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日外会誌. 123(6): 618-620, 2022

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「医療安全を支えるNon-Technical Skills」
1.医療関係者間コミュニケーションアプリ「JOIN」を用いた急性大動脈疾患への取り組み

東京慈恵会医科大学 外科学講座血管外科

原 正幸

(2022年4月16日受付)



キーワード
JOIN, Non-Technical Skill(ノンテクニカルスキル), Task shifting(タスクシフティング)

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I.はじめに
日本社会における医療安全への意識はここ20年で大きく高まり,社会の一大関心事となった.このため,ひとたび医療事故が発生すると報道でも大きく取り上げられるようになった.これらの社会の変化に対して医療者側もその姿勢が大きく変化し,医療安全に対する意識は高まりそして多くの対策を行ってきた.これらは医療の質を向上させてくる事に一定の成果を挙げたと考えられる.一方,社会からの高いニーズのすべてに応えるには多くの業務負担を要し,医療関係者に対して大きな負担となる事も事実である.例えば,ある医療事故が発生した際にはその事故が重大であれば,必ず新たな対策が取られる.それは例えば繰り返し確認作業などであり,当然業務負担は増加する.このように医療安全対策はそのほとんどが業務負担を増加させる.これらの更なる業務負担の増加はある一定を越えると,過重労働となり,臨床業務のパフォーマンス低下やヒューマンエラー(HE)発生を招き,皮肉にも医療の質が低下することが少なからずある.このため,医療安全を考える上で最も重要な事は業務負担を増やさずに医療安全を向上させる事である.東京慈恵会医科大学(以下,慈恵医大)ではスマートフォン用の医療関係者間コミュニケーションアプリ「JOIN」を緊急大動脈疾患へ導入し,業務負担の低下と医療安全の向上につながったので報告する.

II.2024年の4月から医師の働き方改革の規制が開始(厚生労働省ホームページより)
2024年4月から医師の働き方改革の規制が開始となる.これにより医師の勤務時間を規定内に収める事が義務となる.働き方改革は医師の健康確保のみならず,働き方と医療安全が関係している事が指摘されており,長時間労働から医療事故の発生を防ぐための対策の一つでもある.医師の働き方改革の規制開始が間近である事から考えると,今後は医療安全対策を行う際には業務負担を増やさない対策をする事が基本である.通常,なにか医療事故などが発生した場合の新たな対策は業務負担の増加を基本としている.これまで医療安全に対する意識が改革されて,この分野は大きく改善してきたが今後はいかに業務負担を増やさない様に対策をしていくかが大きな鍵である.

III.JOINの導入
慈恵医大では2016年7月から東京都大動脈スーパーネットワーク(スーパーネットワーク)※(下記に説明)に参入した.大動脈疾患は主に外科医が受け入れる体制となっている.これは手術の可否など高度な外科的な判断が必要だからである.スーパーネットワーク参入に当たって,円滑な患者の搬入のために,このスーパーネットワークによって新たに増えた業務負担を受け入れ元の外科医にのみ押し付けるのではなく,多くのスタッフで分担する事を参入の以前からワーキンググループを作成して取り組んできた.これは参入開始後にある一定の効果があったが,それを加速させたのがJOINである.スーパーネットワーク参入後のしばらく後に,当院では脳卒中患者の受け入れにJOINが用いられていた事から,急性大動脈疾患の受け入れにも導入する事が決まった.既に脳卒中の受け入れでシステムは構築されていたので開始に当たっての大きな業務負担はなかった.
※東京都大動脈スーパーネットワーク:東京都では1978年に東京都CCUネットワークが立ち上がり,劇的に死亡率が減少した.これらの背景から,東京都CCUネットワークがベースとなり,大動脈破裂,急性大動脈解離の死亡率低減のために2011年に急性大動脈スーパーネットワークができあがった.そのコンセプトは「急性大動脈疾患の緊急患者は手術可能施設に初回コールで全例受け入れ」である.

IV.JOINの機能:メリットとデメリット
JOINの機能は①チャット機能,②医用画像共有機能,③映像共有機能,④タイムトラッカー機能,⑤院外と共有化による医療連携である.この内,現在④と⑤は当院では導入していない.これらの機能のメリットとデメリットを下記にあげる.
メリット
①チャット機能
口頭指示の様に非常に少ない労力で指示が出せる.また,画面上に履歴を残せるので,多くの人の目に触れるのでこの点はpeer-review機能(同僚医療行為査定)を有している.チャット形式のために双方向の意思疎通がし易い.院内の救急の現場では比較的,若い世代が多くSNSに慣れているのでチャット機能での意思疎通を行い易い.
②医用画像共有機能
多くの医師が画像を閲覧可能であり,院外でも閲覧可能であるので院内にいない人間にも相談する事が可能である.また,多くの人間が同時に閲覧するので,見落としの予防(peer-review機能)の効果もある.
③映像共有機能
手術室の空き状況や現在手術中の場合はその手術室の状況も確認できるので,部屋の空き状況や空いているスタッフの確保のために有用である.
④タイムトラッカー機能(当院では導入していない)
連携している救急車の位置情報をトラッキングできるので,この位置情報により病院到着に合わせて手術準備などをする事が可能である.
⑤院外と共有化による医療連携(当院では導入していない)
現在,当院のシステムは院内のスタッフのみであるが関係した病院などと同様のシステムを共有化する事でよりボーダレスな医療連携が可能となる.
デメリット
①チャット機能
24時間,365日いつでも情報が流れるので,心身の負担となる可能性がある.特に,今後働き方改革では画像の閲覧やチャット機能の使用は労働時間とみなされる可能性があるので注意が必要である.
②医用画像共有機能
多くの医師が,閲覧可能であり,治療方針に対して多くの意見が出ると現場での対応に混乱を生じる可能性がある.
③,④,⑤は特になし.

V.JOIN導入の成果
現在,JOINの使用に対して関係各所のスタッフが慣れてきた事もあり,ストレスなく使用できる様になった.何より,手術をするまでの業務を全体で負担をする事が可能になったので,外科医の手術以外の負担は皆無であるのでこれは大きな成果といえる.慈恵医大では受け入れに当たって外科医の負担は,画像を見て手術の可否を判断する,手術の説明をする,手術をする,この3個のみである.当然これら三つの仕事は手術チーム内でさらに分担が可能であるので,一人の業務は劇的に減ったと言える.手術という大きな負担はあるがこれは外科医としては本望であり,負担と思う外科医は少ないと思われる.むしろ外科医にとって大きな負担は手術以外の事務的な手続きではないのでろうか.これらは外科医以外へのタスクシフティングが完了したので,JOIN導入による大きな成果であった.一方,JOINのベルが鳴るという事は重症患者の受け入れ要請であり,原則断らないので,「急患がきた」という緊張が走るのは事実である.また,いついかなる時もこのベルはonにしてあるので,そういった負担感は決してゼロではない.今後,働き方改革の開始に伴い,継続審議の事項であると思われた.

VI.おわりに
急性大動脈疾患の受け入れは時間との戦いで,ヒューマンエラーが発生し易い環境と言えるが,スマートフォンのアプリケーションの使用により他職種連携を可能にし,業務負担を劇的に軽減させ,且つヒューマンエラー発生の低減を可能にした.医療安全はこれまで膨大な労力を投入し,改善してきた.しかし,働き方改革が実行間近な現在,使用可能な労力は減る一方である.今後は,いかに業務負担を増やさずに医療安全の向上に努められるかが大きな課題である.

 
利益相反:なし

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