日外会誌. 124(4): 360-364, 2023
会員のための企画
女性外科医を増やすためには
大阪医科薬科大学 一般・消化器外科 河野 恵美子 |
キーワード
女性外科医, 男女共同参画, 働き方改革, アンコンシャス・バイアス, DEI(Diversity, Equity, Inclusion)
I.はじめに
医師・歯科医師・薬剤師統計によると,主たる診療科を外科と回答した医師は,2000年は24,444人(男性23,633人・女性は811人)であったが,2020年には13,211人(男性12,305人・女性906人)と約半数に減少し,平均年齢は53.6歳と高齢化が進んでいる.日本外科学会は外科医減少問題に対し,さまざまな取り組みを行ってきた.しかし外科医減少の歯止めはいまだかかっておらず,2022年4月「外科医希望者の伸び悩みについての再考」を発表した.外科医希望者の減少をきたした理由の一つとして女性医師の問題が含まれている.近年,医学生に占める女性の割合は増加しており,対策を講じなければ外科医療の衰退へとつながるため,早急に取り組まなければならない重要課題である.
II.女性外科医を増やす意義
現在の働き方は男性外科医の配偶者が専業主婦であるということを前提として考えられており,家庭労働を無視した長時間・不規則な労働を医師に求めるものである.女性は男性と同等の働き方が難しいと負の評価を受ける傾向にあったが,若者の仕事や家庭観は変化しており,女性だけではなく男性もワークライフバランスを重視する傾向にある1).女性外科医を増やすことは単に医療現場の深刻な労働力不足を補うだけではなく,男性中心型労働慣行や社会的価値観の変革につながり,長時間労働の是正および柔軟な勤務形態の導入など「働き方改革」を行いながら外科に新たな視点や多様な価値観をもたらすことが期待できる.外科医の多様性を高めることは創造性,革新性を高め,患者ケアの質を向上させるなど,多くの利点があるといわれている2).
III.女性が外科選択を避ける理由
2021年に米国から発表されたシステマティックレビュー「女子医学生が外科系専門医を目指す決断に影響を与える要因」によると,外科選択の負の決断に影響を与える因子はライフスタイル,男女差別,社会的・文化的障壁であるという3).本項ではこれら三つの点に関して日本の外科の状況を以下に述べる.
1.ライフスタイル
女性が外科を敬遠する最大の理由はライフスタイルであるといわれている.日本の場合,働き方改革の議論が始まるまでは「主治医は全ての責任を負い,24時間365日対応すべきである」という倫理観の下,土日もスタッフ全員で回診することも日常であった.20代・30代の外科医の約4割が年間3,000時間超の時間外労働を行っており,ライフスタイルをコントロールすることが難しい.女性外科医の第一子出産平均年齢は33.1歳,二子は35.3歳である.家事・育児の主な担い手であることが多く,配偶者の職業は約半数(47.5%)が常勤医師である.一方,男性外科医の配偶者は66%が専業主婦である4).子供を持つ男性外科医の常勤は93.1%・非常勤が5.8%であるのに対し,女性外科医の常勤は72.0%が常勤・非常勤が21.0%である5).非常勤の立場では手術執刀や責任ある仕事は任せてもらえず,本人の意向とは関係なくキャリアの一線から退くことになる.
2.男女差別
日本外科学会が実施した各種調査の結果も根強い男女差別の存在を示している.「全国外科医仕事と生活の質調査」によると,仕事ならびに昇進の差別感は女性が有意に強く感じている5).「女性外科医の妊娠・出産に対する意識とその実態に関するアンケート」では,37%の女性外科医が妊娠・出産に関するネガティブなメッセージを受け,49%がセクハラを経験している4).「日本外科学会会員の労働環境に関するアンケート調査」では外科医の平均年収は年齢や職位など外科医の給与に影響する他の要因を調整した後でも,女性は男性よりも約150万円年収が少ないことが明らかになっている6).
われわれの研究グループはNational Clinical Database(NCD)を用いて,日本人外科医の男女別手術執刀機会について調査した.6術式(虫垂切除術・胆嚢摘出術・結腸右半切除術・幽門側胃切除術・低位前方切除術・膵頭十二指腸切除術)において,女性は男性より1人あたりの執刀数が少なく,その差は高難度の術式で顕著であった7).日本外科学会会員の専門医資格数の平均値は男性が2.5に対し,女性は1.6と有意に少ない.また,日本外科学会における2021年の女性の代議員は345人のうち6人(1.7%),指定施設代表者は1,216人のうち10人(0.8%),関連施設代表者991人のうち15人(1.5%)と極端に少ない.高難度手術の技術習得は昇進に直結するため,手術経験の差がキャリアに大きな影響を及ぼしていると思われる.
過去の報告から,高いレベルで活躍する女性外科医を増やすことが,外科を選択する女性の増加につながることが示されているが8),日本ではロールモデルが少なく,外科を敬遠する要因になっている可能性がある.
3.社会的・文化的障壁
女性医師のキャリア選択は国の文化の影響を受けるといわれている.世界経済フォーラムが2022年7月に公表した「The Global Gender Gap Report 2022」によると,男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数は,日本は146カ国中116位であり先進国の中で最低レベルである.日本社会は「男は仕事,女は家庭」という固定的性別役割分担意識が非常に強い.近年は女性の就業率は上昇し,若い世代では男性も家事・育児を分担するようにはなってきたが,依然として強固な性別分業が残っている.そのため多くの女性は仕事と家庭の無償労働の二重負担を強いられている.一方男性は,2000年代後半からイクメンの台頭で男性の家事・育児への意識改革は進んでいるが,職場環境・育休取得を阻む雰囲気・収入減・キャリア形成の遅れに対する心配などの理由から男性の家庭参画は未だ限定的である9).男性医師の育休取得率は2~3%に過ぎない.男女共同参画に関する社会政策が整備されているスウェーデンでは,医学生の専門分野選択は男女で類似しており,外科に対する志向も男女差がないことが分かっている10).
IV.女性外科医を増やすための戦略とは
女性外科医を増やすためには,Ⅲで示した外科選択の負の決断に影響を与える因子を取り除いていくことが必要である.鍵となるのは働き方改革,多様性を認め合う社会の実現である.
1.外科医の働き方改革
外科の労働環境は非常に厳しく,育児支援制度がいかに完備されたとしても,両立は容易ではない.われわれが実施したアンケート調査でも,8割以上の回答者が育児支援制度は女性の負担を軽減するが,それでも両立は難しいと感じており,外科全体の働き方改革が必要不可欠であると結論付けている11).
従来,外科は叱咤激励されながら先輩外科医から技術を継承し,24時間365日外科診療に邁進することを美徳としてきた.しかし,仕事や家庭に対する考え方は時代とともに変化しており,妻やパートナーのキャリアを尊重したい,家事や育児を行いたいと考える男性も増えている.働き方改革は女性外科医だけではなく,男性外科医も増やす戦略でもある.2024年4月には時間外労働規制が医師にも適用されるため,管理者はパラダイムシフトに柔軟に対応していくことが求められる.労務管理を行い,タスクシフトやチーム制などを導入し,外科医の負担をできるだけ軽減する必要がある.手術の定型化,クリティカルパスの導入,ICT利活用などによって効率化を図るとともに外科医の業務の平準化に努めることも重要である.
上記を推進するためには,国民への啓発が不可欠である.従来は家族の都合に合わせて無償で時間外に病状説明を行い,急変時はいつ何時も執刀医が駆けつけて対応してきたが,説明は勤務時間内に実施し,急変時の対応は主治医以外が担当する場合があることへの理解や協力が必要である.
個人の努力や施設単位でできることには限界があるため,日本外科学会には引き続き抜本的なタスクシフト,施設の集約化,地域偏在,外科の医療サービス価格の適正化(診療報酬),インセンティブなどの問題解決に向けて国との協議を進めていただき,さらに国民の啓発を促すメディアやSNS戦略をご検討いただきたい.
医学生の多くは外科系分野に興味を示し,その将来性を感じており12),労働環境の整備や外科指導者層の意識改革が進むと,女性だけではなく男性の外科志望者も増加する可能性は高いと考える.
2.無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の解消
無意識の偏見とは「過去の経験や習慣・環境などから自分自身が気付かずに持つ偏った見方・考え方」のことである.「外科は男性の仕事」「家事・育児は女性の仕事」「外科医は24時間365日働くものである」「組織のリーダーは男性が向いている」などといったものが相当する.医学部卒業生の大半は,外科は女性を歓迎していないと感じていることが報告されており13),女性外科医を増やすためにはその偏見に気付き,乗り越えるための方策を立てることが重要である.アンコンシャス・バイアスへの気付きは多様性を認め合う外科医社会の実現に向けた第一歩である.
3.DEI(Diversity, Equity& Inclusion)の推進
Diversity & Inclusion(多様性と包摂)は人材の多様性を認め,それぞれの個性や能力に応じて活躍の場を与えることであるが,近年,Equity(公平性)を加えたDEIという概念が注目されている.Equityとは一人ひとりの状況に合わせて情報やツール,リソースを用意し,誰もが成功する機会が得られるようにすることである.
外科は非常に同質性の高い集団であり,意思決定層の多くは男性,50代以上である.数少ない女性リーダーは従来の「男性型」をなぞっていることが多い.外科は単線型キャリアパスであり,多彩なキャリアはほぼ存在しない.高い評価を受けるのは,できる限り病棟で勤務し,当直や緊急手術をたくさん経験し,日本外科学会の専門医のみならずサブスペシャルティさらには技術認定医や肝胆膵高度技能医といった資格を取得し,その上業績を重ねている外科医である.家事・育児を行いながらそれらをオールクリアすることは相当難しい.育児中の外科医も多彩な能力を持ったものはたくさん存在している.今後はそれぞれの個性や能力を生かせる多彩なキャリアを認める社会にならなければ,外科医不足はより加速することが予測される.学会や組織のトップがいかにDEIを理解し,本気で取り組むことができるかにかかっている.
昨年,われわれの研究グループは男女消化器外科医間の手術執刀機会と短期手術成績を明らかにしJAMA SurgeryとBMJに発表した7)14).NCDを用いてジェンダーバイアスを可視化した本邦初の論文であるが,英文誌に発表した後に日本消化器外科学会から「女性消化器外科医の手術修練に関する周知依頼について」15),「女性消化器外科医の執刀症例における公正性の担保についてのご依頼」16)というステートメントが出された.また,第78回日本消化器外科学会総会では手術執刀機会の男女均等や真のダイバーシティの実現を目指した会員の意識改革などを盛り込んだ函館宣言を公表する予定である.
今後はこういった学会側の発信を,いかに現場に浸透させるかについても考えていく必要がある.近年,女性のキャリアを阻む存在として古い価値観に凝り固まった中間管理職が注目されている.所属長がDEIを取り入れようとしても,末端まで浸透していかないことから「粘土層」と呼ばれている.各施設の所属長だけでなく中間管理職の意識改革も重要である.抄読会や医局の研究会でDEIをテーマとした内容を選定するなど,少しでも学ぶ機会を持っていただきたい.学会には,専門医・指導医の取得ならびに更新時に働き方改革やDEI関連の研修を必須にする,DEIを推進している施設や医局を表彰する,学会施設認定の要件に女性医師に関する内容を追加する,NCDを用いて施設ごとの男女別執刀数を可視化できるようにするなど,さらに踏み込んだ取り組みを期待したい.
4.意思決定における女性の登用
外科における多様性を浸透させるには意思決定権の場に女性を登用することが必要不可欠であり,学会理事の女性比率を30%に引き上げることを提案する.集団の中で存在を無視できないグループになるには一定数が必要で,一般的に30%が最低ラインといわれている.また,女性比率が15%以下の場合,その少数派の女性が属性全体を代表する弊害が起きるともいわれている.数値的目標を導入すると避けて通れないのが逆差別の議論であるが,女性外科医を増やすための制度設計や意識改革は当事者である女性抜きでは達成することは難しい.また,医学の専門分野を選択する過程でロールモデルを重視することはさまざまな研究結果から明らかにされており,同性のロールモデルは重要である3).
V.おわりに
われわれが目指すべきは,性別にかかわらず「すべての外科医が成功する機会を得るようにすること」である.働き方改革,アンコンシャス・バイアスの解消,DEIを推進し,労働環境の整備と多様性を認める社会が実現すると,女性だけではなく男性の外科志望者も増加すると思われる.
利益相反:なし
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