日外会誌. 123(6): 624-626, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(6)「医療安全を支えるNon-Technical Skills」
3.呼吸器外科における危機的状況に対するノンテクニカルスキルの向上をめざしたシナリオ型シミュレーションの実際
信州大学 外科学教室呼吸器外科学分野 濱中 一敏 , 井手 祥吾 , 三島 修治 , 松岡 峻一郎 , 竹田 哲 , 三浦 健太郎 , 江口 隆 , 清水 公裕 (2022年4月16日受付) |
キーワード
医療安全, ノンテクニカルスキル, シナリオ型シミュレーション, 胸腔鏡下手術, 術中出血
I.はじめに
呼吸器外科医は血流量が豊富で脆弱な肺動脈を日常的に扱うが,その損傷は患者を致死的状況に陥らせるリスクを伴う.日本内視鏡外科学会アンケート1)によると胸腔鏡手術数は増加傾向であるが,術中血管損傷,特に肺動脈損傷は1%程度を推移し明らかな減少傾向は認めず,手術手技の向上が目覚ましい近年においても,常に生じ得る事象といえる.
近年,医療の分野においてもテクニカルスキルのみならず,ノンテクニカルスキル向上の重要性が認識されるようになり,安全な外科治療を提供するためにも,診療チーム,手術チームとしてのノンテクニカルスキルの向上が重要である.
II.診療指針とシステムの工夫
診療チームによる医療安全の取り組みとして,患者説明とカンファレンスにおけるシステムの工夫を紹介する(図1).呼吸器外科の主たる対象疾患である肺癌や縦隔腫瘍の他,比較的稀な疾患など19種類の手術説明書の雛形を作成し,外来初診時から手術説明書を使用して疾患および手術の説明を行い,これを提供し自宅で読み返すことにより,手術に対する理解を深める事が可能になると考えている.
カンファレンスについては,従来行ってきた術前・術後のカンファレンスに加え,外来初診の全症例を多診療科合同カンファレンスに提示することで,外科医の“独りよがり”とならない手術適応決定を心掛けている.
III.外科医にとってのノンテクニカルスキル
外科医にとってのノンテクニカルスキルを表1に示す2)3).手術室における外科的緊急事態において特に重要となるのは,そのなかでも状況の把握と予測,選択肢の決定と伝達,そしてコミュニケーション/チームワークの全ての要素である情報交換・共通認識・連携であると考えており,後述するシナリオ型シミュレーションにおいてもこれらの項目に重点を置いている.
IV.出血時対応マニュアルの作成とシナリオ型シミュレーション
呼吸器外科独自の胸腔鏡下手術時の術中出血に対するマニュアルを作成し(図2),多職種からなる手術チームとしてのそれぞれの役割を記載,出血の発生から緊急開胸,そして心臓血管外科の介入と緊急時のPCPS導入までを記載した.上述のノンテクニカルスキルの要素において,外科医による出血状態の把握や麻酔科による患者状態の把握,外科医による止血可能性の予測,および緊急開胸の方針決定とその宣言,といった項目を含み,全スタッフが相互に繰り返し連携を取りながら共通認識を持って対応できる内容とした.
作成したマニュアルを基にしたシナリオ型シミュレーションを,2020年より当科主導で開始し,年2回定期的に開催しており,毎回多職種約20~30名程度の参加を得ている.また参加者からの意見をもとにシミュレーションの改善や,マニュアルの修正を重ねている.
V.おわりに
安全な外科医療を提供するためのわれわれの取り組みについて,診療システムの工夫とシナリオ型シミュレーションを紹介した.
シナリオ型シミュレーションの利点は,1)高価なシミュレーターなどが不要である,2)チームで構築する連携スキルを適宜評価することができる,3)参加者からのフィードバックをもとに課題を発見し改善することが可能,な3点にある.シナリオの最終章である緊急時人工心肺の導入は,多職種間の連携・ノンテクニカルスキルが最も重要な医療手技であり,極めて稀にしか実施する場面がないがゆえに定期的なシナリオ型シミュレーションは極めて重要である.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。