日外会誌. 124(5): 388-390, 2023
若手外科医の声
より良い移植医療の実現を目指して若手外科医にできること―日本臓器移植ネットワークでの経験―
日本臓器移植ネットワーク 竹村 裕介 [平成24(2012)年卒] |
キーワード
肝臓移植, 脳死下臓器提供
I.はじめに
私は肝胆膵・移植外科医という立場で,日本臓器移植ネットワーク(JOT)に出向し国内の臓器移植体制の整備に携わっている.
II.移植外科医を志した経緯
私は2012年に医学部卒業後,初期研修を行う中で肝胆膵外科の魅力に触れ,肝胆膵外科医を志して母校の慶應義塾大学の外科学教室に入局した.医師5年目に大学に帰室し肝胆膵・移植チームに所属するようになり,肝移植医療を経験するようになった.私は移植手術特有の一体感や肝移植により救命され日常生活に戻っていく患者の姿に感銘を受け,徐々に移植医療に興味を持つようになった.さらに肝移植に関する学会発表や論文執筆を重ねる中でご指導いただいた肝移植医の先生方より刺激を受け,より一層肝移植医療に魅了され,肝移植をサブスペシャルティとして志すようになった.しかし,多くの脳死肝移植待機患者が移植に至らず命を失う経験をして,日本では臓器提供が少ないために救えない命が数多くいるという社会問題を痛感した.そのため私は目の前の肝不全患者を救うためには移植外科医として研鑽を積むだけでなく,臓器提供数増加に貢献し移植医療全体を盛り上げなくてはならないと思うようになった.
III.JOTへの出向
JOTは,眼球を除いた臓器を移植待機患者にあっせんする日本唯一の機関で,1997年に臓器移植法の施行に伴って設立された.現在年間100~120例程度の臓器あっせんを主な業務とし,各医療機関の臓器提供体制整備や国民への普及啓発等も行っている.私は2018年より日本の脳死肝移植のハイリスクドナーに関する臨床研究を行っており,ドナーに関するデータ収集のためJOTへ幾度も伺う機会があった1)2).この活動が背景にあったとはいえ,JOTへの出向の話をいただいた当初はその思いがけない人事に多少の戸惑いを感じた.しかしJOTで活動することで「臓器提供数を増やす」という課題を解決する糸口がつかめるのではないかと考え,JOTへの出向を決心した.
IV.日本の臓器移植とJOTの現状と課題
欧米や隣国韓国の死体臓器移植医療と比較して,日本の死体臓器移植医療は圧倒的に遅れを取っている.日本で最も臓器提供が行われた2019年の人口100万人当たりのドナー数は0.99人とアメリカの約40分の1,韓国の約9分の1である.肝臓移植においては日本の法令ガイドラインでは生体移植は死体移植ができない場合に限る扱いとされているが,実際は臓器提供数が少ないため生体移植に頼らざるを得ず,適合する生体ドナーがいない患者に対して死体移植が選択され臓器移植の機会を待っているのが現状である.日本ではこれまでに,実際に脳死肝移植を受けられた患者の2倍以上の患者が待機中に肝移植を受けられずに死亡(待機中死亡という)してきた.また,そもそも肝移植という選択肢すら知ることなく死亡する患者も多くいると言われており,国内における絶対的な臓器不足は極めて深刻な社会問題である.他の先進国であれば救命できる命を日本では救命できないという現状を打破するため,臓器提供数の増加に貢献し,日本の待機中死亡者を減らしたい.そのような思いを胸にJOTに就職した.
JOTでは私はメディカルコーディネーターという立場で厚生労働省・移植施設・提供施設・検査施設等と臓器移植医療に関する体制整備に携わることとなった.しかし実際に入社してまずわかったことは,JOT内の人手不足と労働環境の過酷さであった.その過酷な環境から若手やベテラン問わず臓器移植コーディネーターが相次いで退職し人手不足に拍車がかかり,残ったコーディネーターで昼夜問わずオンコールを分担し,全国各地を転々と飛び回るなど現場はまさに疲弊していた.非効率的な業務が多数あるために1例の臓器提供に人手が多くかかる体制となっており,当然このままでは臓器提供者数の増加に耐えられるような状況ではなかった.私は当初考えていた臓器提供者数の増加に向けた対外的な活動以上に,臓器提供者数が増加してもコーディネーターが安心し健全に働くことができる社団の基盤作りこそ私がJOT内部で行うべき重要な役割であると強く自覚した.
その中で現在私が携わっているのは臓器あっせんに関連する諸業務のDigital Transformation (DX)化の推進である.臓器あっせんに関わる書類の多くが手書きであり,移植施設や検査施設との連絡にFAX等が用いられる等非効率的な運用が多く,現在それらを全面的に電子化する取り組みを行っている.これによりJOTコーディネーターの業務改善・省力化ができ,死体移植医療に携わる医師にとっても大きな変革の一助となることを期待している.
また,これまで臓器移植に関するデータ管理は各学会およびJOTによって別個に行われていたため,多重登録による移植施設,学会,JOTの負担が大きかった.さらに,研究者がJOTの保有する脳死ドナー情報を研究目的で利用するハードルが極めて高く,国内における臨床研究の大きな妨げとなっていた.そこで一元的な臓器移植レジストリの設立を目指し2022年9月より日本移植学会と合同で臓器移植医学情報活用合同委員会(江川裕人委員長)を設置し,2024年度症例の登録開始を目指し本格的に開発を行っている.
V.おわりに
日本の臓器移植医療の心臓とも言える場所で培った経験は,極めて刺激的で有意義だった.一消化器外科医の立場では通常出会うことのない多職種・多方面の方々と共に仕事をできたことや,臓器移植医療に関する知見を大いに拡げることができたことは,私の移植医人生の財産となることは間違いないであろう.今後外科医として研鑽を積む生活に戻っても,JOTでの貴重な経験を活かして国内の移植医療の推進に関わっていければと願う.JOTにおいて長年培われてきたことを効率化していく課題は当初私には困難に思えたが,多くの方々に支えられながらも形になりつつある.外科医の過酷な労働環境と外科医の減少は喫緊の課題とされるが,私のJOTでの経験を活かして問題解決の糸口を見出していくことが可能ではないかと考えている.JOT赴任前からの目標である「移植希望患者が移植を受けられる社会」を実現することができるよう,これからも経験を積み精進していきたい.
謝 辞
慶應義塾大学医学部外科学(一般・消化器)北川雄光教授,尾原秀明先生,北郷実先生,日本移植学会理事長 江川裕人理事長,日本臓器移植ネットワーク門田守人理事長,北村聖専務理事をはじめ多くの先生方から日頃より大変多くのご指導・ご厚誼を賜り,この場をお借りして厚く御礼申し上げます.また,国際医療福祉大学三田病院消化器センター 篠田昌宏教授より御指名いただき本稿を担当させていただきました.貴重な機会をいただき感謝申し上げます.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。