日外会誌. 124(4): 342-347, 2023
特集
外科的冠動脈血行再建術の現状と展望
6.ロボット支援下CABG
東京医科歯科大学 心臓血管外科 藤田 知之 |
キーワード
ダビンチ, 内胸動脈, 冠動脈バイパス術, ロボット補助下
I.はじめに
最近の低侵襲心臓外科手術(MICS)の進歩は目覚ましいものがあり,それは人工心肺,器具,ロボットのプラットフォームの改善に伴うものである.冠動脈バイパス術(CABG;coronary artery bypass grafting)は冠動脈疾患に対する最も重要な治療法である.長期生命予後への寄与,再治療の抑制などにおいて低侵襲な治療である経カテーテル的冠血行再建術(PCI)よりも優れると言われている.しかしながら,CABGの多くは胸骨正中切開で施行されることから,たとえより低侵襲なOff-pump CABG(OPCAB)で施行されたとしても,特に高齢者や糖尿病などの併存症のある患者でしばしば躊躇されることがある.そのため,CABGの適応があるもののPCIが施行される患者も少なからずいる.近年は低侵襲でありながらCABGの利点を活かす肋間開胸で行う低侵襲CABG(MICS-CABG)が注目を浴びている.その中でもロボット補助下での冠動脈バイパス術(RCABG;robotic CABG)は経験を必要とするものの世界の複数の施設で行われている.現在日本では適応がないので保険内で行うことはできないが,ロボット補助下での内胸動脈(ITA;internal thoracic artery)採取は,胸部外科の手技として適応があるので施行可能である.ここでは,世界のRCABGの情勢と日本での取り組みを述べたい.
II.ステップバイステップ,RCABGの道
海外では1998年ごろよりダビンチを用いたCABGが施行されてきた1).図1に示すようにRCABGにはレベルがある.はじめはロボット補助下にて内胸動脈を採取する.左開胸MICS-CABGにおけるLITA採取が基本である.日本では,RCABGが保険適応外なのでロボットで採取したITAを用いてMICS-CABGにてLAD(前下行枝)へoff-pumpで吻合することになる.多枝病変の場合は橈骨動脈を用いてLITAとのY composite graftで吻合する場合が多い.
海外の一部の施設では開胸を行った上でRCABGを施行する.その利点は問題があったときにすぐに直視下での介入が可能であることである.続いて肋間アプローチにて心停止下でバイパス術を行い,さらに慣れてくれば,人工心肺使用下でのbeating CABGを行い,off-pumpでのCABGに至る.最終的には複数箇所のバイパスを行うことがゴールである.
III.ITA採取の方法
日本で唯一CABGにおけるロボットの可能な手技である.具体的にLITA採取の方法を述べる.僧帽弁に対するロボット手術と同じように,分離肺換気ができるようにし,右背側にスポンジやタオルを挿入し右胸郭を持ち上げる.ペイシェントカート(ロボット本体)は患者の右側から接近し,ビジョンカートは患者の左側頭部か足元に設置する.サージョンコンソールは術野が見渡せる場所に設置することが望ましい.ポート配置はカメラポートを第4肋間前腋窩線から3~4cm前方寄り(男性の場合乳首から3~4cm外側)に配置し,右手は第2肋間,左手は第6肋間のやや前方寄りに配置する(図2).カメラポートが外側すぎると肺や心臓が被ってくるので外側にしすぎないことが大切であるが,ITAに近づきすぎると鉗子の取り回しが難しい.右のアームが右肩に干渉しやすいので十分に右肩が下がるように体位を取ることがポイントである.右アームの可動域を考え,肋間の選択を3, 5, 7とすることもある.CO2をいずれかのポートに接続し,5~10mmHgで送気する2).心臓が張り出してどうしても視野が悪いときはもう少し送気圧をあげるが,CO2が貯留しやすく血圧が下がるので麻酔科とのコミュニケーションは必須である.
カメラはアップにして第2肋間のあたりから採取を開始する.慣れてくればskeletonizedで採取する方が時間の短縮にもなるが,最初はpedicleで採取することを推奨する.ITAはすぐに視認できるので,少し手前から層に入りgentleに周囲組織を引っ張りながら剥離と枝の切離を電気メスで行う.枝から出血した場合,専用のクリップを用いることもあるが器具の出し入れが大変なので極力電気メスで切離する.剥離の範囲は開胸手術と同じである.Innominate veinはすぐに視認できるので,中枢側はむしろ容易で,末梢側は届かないことがありターゲットの位置によっては第5肋間でgive upすることがある.採取が終わると使用するまで末梢側は切らずに置いておく.日本では,このままロボット手術を終え,MICS-CABGへ移る.
IV.RCABGの適応
ターゲットとして1枝または多くても2枝の病変が良い適応となる.それ以上であれば,PCIと組み合わせたHybrid revascularizationが考慮される.また,片肺換気となるので,呼吸機能は重要である.慢性呼吸障害,低心機能,高度心肥大,高度な肥満は適応外である.解剖学的には心臓とLITAの間が空いていないとワーキングスペースがなくなる3).胸郭の前後径が短い症例や心肥大の症例は心臓とITAが近いので例え胸腔内の送気圧を上げたとしても視野を得ることができない.数値で出すのは難しいがGuentherらはCTで計測して一定のクライテリアを設けている3).
V.MICS-CABGの吻合方法
MICS-CABGはロボットを使ったITA採取であろうと直視下で採取しようと基本的に同じである.ロボットの場合,まず心嚢を開けてターゲットを確認する.十分に開けないとITAと対角枝を間違える場合があるので大きく開け末梢が心尖に向かうことを確認する.ターゲットを確認したら最適な肋間(第4または5肋間)を確認し約6cmの肋間開胸を行う.大抵カメラポートの皮膚切開とはつながらない.心窩部から心嚢内へ挿入したポートからスターフィッシュNSハートポジショナー(Medtornic Inc., Minneapolis, MN)を入れる.これはLITA-LADの1枝吻合であれば必要ない.心臓の脱転が必要な場合有用である.普通のスターフィッシュを用いる場合もあるが,十分にワーキングスペースがある場合に限る.カメラポート(または右手ポート)より挿入したオクトパスNuvo MICSスタビライザー(Medtornic Inc., Minneapolis, MN, USA)で固定する.これも通常のスタビライザーを肋間から挿入して使用することもある.吻合に関しては通常のOPCABと同様に行う.
VI.RCABGの吻合方法
Off-pumpで行うかOn-pumpで行うかは技術の成熟度による.On-pumpの場合はFF-bypassで行う.セットアップはほぼ同じであるが,スタビライザーは心窩部か左手ポート(第6肋間)から挿入する.別に針の挿入のためのサービスポートが必要である.スタビライザーはEndoWrist dynamic stabilizer (Intuitive Surgical, Sunnyvale, CA, United States;Fig. X)は先に小さな水が噴霧できるチューブがついているので,そこから生理食塩水を噴霧することでブローワーの代わりに視野を確保できる(図3).吻合は,当初はU-Clip(Medtronic, Minneapolis, MN:2011 年に販売中止)を用いて吻合した.これは針をリリースすると自動で結紮するデバイスであり,手での結紮を不要としたため,RCABGでは好んで用いられた.一般的には一周8~10針用いることで吻合を完成させた.GaoらはU-Clipを用いたbeating RCABGの良好な早期および中期の成績を示した4).日本人を含め多くの術者に好まれたデバイスであったがこの製品は販売停止となったため,現在は用いることができない.他には,自動吻合機を用いた吻合も行われてきた.Balkhyらは7年間で544例のRCABGを行い,そのうち70%の症例でCardica Flex-A device (AesDex/B Braun, Tutlingen, Germany)を用いた吻合を施行した5).56%の症例が複数の吻合で,1例のみ正中切開へのconversionがあったのみで,早期死亡は0.9%,graft patencyは97%で,38カ月での心臓死亡は2.7%と,中長期成績は非常に良好であった.このデバイスはタバコ縫合をかけた冠動脈の中枢側からデバイスの一部を挿入し,グラフトを装填した部分と挟み込むように吻合し,グラフト−冠動脈吻合を完成させるものである.
VII.RCABGの成績と未来
初期の頃から成績は安定していた.先駆者でありエキスパートである術者たちが競うように良好な成績を発表してきた.Srivastavaらは2012年に164例のRCABGをコンバージョンなしに施行した6).Srivastava 以外にはBonatti,Gao,Balkhy,Kiaiiなどが通常のCABGと遜色ない成績を示してきた.そればかりか,両側のITAを採取しLITA-LADだけでなく2枝,3枝病変に挑戦し,時間も短縮させていくことに成功した.なんといっても両側ITAを使ったmultiple CABGは長期成績も期待できる.しかし,彼らに続く術者が生まれていないのも事実である.複雑化した病変を持つ患者が増えた現在,U-ClipもFlex A deviceない中で,またOff-pumpが望まれる現在では,技術的に短時間で何か所も吻合することは困難でもある.今後のRCABGの立ち位置はHybrid revascularizationではないかと考えられる.Balkhyらは664例のRCABG中,293例にHybrid revascularizationを行った7).その中で両側ITAを用いた156例の94%が三枝病変で17%が高度主幹部病変を有していた.CABGは左冠動脈へ行われPCIは主に右冠動脈へ行われていた.短期開存率,長期生存率,長期心臓関連合併症からの回避率は非常に良好であった.他の術者の多くもHybrid revascularizationを基本としている.われわれがRCABGまたはMICS-CABGを行う場合は彼らの成績を参考にして,無理せず初めはLITA-LADのみを確実に行い,PCIと組み合わせHybrid revascularizationを目指すべきであると思う.
VIII.おわりに
残念ながら,RCABGは保険適応外であるため,日本では行うことができない.昔使えた便利なデバイス(U-ClipとFlex A device)がない中でモノプロピレン糸を使って連続で縫うのはOff-pumpであればハードルが高い.筆者は数例しか経験がないので見学やビデオでしか成功例は見たことがないが,「施行可能か」と問われれば,国内でも渡辺先生が施行されているので期待を込めて,経験を積めば可能と返答したい.ロボットを用いたITA採取は十分に施行可能であるので,LITAとRITAをロボット採取し,MICS-CABGを行うという選択肢は十分にあり得る.無理やり開胸部を広げることなく採取できる方法なのでその低侵襲性に気付いてもらえればもっとロボットでもITA採取は広がるはずである.その中で新たなデバイスの開発などでもう一度RCABGの機運が高まれば幸いである.
利益相反:なし
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