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日外会誌. 124(3): 230-231, 2023

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若手外科医の声

医師キャリアの多様化する時代を生きる―臨床,研究,海外留学を経て思うこと―

大阪大学消化器外科, Institute of Microbiology, Infectious Diseases and Immunology, Charité - Universitaetsmedizin Berlin 

池田 敦世

[平成23(2011)年卒]

内容要旨
医師キャリアが多様化し選択肢が増えつつある今の時代に,臨床,研究,海外留学を経験させて頂いた外科医として,感じたことと考えることをまとめさせて頂きました.

キーワード
外科医キャリア, 基礎研究, 海外留学, 女性外科医

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I.はじめに
外科医の過酷な労働環境は現在の日本医療の大きな課題であることに違いありませんが,改善される方向に向かっていることも確かです.同時に外科医の働き方の幅も広がりつつあり,決して楽観視はできませんが,全てを悲観する必要もないと考えます.働き方・考え方の多様化する今の時代に思うことを,若い先生方の参考になることを願って,述べさせていただきます.

II.基礎研究に触れるということ
私は大学卒業後,2年間の初期研修および3年間の外科後期研修を経た後,4年間大学院生として基礎研究を行い,学位取得後に現在のベルリンのラボに移り研究生活を継続しています.当初,5年間の臨床を経た後,研究の道を選択することに迷いがありましたが,大学に入局することで多くの新たな仲間に出会うことができる,研究を経験することで視野が広がるといったアドバイスを受け,大学院・研究の道を選択しました.
大学院で研究を始めた当時は,基礎研究は外科医人生における一時的な訓練・勉強に過ぎないと考えていました.しかし,手術標本を用いて免疫制御学教室と共同研究を行うこととなり,そこで出会った基礎研究者達の姿勢は非常に印象的なものでした.臨床への応用を目指して,日々試行錯誤しながら実験を繰り返す彼らの真摯な姿勢は,誠に頭の下がるものでした.医学・科学の進歩は,多くの研究者達が膨大な労力と情熱をかけて発見したごく小さな真実の積み重ねであることに気付きました.研究生活を経験することは外科医人生において貴重な財産になります.私の場合,大学院生活を通して,実験は上手くいかないことがほとんどでしたが,基礎研究者や同期の外科医,歳の近い先輩後輩とのかけがえのない出会いを経験できました.

III.医師キャリアの選択に際して思うこと
医師のキャリアは時代と共に多様化しています.外科医の働き方を見ても,数十年前は過酷と言われていた労働環境も改善しつつあり,緩徐にではありますが男女問わず多様な働き方が可能となってきているように思います.私の同期や世代の近い先輩後輩を見ても,働き方は実に多様です.早期に技術認定医を取得後更に修練を積む外科医,卒後多症例を執刀しながら出産・育児を経験している外科医,留学して海外生活を楽しみながら研究を続ける外科医,大学院を経験した後に医局を離れ独立した外科医.その他様々な働き方がありますが,どの働き方が外科医として「理想」というのはないように思います.
例えば,大学に入局するかしないか,基礎研究を行うか行わないか,いずれを選択しても利点・欠点があります.大学に入局し,大学院生として研究を行うことの最大の利点は,多くの人に出会えることだと考えます.考え方や働き方の異なる様々なタイプの外科医に出会うので自身のキャリアのビジョンが広がります.また,外科医以外の研究者などに出会い,新たな価値観を得ることもあります.組織に属する欠点として,自分の希望とは異なるタスクを課されたり,希望とは異なる状況に置かれることが多い傾向にあると思います.しかし,どのような環境に置かれても,自分の意思を常に見つめ,周囲に感謝して周囲から学ぶ姿勢を忘れず,置かれた環境で自分にできることを探しながら,前向きに生きることが大切だと思います.どのような選択をしたとしても,個人のキャリアに「不正解」や「失敗」はないはずです.せっかく外科医になったのですから,一人一人が輝いていて欲しい,というのが個人的な願いです.

IV.海外生活を経て学ぶこと
海外で生活していると,日本人の美徳と欠点に改めて気が付きます.少なくともここドイツ・ベルリンでは,日本人というだけでまず好かれます.日本人の印象を聞くと100%,“polite”と返ってきて,その度に少し誇らしい気持ちになります.
しかし,日本人の持つ独特な閉塞感を感じずにはいられません.研究生活をしていて,研究プランの考え方や実験の進め方などに大きな差は感じませんが,こちらのラボの方が圧倒的に優れていると感じるのは,プレゼンテーション能力です.こちらの人々は自身の意思を表現することに非常に長けており,プレゼンテーションで何を伝えたいのかが,明確かつ簡潔に伝わってきます.質疑応答も非常に生産性が高いです.
日本では,周りの人と同様であること,周りの人と同様の正解を目指すこと,同様の理想像を目指すこと,が美徳とされる傾向にあることは否めません.それゆえ,周りの人の気持ちを考えて行動できる日本人の「謙虚さ」たる美徳を生み出していることも間違いありません.医師キャリアが多様化し選択肢が増えつつある現在,外科医の減少や家庭を持つ医師の労働環境など改善すべき問題が依然として存在することは確かですが,外科医として楽しく働けるチャンスも増えているはずです.自分の意思をよく見つめ,周りとdifferentであることを恐れないで欲しいと思います.単一なロールモデルを目指すのではなく,多様な働き方があり,それぞれが外科医として輝ける,ということを若い医学生や研修医達に発信していくことが,今の時代に重要ではないかと感じております.

V.おわりに
臨床・研究・留学というありがたい経験を通して考えたことを述べさせて頂きました.若い先生方には,多様な選択肢がある中で自分の心の声をよく聴いてほしい,機会があればぜひ海外留学を経験して外の世界から日本を見て頂きたい,というのが願いです.自らも,ドイツ・ベルリンの地で新たな道を切り開きながら研鑽を積み,日本の外科医の進歩・進化に貢献できれば幸いです.
最後に,温かく支えて頂いた土岐祐一郎教授,江口英利教授,これまで私の外科医人生に関わって下さった全ての方々に感謝申し上げたいと思います.

 
利益相反:なし

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