバーは「運動不足を避けるべき」であるとされる5)
これらのエクササイズを支持するエビデンスが多数存在するにも関わらず,エクササイズは多くの施設でがんサバイバーに十分に指導されていない.本稿では,エクササイズを含む身体活動や座位行動,ガイドラインおよびがんサバイバーのフォローアップに言及し,全がんサバイバーがエクササイズの恩恵に預かれる一助としたい.

II.がんサバイバーに推奨される身体活動のガイドライン
米国臨床腫瘍学会(ASCO)が2022年に改訂したがんサバイバーのための栄養と身体活動のガイドライン7)では,まずは健康な体重を維持すること,次に活発な身体活動が推奨され,成人では1週間に150~300分の中強度の身体活動(または75~150分の強度の身体活動)を行う必要があり,さらには300分の上限を超えるように努力することが求められている.すべての年齢層では,健康的な体重を達成し,維持するのに役立つ量の栄養素を多く含む食品を積極的に摂取することを推奨されている.世界保健機構(WHO)は2020年にガイドライン8)を発表し,身体活動と座位行動に関して,がんを含む慢性疾患をもつ人に推奨される身体活動について,エビデンスに基づく公衆衛生上の勧告を行っている(図1).慢性疾患(がん,高血圧,2型糖尿病,HIV感染等)を有する成人および高齢者に身体活動がもたらすがんサバイバーへの効果は総死亡率,がん特異的死亡率,およびがんの再発や二次発がんのリスクを低下させるとし,推奨される身体活動はASCOと同等である.
筆者らは外来診療で,乳がんの診断時からがんサバイバーに週150分以上の身体活動を指導している.しかし,本学の外来通院中の乳がん患者を対象とした横断的調査(n=522)では,1週間の身体活動の平均値は145.7分(SD155)で,全体の330人(63.2%)が1週間の身体活動が150分以下であった.このことは身体活動の有用性の情報提供だけでは患者の行動変容は惹起されず,さらなる支援を要することが示唆される.

図01

III.座位行動/座位時間(Sedentary behavior/Sedentary time)
座位行動は,「座位および臥位におけるエネルギー消費量は1.5METs以下のすべての覚醒行動」と定義され,TVを見ること,PCでの作業や座業での業務,乗り物の中で座っていることなどを指す.
日本人の座位行動(図2)は,各諸国と比しても長時間で,心臓・代謝イベントと座位行動の長さと関連を示している9).さらに,がん診断後に高いレベルの座位行動を報告したがんサバイバーは,全死因死亡リスクがハザード比1.22(95%CI:1.06-1.41)で,直腸がん特異的死亡リスクがハザード比1.53(95%CI:1.14-2.06)であることが示された.これらの結果は,がんの診断と治療後も,座位行動がより不良な転帰に寄与している可能性がある.
WHOの身体活動/座位行動ガイドライン8)では,がんを含む慢性疾患のある成人および高齢者は,座位時間を制限する必要があり,身体活動に置き換えることで健康上の利点をもたらすとし,強く推奨しつつも確実性の低い証拠に留まっている.現在までにがんサバイバーにとって1日にどの程度の座位時間が,がんの全/関連死亡率や再発率などに関連しているかは十分に明らかにされておらず,今後,エビデンスの構築が待たれる.

図02

IV.がんサバイバーへの身体活動の介入研究
運動不足は世界で蔓延し,肥満や喫煙および飲酒などと同様にがんなどの慢性疾患においても重要であるが,修正可能な危険因子でもある.しかし,活動的なライフスタイルの重要性については,世界的にあまり注目されず,身体活動の促進は重要な公衆衛生上の課題である10).身体活動は疫学研究でがん再発のリスクを軽減し,生存率を改善することが知られている.現在は欧米を中心に生存率を主要評価項目としたエクササイズの介入研究が前向き臨床試験として行われている(Clinical trial org, NCT02750826,NCT00819208).

V.がんサバイバーへのエクササイズの指導
OECD加盟国の医師1人当たりの年間外来診療件数11)は韓国に次ぎ第2位である.がん治療の高度かつ複雑化と,増加するがんサバイバーのライフスタイルの支援を医師のみが担うことは困難であり,他の医療専門職の介入が必要である.特に,担当医ががん患者と運動について話をしない主な理由は時間の不足である.
がんサバイバーに対する理学療法士や作業療法士の介入は,診療報酬としてがんリハビリテーション料が算定できる.しかし,対象はがん治療を目的に入院している患者と緩和ケアを目的とした治療を行っている進行がんまたは末期がんの患者に限られる.この背景から,外来通院中のがんサバイバーに対するエクササイズの支援は医療専門職の努力によって補われているか,もしくは支援が不十分である.がんサバイバーのエクササイズが再発率の低下や二次発がんのリスク低下および全死亡率の減少を示しているにも関わらず,現行の医療制度の診療報酬体制では全がんサバイバーがエクササイズや生活習慣の指導を享受できていない.今後は医療政策レベルでがんサバイバーへのエクササイズを含めたライフスタイルの指導が喫緊の課題であろう.

VI.がんサバイバーがエクササイズに取り組むための工夫
がんサバイバーが自律してエクササイズに取り組むための障壁は,知識不足に始まり,身体症状として疼痛,倦怠感や消化器症状,末梢神経障害および心理面では不安や抑うつ,不眠など多岐にわたる.本学では,乳がんサバイバーに対してヨガインストラクターを招聘してヨガ教室を月に1回開催し,エクササイズに取り組むための環境を提供している(現在はCOVID-19の流行により閉鎖中).また,本学で過体重/肥満の乳がんサバイバーを対象に,減量を目的として月に1回の動機付け面接を用いた介入を看護師が実施し(n=27),介入前の身体活動時間は108.8分/週であったが,介入終了時252.6分/週に増加し,介入終了3カ月後の観察期間時点では176.0分で,看護師の介入は身体活動量にポジティブな影響をもたらした(図3).
一方で,上述した横断的調査(n=522)では,エクササイズの有効性(再発,死亡率の低下)を認知している乳がんサバイバーは30.7%であった.これらから,がんサバイバーがエクササイズに取り組むため,正確で適切な情報提供と,動機付けが有用であることが示唆され,がんサバイバーがエクササイズを実施継続できる内外の環境が肝要である.

図03

VII.おわりに
エクササイズを行う利益は多いが,がんサバイバーの多くがその恩恵に預かれていない.がんサバイバーがより長く,より健康に生きるために,個人,医療提供者,医療機関,医療制度,政策の各レベルでの取り組みが必要である.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) Emery J, Butow P, Lai-Kwon J, et al.: Management of common clinical problems experienced by survivors of cancer. Lancet, 399(10334): 1537-1550, 2022.
2) Foundation for Promotion of Cancer Reseach: CANCER STATISTICS 2022. [Accessed July 1,2022]. Avaival from: https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/pdf/cancer_statistics_2022.pdf
3) Cao C, Friedenreich CM, Yang L: Association of Daily Sitting Time and Leisure-Time Physical Activity With Survival Among US Cancer Survivors. JAMA Oncol, 8(3): 395-403, 2022.
4) Morishita S, Hamaue Y, Fukushima T, et al.: Effect of Exercise on Mortality and Recurrence in Patients With Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis. Integr Cancer Ther, 19: 1534735420917462, 2020.
5) Campbell KL, Winters-Stone KM, Wiskemann J, et al.: Exercise Guidelines for Cancer Survivors: Consensus Statement from International Multidisciplinary Roundtable. Med Sci Sports Exerc, 51(11): 2375-2390, 2019.
6) Dennett A, Harding KE, Reimert J, et al.: Telerehabilitation’s Safety, Feasibility, and Exercise Uptake in Cancer Survivors: Process Evaluation. JMIR Cancer, 7(4):e33130, 2021.
7) Rock CL, Thomson CA, Sullivan KR, et al.: American Cancer Society nutrition and physical activity guideline for cancer survivors. CA Cancer J Clin, 72(3): 230-262, 2022.
8) World Health Organization: WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. World Health Organization. [Accessed July 3,2022]. https://apps.who.int/iris/handle/10665/336656.
9) Koyama T, Kuriyama N, Ozaki E, et al.: Sedentary Time is Associated with Cardiometabolic Diseases in A Large Japanese Population: A Cross-Sectional Study. J Atheroscler Thromb, 27(10): 1097-1107, 2020.
10) Tajima T, Harada K, Oguma Y, et al.: Current status of awareness, knowledge, beliefs, and behavioral intentions regarding the Japanese physical activity guidelines and their relationship with physical activity and sedentary behavior. Jpn J Public Health, 69(10): 790-804, 2022.
11) 前田 由美子: 医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-. [Accessed July 3,2022]. https://www.jmari.med.or.jp/download/RE077

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。