日外会誌. 124(1): 38-43, 2023
特集
独自の進歩を見せる日本の甲状腺癌治療学
6.小児甲状腺癌の治療方針
1) 福島県立医科大学 医学部甲状腺内分泌学講座 松本 佳子1) , 塩 功貴1) , 鈴木 聡1) , 水沼 廣1) , 古屋 文彦1) , 鈴木 眞一2) |
キーワード
甲状腺癌, 小児, 若年者, 手術, 原発事故
I.はじめに
小児若年者の甲状腺癌は成人と比較すると稀である.組織型としては,90%が乳頭癌であり,濾胞癌,髄様癌は少ない1).2015年に米国甲状腺学会より小児甲状腺癌に対する診療ガイドラインが発表され1),さらに最近,ポーランド2)やオランダ3)から自国のガイドラインが発表されている.基本的な方針は米国甲状腺学会のガイドラインと同様である.それでも,小児若年者の甲状腺癌においては,多数例の報告が少ないため,未だ臨床的な取り扱いは不明な点が多い.
2011年3月11日の東日本大震災後に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故後,福島県県民健康調査,甲状腺検査が開始された(以下,「甲状腺検査」).本稿では,「甲状腺検査」によって発見された小児若年者甲状腺癌の手術について概説する.チェルノブイリは小児甲状腺癌発症が原発事故の放射線の影響によることが科学的に証明されているが,福島の場合は現時点では放射線の影響は考えにくいものとなっている4)5).
II.手術療法
1)手術適応について
乳頭癌では,術前に穿刺吸引細胞診(FNAC)で診断がついている症例がほとんどと思われる.頸部超音波検査(US),CT等の各種画像検査にて病巣の広がりやリンパ節転移・遠隔転移の有無を診断し,治療方針をたてる.
頸部USについては,「甲状腺検査」一次検査の一部(5.0mm以下は経過観察)で,二次検査においては,日本超音波医学会(JSUM)と日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)による精査基準を用いている.その結果FNACを施行し,悪性ないし悪性疑いとなった症例が手術適応となっている.肺転移の有無の確認のため,頸胸部(単純)CTは可能であれば術前に一度は施行している.
成人の場合,「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」6)7)に基づくリスク分類や,予後因子を参考に方針を決定する.例えば乳頭癌の場合には,高リスクの場合には甲状腺全摘+D1-D3郭清,放射性ヨウ素内用療法(RAI)やTSH抑制療法を行うが,低リスクの場合には甲状腺片葉切除+D1郭清,超低リスクの場合には積極的経過観察(active surveillance:AS)ないし,甲状腺片葉切除+D1郭清が選択される.中リスク症例の場合は,非全摘術で良好な経過を期待できる可能性があるが臨床所見や患者背景を特に十分に考慮して,症例ごとに決定することが推奨されている.
小児若年者においても甲状腺癌の初期治療は手術が基本であることにかわりはない.「甲状腺検査」で発見された甲状腺癌の場合,小児若年者が対象であり,手術適応は学外の専門家の諮問を受けている.低リスク以下・高リスクは同様の適応であるが,中リスクは,成人の場合各施設の判断に委ねられているのに対して,対側に良性でも手術適応の結節がなければ,可能な限り甲状腺片葉切除+D1(-D2)郭清を行い,甲状腺全摘を避けることとなった8)9).その理由として,1.小児若年者はより予後が良好である.2.大半が乳頭癌である.3.小児若年者へのRAIアブレーションは消極的である(RAIの効果については,ハイリスク症例や転移再発症例へのエビデンスはあるものの,それ以外ではエビデンスが低く,また,小児例への適応については報告が少なく,成人例よりもさらに症例ごとの慎重な判断が必要である).4.全摘での永続的甲状腺ホルモン補充の心身への負担を避ける.5.甲状腺ホルモン剤の服薬コンプライアンスの低下などが挙げられる9).なお,超低リスクの場合のASは小児若年者の甲状腺癌については明確なエビデンスがなく推奨されておらず,より慎重な対応が求められている.
2)甲状腺切除範囲
基本的には「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」6)7)に従い,甲状腺癌の多数を占める低~中リスクの症例には片葉切除を採用している.高リスクや両葉に手術適応の病変を認める場合には全摘も考慮される.
3)リンパ節郭清
甲状腺乳頭癌に対する予防的リンパ節郭清については,術前評価でリンパ節転移を認めない(cN0)乳頭癌症例に対してであっても,中央区域の予防的郭清は推奨されており,当科でも施行している.そのため中央区域においては,術前にUS等で転移が疑われても切除範囲に含まれる場合は,わざわざFNACを施行して診断確定まですることは少ない.しかし,対側(切除範囲外)であればFNACを施行する場合もある.また,外側領域の予防的郭清については,成人のガイドラインでは7),低リスク症例には行わないこと,中・高リスク症例における適応はその他の予後因子や患者背景等を考慮のうえ決定することが推奨されている.小児でも,外側領域については,術前に診断確定(FNACあるいは参考として穿刺液サイログロブリン測定値)あるいは強く疑われたもののみ郭清を施行している8)9).術前に強く疑われたものの場合には,術中に全身麻酔下での細胞診や迅速病理診断を行い,術中に最終的に郭清範囲を決定する場合もある.
III.手術成績
手術成績については,既報の「甲状腺検査」先行検査・本格検査1回目検査の125例について報告する5)8)
~
11).125例の男女比は1:1.8で若干女性に多く,平均年齢は診断時17.8(5~23)歳である.腫瘍径は14(5.0~53)mmで,121例(96.8%)は片側に,4例(3.2%)は両側に病変を認めた.
術式は原則片葉切除を採用しており,114例(91.2%)が片葉切除,11例(8.8%)が全摘である.リンパ節郭清は全例に施行し,中央区域郭清103例(82.4%),外側領域郭清22例(17.6%)である.
TNM分類については,StageⅠが122例(97.6%),StageⅡ(2.4%)が3例で術前M1症例は全例多発肺転移である.術後のTNM分類では,pT1a 43(34.4%),pT1b 31(24.8%),pT2 2(1.6%),pT3 49(39.2%),pEx0 75(60%),pEx1 49(39.2%),pT2 0, pExX 1(0.8%)であった.甲状腺癌取扱い規約第7版までは,甲状腺腫瘍の腺外浸潤が胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまればEx1となるが,本例では後者が大半であった.小児若年者ではリンパ節転移が多いことが知られているが,pN0 28(22.4%),pN1a 76(60.8%),pN1b 21(16.8%)でリンパ節転移を有した症例は77.6%とやはり高率である.
病理組織像については,123例(98.4%)が乳頭癌,低分化癌・その他の癌が1例(0.8%)ずつである.乳頭癌の内訳として古典型(通常型)が110例(88%)で最多であり,濾胞型4例・篩型4例・びまん性硬化型3例・充実型2例であった.
手術時の工夫としては,小児若年者の手術においては,創部ケロイドなど整容性も考慮し,創縁保護のためにラッププロテクターⓇを用い,可能な限り小切開での手術を実施している.また,術中反回神経モニタリング(IONM)装置を全例に使用して,反回神経の損傷防止,確実な温存を心がけている5)8)
~
10).
IV.サーベイランス・放射性ヨウ素内用療法
術後のサーベイランスについては,片葉切除の場合には,基本的には1年毎に血液検査と頸部USを施行し,対側甲状腺やリンパ節再発の有無を確認している.術後のTSHの程度によっては,ヨード制限等が必要となり,TSHの値が安定するまでは半年毎の血液検査が必要となる場合もある.全摘の場合には,レボチロキシン投与のため,半年毎の通院の際に血液検査を施行し,TSH抑制とサイログロブリン値でのフォローを行っている.1年毎に頸部USも施行している.術前CTにて肺結節(疑い)を指摘される場合もあり,適宜フォローアップを行っている.
小児若年者の甲状腺癌は,RAIにもよく反応し,治療の効果が長く持続するとされている12).しかし,比較的予後も良好であり,高リスク症例以外には予防的RAIは推奨していない.中リスク症例で20歳を超える場合や,15歳以上の再発例の場合,RAIのために初回から全摘や,再発時の補完全摘術が考慮される症例が今後増えてくるかもしれない.
V.微小癌について
今回,微小癌に対しても手術が施行されている.手術適応としては,リンパ節転移が疑われたもの,肺結節が疑われたもの,気管・食道・反回神経に近接したもの,甲状腺外浸潤を疑うもの等,成人でもASが推奨されないような症例であった.実際,cT1aN0M0は44例あったが,上記の理由(重複あり)にて手術を施行し,pT1aN0M0は5例のみであった.いずれも病理組織像は浸潤型の乳頭癌であった5)8)9)11).超低リスク微小癌に該当する場合においては,対象者の同意のもと,ただちに手術を行わず,暫定的に経過を観察する対応も行っている.しかし,実際に手術適応となった症例においては,経過観察が可能な超低リスク微小乳頭癌は極めて少ないという結果となった.
成人の場合,浸潤や転移が明らかではない1cm以下の微小乳頭癌,すなわち超低リスク乳頭癌においては,腫瘍増大や転移等のリスクが極めて低いことが知られている13).そのため,超低リスク微小乳頭癌に対するASも方針としてあげられてきた.ASを行う場合には,年1~2回の定期的経過観察を確実に継続することが重要である.甲状腺癌の詳細なUS診断を行い,腫瘍径の増大や新規病変の出現,リンパ節転移の出現に注意し,これらが明らかとなれば手術に方針転換する.一方で,Itoらから,経過観察開始後に腫瘍が増大する可能性が40歳未満の場合,5年の時点までに9.1%,10年の時点までに12.1%あり,若年者ほど増大する可能性があると報告されている14).このような点からも,小児若年者の甲状腺癌については,より慎重な対応が求められると考える.
「甲状腺検査」においては,JSUMとJABTSのガイドラインに従い,一部の一次検査(5.0mm以下は経過観察),二次検査の実施基準とFNACの実施基準が設けられている4)15).5.0mm以下の結節は基本的には二次検査に進まず(2年後の検診受診),5.1~10.0mmの結節の場合もUS所見で悪性所見の大部分が当てはまる結節のみ,10.1~20.0mmの結節は,US所見で悪性所見のいずれかを認める結節に対しFNACを推奨している4).精査基準を遵守し,過剰診断とならないように行っている16).これらにより,切除例はすべて浸潤型で,そもそもASの適応となるような症例が少なかったものと思われる5)8)
~
11).
VI.考察
小児甲状腺癌は発見時にすでに進行性であることが多いものの,手術やRAIによく反応するため,生命予後は良好とする報告が多い.小児甲状腺癌に対する診療ガイドラインは,2015年に米国甲状腺学会より発表され,その後ポーランド2)やオランダ3)から自国のガイドラインが発表されているが,基本的にはATAのガイドラインと同様である.欧米では,長年にわたり,成人の甲状腺分化癌の治療方針は,甲状腺全摘とそれに続くRAIである.ただし,成人の甲状腺分化癌に関する最新の ATA ガイドラインでは,本邦のガイドラインに近づきリスクの低い患者には片葉切除術を考慮することができるとしている.ATAガイドラインでは,小児に対しても甲状腺全摘,術後のRAI,そしてTSH抑制療法が推奨されているが,成人と同様に,または福島のエビデンスが積み重ねられれば,今後変更されるかもしれない.
小児若年者甲状腺癌は診断時にすでに頸部リンパ節に転移している頻度が高いことが知られている.「甲状腺検査」においては,診断時頸部リンパ節転移は22.4%,周囲組織への癒着・浸潤(Ex1)は9.6%,術前遠隔転移は2.4%であった5)8)
~
11).国内の3報告での診断時にすでに頸部リンパ節に転移している頻度は22.8~40.9%であった17)
~
19).また,周囲組織への癒着・浸潤の程度は8~44%,術前遠隔転移は2~8.8%であった.海外の報告では,例えばMayo Clinicからの18歳以下の甲状腺乳頭癌190例の50年以上にわたる期間での検討では,75%にリンパ節転移,腺外浸潤は17%,術前遠隔転移は5%であった20).今回示した国内3報告,海外からの報告の疾患特異的生存率は,いずれも95%以上と良好であり,「甲状腺検査」例でも現時点では100%である.
小児若年者の甲状腺癌の術後では,疾患特異的生存率は良好であるが,再発・転移の可能性を考慮し,少なくとも30年以上にわたる非常に長期の経過を考慮に入れて慎重なフォローアップと治療が必要である.
VII.おわりに
小児甲状腺癌は,比較的稀であるが,「甲状腺検査」では大規模検診により以前よりやや多く発見されているが,現行の精査基準を遵守し,過剰診断にならないように行われている.当科で経験した小児若年者の甲状腺癌の特徴としては,比較的早期の症例が多くを占めるが,リンパ節転移は77.6%と高率に認め,また腺外浸潤(Ex1)が39.2%であった.適正な手術と治療により良好な結果を得ることが期待できるため,きわめて長期にわたる観察が必要である.この大規模検診のデータが今後蓄積され,小児甲状腺癌の治療指針の作成に役立つことを期待する.
利益相反:なし
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