日外会誌. 123(6): 602-604, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(4)「NCDデータから紡ぐ外科学の進歩」
5.NCD Feedbackシステムにおける肺癌手術Risk Calculatorと長期予後との関連性について
公益財団法人がん研究会有明病院 呼吸器センター外科 松浦 陽介 (2022年4月15日受付) |
キーワード
National Clinical Database (NCD), Risk Calculator, 肺癌, 手術
I.はじめに
2010年,専門医制度を支えるための手術症例データベースとして一般社団法人National Clinical Database (NCD)が設立され,2011年~その登録が開始された.呼吸器外科分野では2013年にNCDの基本システムに呼吸器外科領域の手術対象疾患の項目が加わり,呼吸器外科専門医システムと日本胸部外科学会学術調査とが間連付けられた.2021年には肺癌登録合同委員会の事業としてNCDデータと長期予後との紐付けがなされることとなった.
II.肺癌手術における術前リスク評価とNCD Risk Calculatorの開発
肺癌患者の手術リスクを評価するモデルが世界中で開発されている.例えば,欧州胸部外科学会のデータベースを基に作成されたEurolungは,年齢・性別・身長・体重・肺機能を入力することで,アプローチ別・術式別の手術関連死亡率・術後合併症発症率が算出されるシステムとなっている1).
本邦では,2014~2015年にNCDに登録された78,594例の肺癌手術データを基に,2017年,肺癌の手術リスクを予測するモデル(以下,NCD calculator)が開発された2).「NCDフィードバック機能」→「Risk Calculator」と進み,22項目の術前情報を入力することで,症例毎に予測される「手術関連死亡率」,「死亡または重篤合併症率」が算出される仕組みとなっており,実臨床におけるその有用性については既に報告がなされている3).
III.本検討の目的
近年,この様な肺癌手術リスク予測モデルが,肺癌の長期予後とも関連するという報告がなされている4).そこで今回,NCD calculatorの予測値と,肺癌術後の長期予後や腫瘍学的転帰との関連性,また,実臨床への応用性について検討した.
IV.対象と方法
2010~2016年,当科で肺葉切除以上の肺切除並びに縦隔リンパ節郭清を行い完全切除を得た原発性肺癌手術症例のうち,手術関連死亡5例を除く1,033例を対象とした.NCD calculatorを用いて,全症例の予測される手術関連死亡率(predicted rate of mortality : PRM)/死亡または重篤合併症率(predicted rate of composite mortality + major morbidity : PRMM)を算出した.NCD calculatorの基となった本邦の手術関連死亡率0.8%/術後重篤な合併症発症率5.9%をカットオフ値とし,対象を2群に分け予後の比較を行った.また,時間依存性receiver operating characteristic (ROC)解析を用いて求めたカットオフ値を基に手術適応について臨床判断を行うことが妥当であるか,decision curve analysis (DCA)を用いて検討した.
V.結果
対象症例のPRM/PRMMは各々中央値0.1%(四分位範囲0.1~0.4%)/3.3%(同 2.0~5.5%),また,術後観察期間中央値は65カ月であった.PRM≥0.8%かつPRMM≥5.9%を満たす症例は139例(13%)に認められ,それらは,それ以外の症例と比較し,全生存率(ハザード比(以下,HR),2.9 ; 95%信頼区間(以下,CI),2.2~3.9 ; p<0.001),無再発生存率(HR,2.3 ; 95% CI,1.8~3.0 ; p< 0.001),累積肺癌死亡率(HR, 2.7 ; 95% CI, 1.8~3.8 ; p<0.001),累積術後再発率(HR,1.9 ; 95% CI,1.4~2.7 ; p<0.001)いずれにおいても有意に予後不良であった.
術後12カ月毎での時間依存性ROC解析の結果,PRM,PRMM共に術後12カ月目でのarea under the curve (AUC)が最も高値を示し(各々0.751,0.746),そのカットオフ値は各々0.7%,6.3%であった.DCAにてPRM>0.7%かつPRMM >6.3%を満たす症例に対し手術を行う判断をすることは閾値確率0.1%以上をもって棄却された.
VI.考察
肺癌治療の三本柱は「手術」「放射線治療」「化学療法」であるが,依然としてTNM分類による術前ステージングが治療選択の絶対的な基準であるが,放射線治療における様々な照射技術の開発や,化学療法における癌のバイオマーカーに基づいた薬物選択など,肺癌の個別化治療=precision medicineは日進月歩で進化している.肺癌の治療成績向上のためには,いかに適切にこれらの治療を組み合わせていくかが重要となってくる.適切に手術療法を選択していく上で,外科医の主観的な判断にNCD calculatorの客観的な指標が加わることで,手術療法を合わせた真のprecision medicineの実現が可能となるかもしれない.
VII.おわりに
NCD calculatorの予測値は,肺癌手術症例の長期予後,腫瘍学的転帰と関連性が認められ,肺癌患者の手術リスクを評価するだけではなく,術後の長期予後,腫瘍学的転帰の層別化にも有用であった.NCD calculatorは,手術リスクが高いことが予測される肺癌症例に対し,多職種で治療方針を検討する際や,実際に患者と治療内容を決定していく過程において,有用なツールになり得ると考えられた.
利益相反:なし
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