日外会誌. 124(4): 332-335, 2023
特集
外科的冠動脈血行再建術の現状と展望
4.動脈グラフトと静脈グラフト
京都府立医科大学 心臓血管外科 沼田 智 , 夜久 均 |
キーワード
内胸動脈, 橈骨動脈, 大伏在静脈, 右胃大網動脈
I.はじめに
冠動脈バイパスに使用される動脈グラフト,静脈グラフトには内胸動脈(ITA),大伏在静脈(SVG),橈骨動脈(RA),右胃大網動脈(GEA)等が使用される.内胸動脈を左前下行枝に吻合する事で予後改善効果が得られる事は良く知られており,最も一般的に行われるグラフトデザインである.二本目のバイパスグラフトに何を選択するかは施設間に差異がある.ITAの次に頻用されるグラフトはSVGであると思われる.採取が簡便で十分な長さが得られる事に利点がある.一方SVGの長期成績を懸念してRAやGEA等の動脈グラフトを使用する施設も多い.最近のそれぞれのグラフトに関する知見を鑑み,考察を加える.
II.内胸動脈
内胸動脈(ITA)は「神の贈り物である」と言われることがある.心臓に近接して存在し,径は冠動脈とほぼ同じであり,採取しても重篤な組織の虚血を起こすことがない.高度な動脈硬化病変を有する患者や,透析歴の長い患者でもITAが動脈硬化性病変や,石灰化病変を有することは稀であり,冠動脈バイパス時に使用できないという事は殆どない.まるで「冠動脈病変があったらこの血管を使いなさい」と言われているかのようである.また側副血行路の起点となることも多い.チアノーゼ性心疾患では肺血流を増加させるように内胸動脈からの側副血行が存在することがあり(Fontan手術前にコイリングされてしまうが...),冠動脈狭窄が存在する際に心臓外からの側副血行を供給することも知られている1).冠動脈疾患の存在する患者ではITAと冠動脈が解剖学的につながっている症例が10%に上るという考察もある2).すなわち“Natural”冠動脈バイパスが存在しうるというわけである.
ITAを冠動脈に吻合することは単に血流を改善するという事にとどまらない.北村らの検討によれば3)ITAは多量のNOを分泌しており,吻合した冠動脈内に流入しているという.その薬理作用によりITA自体の血管拡張が得られる事に加え,吻合した冠動脈に対しても血管拡張を初めとして,血小板凝集抑制,動脈硬化進行の抑制等の効果があると考えられる.すなわちITAを吻合することで,冠動脈の内皮細胞機能を改善できる可能性があり,新規病変の発生や狭窄病変の進行を抑制している.これらの機序が,経皮的冠動脈形成術に比し,糖尿病患者での冠動脈バイパス術の成績が良好な事と関係していると考えられる.これらのITAの内分泌機能は鎖骨下動脈から離断せずに使用した場合(in-situ)のみならずFreeグラフトとして大動脈―冠動脈バイパスのグラフトとして使用した場合にも認められるとの報告もある4).小児におけるITAの有用性も報告されている5)6).成長に伴い,ITAの長さが成長するとの報告もあり,まさに「生きているグラフト」と呼ぶにふさわしい.
ITAの使用方法としては前下行枝に使用されることが多いが,両側ITAを使用すべきか否かには様々な議論がある.両側内胸動脈(bilateral ITA=BITA)の使用は,一側(single ITA=SITA)に比べて生存率やMACCE回避率が高いとの報告は後ろ向き研究のレベルでは多数報告されており,積極的にBITAを使用する施設も多い.しかし,前向き研究はこれまで存在せず,無作為抽出試験としてART trialが施行された7).BITA 1,548例,SITA 1,554例が割り付けられ,7カ国28病院が参加して行われた.2016年に5年成績が発表されたが,全死亡,MACCEともにほぼBITAとSITAには差がなかった.その後,10年成績が発表されたが,やはり全死亡,MACCEともに殆ど差がなく,BITAの優位性は10年後でも示されなかった.しかし,さらなる検討ではARTのBITA群にはBITAを採取しようとしたが,SITAしか使用しなかった群が14%含まれており,as treatedで考えた場合はBITA群が有意に全死亡,MACCE共に優れており,BITAが採取され,予定通り使用されれば予後改善効果があることが示された8).
内胸動脈は冠動脈バイパス術における第一選択のグラフトであり,その血管性状や生理学的な特徴は冠動脈バイパスに適している.
III.大伏在静脈
SVGはグラフト材料として歴史があるが,10年後の開存率は60%程度であり9),ITAよりは劣っている.遠隔期には内膜肥厚の進行,グラフト壁の硬化,拡大,血栓形成などのいわゆる“saphenous vein disease”を来し,閉塞に至る場合がある10).Saphenous vein diseaseは早期にも,遠隔期にも起こりうる病態であり,主に内皮細胞機能の低下が原因とされる10).SVG採取時に愛護的に扱わなければ内皮細胞障害が早期に発生してしまうため,術中に静脈を生理食塩水で過拡張したりすることは避けるべきである.
Saphenous vein diseaseの発生,進行を抑制するための工夫が報告されるようになり,“non-touch”法が報告されるようになった.Non-touch法によるSVG(NT-SVG)とはSVG採取の際に周囲の脂肪組織をSVGに残したままgraftを採取し,シリンジによる拡張も行わない方法である.2015年のSamanoらの報告11)によれば術後16年目のNT-SVGの開存率は83%であったと報告しており,従来のSVGの開存率に比べて優れていることが報告された.同施設から橈骨動脈グラフトとの無作為試験の8年追跡結果が公表され12),冠動脈吻合の開存率ではNT-SVGが91%であるのに対し,橈骨動脈グラフトは81%であり,有意差を認めた.またNT-SVGは狭窄が高度な枝や細い枝や石灰化を伴う枝でも開存率が良好であったという.NT-SVGを採取する場合は直接血管壁に触らないために,内膜の損傷を防ぐことが可能であると思われる.また,SVGは遠隔期に瘤状に拡大することがあり,これがグラフト不全の大きな原因となっていたが,NT-SVGでは周囲の組織を残すことにより遠隔期の拡張を予防できている可能性がある.また血管周囲脂肪組織からNO等の血管拡張物質が分泌される可能性等があり開存性を高めているとも言われる.一方,採取後の下肢創部では脂肪組織が乏しくなるため,術後の創傷治癒遅延が多くなると言われ,懸念事項となる.NT-SVGは従来のSVGのイメージを一新する可能性を秘めており,今後の報告が待たれる.
また,TaggartらはSVGの外側にステントを覆って使用する方法(VEST法)を開発し,通常のSVGと比較検討を行っている13).一年までの短期成績で開存率に有意差は認めなかったが,内膜肥厚は有意さをもってVEST法で行った群が少なかったと報告しており,今後の報告が注目される.
IV.橈骨動脈
橈骨動脈は攣縮を来しやすく,狭窄が高度でない冠動脈に吻合すると開存率が十分でない事が報告されている.2018年にRADIAL trialとしてRAとSVGの前向き比較試験が報告された14).RA 534例,SVG 502例を対象とし平均5年のフォローアップを行っている.その結果RAは術後フォローアップ血管造影で開存率に有意差をもって優れており,かつ心筋梗塞発症率や再血行再建率でもSVGに比して有意差をもって優れていた.これを受けて2021年に発表されたACC/AHAの安定虚血性心疾患ガイドラインでは,二番目に重要な枝に高度狭窄が存在する場合にはRAの使用がclass1になった15).また右free ITAとRAの使用をランダマイズした試験(RAPCO trial)16)では10年後の開存率は橈骨動脈で有意差をもって優れていた(RA89%,ITA80%).
このように近年良好な報告がなされているが,RAはITAに比して動脈壁が厚く,筋性組織が豊富であり,症例によって性質にはばらつきがある.使用に際しては注意が必要である.
V.右胃大網動脈
右胃大網動脈等は主として右冠動脈に使用される動脈グラフトであり,右冠動脈に使用された際には他の動脈グラフトと遜色ない成績であるとされる.一方で長期予後の点では大伏在静脈と同等であるという報告もある17).動脈のみにスケルトナイズした状態で使用した場合には成績が向上するとの報告もある18).また,GEAは大動脈の第4分枝であり,灌流圧が10~20mmHg程低いと思われることから,狭窄が高度でない冠動脈に吻合するとflow competitionを起こしやすい.
VI.おわりに
冠動脈バイパスに使用されsる動脈,静脈グラフトにつき総説した.どのようなグラフトをどのようなデザインで吻合するかについては患者個別のリスクや病変のバリエーションなどを考慮して,それぞれのグラフトの性質を理解したうえで決定されることが望ましい.当施設としては両側内胸動脈による左冠動脈の血行再建(右ITAを左前下行枝に,左ITAを回旋枝に)と残存した領域にはNT-SVGまたはGEAを使用するという方針を取っている.今後のNT-SVGの長期成績の報告や両側ITA使用の妥当性について注視していく必要があると考えている.
利益相反:なし
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