日外会誌. 123(6): 599-601, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(4)「NCDデータから紡ぐ外科学の進歩」
4.JCVSDがもたらした心臓血管外科学の進歩
東邦大学医療センター佐倉病院 心臓血管外科 本村 昇 (2022年4月15日受付) |
キーワード
心臓血管外科, データベース, リスクモデル, 医療の質
I.はじめに
日本心臓血管外科手術データベース(Japan Cardiovascular Surgery Database;JCVSD)はNCD発足から10年を遡る2000年に活動を開始した.北米のSTS National Cardiac Databaseを模範として基礎を築きWeb-based national databaseを構築した.NCDはその仕組みを発展的に応用し2011年に開始した.JCVSDは発足後21年を経過するが心臓血管外科学に及ぼした影響は多大であり,本講演ではその足跡を振り返りたい.
II.JCVSDの目的
心臓血管外科のみならず外科領域での手術データベースの構築と運営は簡単なものではなく,時には大きな判断を下すときがある.その際には当初の目的に立ち返りその方向性を見失うことがないよう留意する必要がある.JCVSDの目的を以下に明記する.
●「本邦における心臓血管外科関連の手術データベースを構築し,欧米アジア諸国とも共同して心臓血管外科手術のリスクを分析し,本邦における心臓血管外科手術の質の向上を図り,もって国民により良い医療を提供するものである.」
III.JCVSDがもたらした心臓血管外科学への進歩・貢献
JCVSDは1症例当たり約150項目という詳細な情報を20年以上にわたり収集しており,NCD発足してからの10年以上は全施設からの症例登録がなされている.この膨大な情報を用いて以下の分野で心臓血管外科への進歩・貢献をもたらしてきた.現状把握,学術貢献,産学連携,医療の質向上,循環器病対策基本法への取り組み,コロナ禍対策,の6点である.
IV.現状把握
JCVSDは成人部門,先天性部門共に毎年の累積登録数を公表している.発足当時の2000年当初は参加施設もごくわずかであったが,NCDが発足し専門医制度とリンクした2010年以降は参加施設数が上昇し2013年からは本邦の全ての施設が参加している.2021年12月31日時点で成人部門では参加施設は599施設,累積登録数は80.3万件であり,先天性部門では120施設,10.4万件である.日本全体の心臓大血管手術に関する統計は,日本胸部外科学会学術委員会を経由してGeneral Thoracic and Cardiovascular Surgery (GTCS)から報告されている1).さらに,先天性,冠動脈,弁膜症,大血管の四つの領域別の情報はJCVSD事務局から和文は日本心臓血管外科学会雑誌に2)
~
5),英文はsecondary publicationとしてAsian Cardiovascular and Thoracic Annalsに報告されている6)
~
9).これらの論文は本邦の心臓血管外科手術の詳細を紹介するものとして多くの論文から引用されている.
V.学術貢献
JCVSDは累積80万にも上る登録データを用いて学術研究に取り組んでいる.JCVSDでは学会レベルでは無く会員個人レベルでも良いアイデアがあればデータ利用申請が可能である.これまで急性期データのみを扱う後向き研究が主であったが10),近年はデータ項目を一部追加しての前向き研究を実施し,重要なテーマでその成果が出始めている11).Numataらは全国243施設から単独CABG 23,633例を調査し,high volume centerでフォローアップ研究に参加した41施設,7,755例を詳細に検討した11).Off pump CABG(OPCAB)とOn pump CABG (ONCAB)間でpropensity score matchingを行い両者共に2,007例同士を術後7年までの状態を比較検討した.全生存率で比較すると術後1年目まではOPCABが良好であるがその後はONCABの方が良好となりこの状況は7年後まで持続する.しかしながらこの差はわずかであり統計学的には全く有意差を認めない.また,ONCABに比しOPCABでは不完全血行再建が多い可能性がありそのために長期の成績が若干落ちたのではないかと推察している.本論文だけでなく全国の外科医から寄せられたClinical Questionに基づく貴重な臨床研究がJCVSDデータを用いてなされ,海外一流紙にも掲載され日本の心臓血管外科のプレゼンス向上に寄与していると考えている.
VI.社会貢献
2019年に福島原発事故に関連した衝撃的な論文が発表されたと日本心臓血管外科学会を通じてJCVSDに連絡が入った.日本胸部外科学会が公表している年次統計を利用して福島原発事故以降の日本の複雑先天性心疾患が増加したという内容である12).この筆者らは他の分野でも不正確な情報を用いて似たような趣旨の論文を発表しており,われわれを含めた当該領域の医師から問題が指摘されていた.日本心臓血管外科学会としてもまた情報を利用された日本胸部外科学会としても看過できないと判断し,より詳細なJCVSD情報を用いてより正確な分析をすることとなった.すぐさま解析を終了し同じ雑誌に1年後には掲載することができた13).JCVSDの正確で詳細なデータが日本の風評被害を防ぐことができた,社会貢献の1例と考えている.
VII.医療の質向上
医療の質向上はJCVSDの根本的目的の一つである.参加施設は診療科長とNCD主任医師であればデータ入力画面の「フィードバック機能」画面から自施設の過去の入力情報をポートフォリオとして見ることができる.ここでは自施設の入力症例のアウトカムの一覧が瞬時に確認可能となる.O/E ratio(observed / expected mortality rate)だけでなく主要合併症の発生率を確認することにより自施設の長所と短所を詳細に確認することが可能となり,自施設のQuality controlを進めることができる.施設の状況を見える化して振り返りを促すことは日本全体の心臓血管外科領域の底上げのためには極めて重要な案件であろう.
VIII.循環器病対策基本法
循環器病対策基本法では各自治体(都道府県)は本法に基づいて循環器病対策基本計画を立案することとなったが,その際に現状把握のためにJCVSDデータを利用できる方策を模索しているところである.千葉県では県とJCVSDとが提携して作業が進んでいる.これが全国に拡がることができれば,自治体,国民の両者に福音となるものと考えている.
IX.COVID-19関連
COVID-19に関してはJCVSDを用いることにより感染拡大の影響を時間的・空間的視点から分析することが可能となる.心臓血管外科領域は侵襲度・緊急度の点からも医療界の中で特殊な領域であり,疾患別(冠動脈手術,弁膜症手術,大血管手術)・緊急度別の解析は今後の対策を立案していく上でも重要といえる.
X.おわりに
JCVSDは設立後23年目を迎え日本の心臓血管外科学の膨大な臨床データを積み上げてきた.そしてこのビッグデータを用いて本邦の現状把握,学術貢献,産学連携,医療の質向上,循環器病対策基本法推進,コロナ禍対策,に関して具体的かつ効果的な貢献をなしてきたといえる.今後ともこれらの事業・研究を通じて本邦の外科学に貢献していく所存である.
利益相反:なし
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