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日外会誌. 124(2): 205-207, 2023

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(131)

―コイル塞栓術において手技上の過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
コイル塞栓術, フレーミング, フィリング, 脳動脈瘤

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【本事例から得られる教訓】
医療事故発生後,患者側から質問やクレームがなされるなど紛争化の懸念がある場合には,画像も含めて極力多くの記録類を速やかに保存しておくよう心がけたい.

 
1.本事例の概要(注1,2)
今回は,コイル塞栓術の術中に脳動脈瘤が破裂したが,術中の画像が消去され保存が不十分だったことが訴訟に影響したという事例である.外科手術でも術中に画像を撮影する機会はあり得ることであり,外科医の関心も高いと思われることから紹介する次第である.
患者(事故当時41歳・女性)は,他院からの紹介で平成25年6月19日に本件病院を受診し,同日17:00頃の頭部CT検査で破裂脳動脈瘤を原因とするくも膜下出血と疑われ緊急入院し,18:00頃の頭部CT血管造影検査の結果,前交通動脈に二つの葉状の構成成分を有する6mm大の破裂脳動脈瘤(本件動脈瘤)が存在すること,脳血管攣縮があることなどが確認された.
医師らが検討した結果,コイル塞栓術(本件手術)を実施することになり,平成25年6月19日の20:40頃,医師AおよびBにより,患者に局所麻酔を施して,本件手術が開始された.A医師らは,ダブルカテーテルを用い,右大腿部に穿刺し,右内頚動脈から前大脳動脈を経由させ,本件右側構成成分を塞栓するためにマイクロカテーテル(MC:カテーテル1)と,本件左側構成成分を塞栓するためにMC(カテーテル2)を本件動脈瘤のうち本件左側構成成分よりの位置に留置した(図1).
A医師は,カテーテル2を用いて本件左側構成成分に(外枠形成のための)フレーミングコイル(コイル1)を挿入し本件左側構成成分のフレームを形成することを試みたが,コイル1の一部が本件右側構成成分に逸出したことから,やむを得ず本件右側構成成分のフレームも形成した.
 しかし,コイル1の二次コイル径(ループを描くコイルの当該ループ径)は,本件左側構成成分のフレームを形成するには小さ過ぎ,コイル1では本件左側構成成分のネック部分(以下,「本件ネック部分」)までカバーしたフレームを形成することができなかった.
A医師らはその後,コイルの挿入を続け,(充填のための)フィリングコイルをカテーテル1を用いて本件右側構成成分のうち前方に張り出した部分(図2図3)に充填したところ,残り1cmの時点で患者が強い頭痛を訴えた.その直後(平成25年6月19日の22:30)に脳血管撮影をしたところ,本件ネック部分(図2図3の「ネック部前方部分(破裂部位)」)が再破裂し,再出血していることが確認された.
その後,患者は10日以内に死亡した(判決では具体的な死亡日時は不明).
患者家族らは,平成25年7月1日,病院に対し本件手術の結果に納得できないとして説明を求め,平成25年8月1日には,医療過誤の疑いを指摘し質問状を送付した.
2.本件の争点
争点は多岐にわたるが,本稿では穿孔が生じた原因を中心に論じる.
3.裁判所の判断(注3)
まず裁判所は,フィリングコイルが本件ネック部分を穿孔したと認定した上で,その原因を検討した.
そして,文献等をもとに,脳動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有する場合のフレーム形成に関する当時の医療水準を認定し,A医師は本件ネック部分までカバーする立体的なフレームを形成すべきであるのにこれができなかったとして,過失があったと認定した.そして,本件ネック部分までカバーするフレームが形成されていなければ,本件ネック部分をコイルが穿孔する可能性が高いのは当然で,それ以外に穿孔の原因は具体的に窺えないとして,フレームの形成が不十分であったためにフィリングコイルが本件ネック部分を穿孔し再破裂を来したと認定した.
なお,本件では手術中に,コイルを挿入する度に画像を撮影するなど大量の画像が撮影され,当該画像は,撮影後1~2カ月はハードディスクに保存されていた.しかし,訴訟で提出されているものを除き,画像は放射線技師により消去されたという事情がある.
病院側は,いかに適切なフレームを形成しても,瘤内を隙間なく覆うことはできないから,脳動脈瘤の穿孔を防ぐことはできないと反論したが,裁判所は,画像の消去を指摘し,本件手術の画像が十分に保存されていないこと等から,病院側も穿孔の原因について一般的な指摘をするにとどまり,本件に即した具体的な指摘ができていないと述べ,病院側の反論を排斥した.
4.本事例から学ぶべき点
病院は上告しているため,過失の有無等については立ち入らない.
しかし,画像の保存が不十分であったために病院が穿孔の原因について十分な反論ができなかったようである点は残念である.
画像を消去した放射線技師に他意はなかったであろう.また,画像が日々上書きされていってしまうようなケースも一般的にあり得よう.患者側からクレームがあった場合には,係争化を意識し,なるべく速やかになるべく多くの情報を保管しておくよう心がけたい.

図01図02図03

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 広島高裁令和3年2月24日判決(控訴審).
注2) 主に控訴審で認定された事実を基に記載しているが,病院側が争っている部分もあることを付言する.
注3) 第一審(広島地裁平成31年2月22日判決)は,担当医の法廷での証言等を根拠に,手技上の過失はない等として,病院が勝訴している.

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