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日外会誌. 123(6): 584-588, 2022

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特別寄稿

わが国の遺体を用いた教育・研究の適正な推進のための4提言

1) 東京慈恵会医科大学産学連携講座腎臓再生医学講座 
2) 北海道大学大学院医学研究院 消化器外科学教室Ⅱ
3) 千葉大学 大学院医学研究院環境生命医学
4) 名古屋大学大学院医学系研究科 脳神経外科学
5) 東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科学教室
6) 徳島大学 感覚運動系病態医学講座運動機能外科学(整形外科)
7) 生命倫理政策研究会 

小林 英司1) , 七戸 俊明2) , 鈴木 崇根3) , 荒木 芳生4) , 山本 和央5) , 後東 知宏6) , 橳島 次郎7)

内容要旨
わが国の献体制度に立脚した遺体を用いた教育・研究で専門領域を超えて適正に推進するために,厚生労働班会議「献体による効果的医療技術教育システムの普及促進に関する研究」では,ワーキンググループ(WG)を組織した.WGでは,これまでのCST報告を解析し,献体制度を堅持しつつ,遺体を用いた臨床医学の教育・研究を推進するために,4項目からなる提案をまとめた.

キーワード
献体, 手術手技教育, 医療機器開発

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I.はじめに
遺体を使用した手術手技教育であるCST(Cadaver surgical training)は,2012年に日本外科学会,日本解剖学会による「臨床医学の教育および研究における死体解剖のガイドライン」(ガイドライン)の公表後,急速に普及している.また,2020年には日本外科学会CST推進委員会(CST推進委員会)より「臨床医学研究における遺体使用に関する提言」が公表され,医療機器メーカー等と共同で実施するCSTや,学会等で実施するCSTのライブ中継のルール等を示すとともに,遺体を使用した医療機器開発は臨床研究として行われるものであることから「人を対象とする生命倫理・医学系研究に関する倫理指針」(倫理指針)を遵守しなくてはならないことを示した.
現在,日本外科学会の範疇を超えて急速に普及している臨床医学に対する遺体医療に対して,適正な発展を図るべく,厚生労働班会議「献体による効果的医療技術教育システムの普及促進に関する研究」では,2021年にワーキンググループ(WG)を組織した.

II.臨床医学の教育研究における遺体使用の現状
この10年間,日本外科学会にはガイドラインに基づいてCST推進委員会が設置され,日本整形外科学会,日本脳神経外科学会,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の専門領域の基幹学会と日本解剖学会の代表者とともに献体制度に基づく遺体を用いた教育・研究の社会的な合意が得られるよう普及に努めてきた.その結果,教育目的でのCSTの実施件数は年々増加傾向を示した1)2).しかし,2019年末から世界的流行を繰り返す新型コロナウイルスは,CSTの活動にも大きく影響を与えている(図1).
また,CST推進委員会は各大学から提出されたCSTの実施報告書の審査と適正な実施のための指導を行ってきたが,報告されるプログラムの専門領域では整形外科領域が一番多く,次いで外科,そして脳神経外科,耳鼻咽喉科となっている(図2).外科ではガイドラインが浸透しているが,各専門領域において,歴史的背景やガイドラインに対する解釈の違いに基づく事例も存在している.例えば,わが国の耳鼻咽喉科領域によるCSTの歴史はガイドライン制定よりはるかに古く,すでに地道にCST活動が行われてきている.同様な事例は,海外で実施するCSTへの参加の多い整形外科領域でもある.この歴史的・慣習的な違いは,時にCSTに対する心構えの違いをもたらし,ガイドラインの存在すら認識せずにCSTに参加する医師も少なからずいるのが現状である.また,整形外科や耳鼻咽喉科は,手術や診療で様々な医療機器を用いる科であり,今後,医療機器開発における遺体使用の増加が予想され,ガイドライン等のルールの周知は喫緊の課題である3).幸い,国内では教育・研究目的の不適切な遺体使用が社会問題とはなっていないが,海外では,基本となる解剖学教室の運営ですら古い慣習の中で遺体に対する敬虔な扱いが成されていない事例が生じており,社会問題となっている4)
わが国のガイドラインは,日本外科学会並びに日本解剖学会が中心となり他の外科系学会に呼びかける形でまとめられた経緯があり,前記のような教育・研究における遺体利用に古い歴史をもつ専門領域ほど,時代に合ったプロフェッショナル・エシックスを十分周知してもらうための新たな方策が必要である.

図01図02

III.臨床医学の教育研究における遺体使用を推進するための4項目
CST等の実施が急速に拡大している現状を鑑みると,今一度,CSTに関わる各専門領域の基幹学会を通じて,それぞれの学会員にガイドラインの遵守を喚起すべき必要がある.また,企業による遺体使用は商用使用と見做される可能性があり,献体制度の無償の精神を遵守した適正な実施が必須である.これらの諸問題を解決するために2021年に外科,整形外科,脳神経外科,耳鼻咽喉科でCSTを積極的に実施している実務者を中心としたWGが組織された.
WGでは,教育研究に対する遺体使用による臨床医学の健全な発展を図るべく,各専門領域の基幹学会と連携した活動を行っている.下記に,WGの活動方針となるステークホルダー(学会,行政,企業,市民)に対する提言を示す.
現行の報告システムの改善:現行の各大学からの報告システムをより簡素化した上で,各専門領域の基幹学会が,実施内容の評価と不適切な実施に対する指導が可能なものに改善する.
プロフェッショナルオートノミーの強化:各専門領域の基幹学会に対しプロフェッショナルオートノミーの強化のための具体策として,学術集会での講習会等を提案する.
新ガイドラインとリコメンデーション作成:各専門領域の基幹学会と日本解剖学会により,医療機器開発等を含めた新たなガイドラインを作成し,各学会等で周知しやすい共通の注意点を喚起する.また,各専門領域の基幹学会に対して,新ガイドラインの内容に合わせた領域別のリコメンデーションの作成を提案する.
一般市民に理解していただくための活動:わが国の解剖の歴史的背景や臨床医学の教育・研究目的の遺体利用の原点を再確認し,今後これをさらに推進すべく一般向けの資料を作成する.

IV.医療用機器開発は慎重を期して推進すべき
海外では,医療機器開発における遺体使用が古くから行われているが,わが国の取り組みは遅れている.CST推進委員会では,国内で実施された臨床医学における遺体使用の報告を集積しているが,WGでは,先進的外科手術に必須の医療機器の開発におけるわが国の現状をみるために,これまで各大学から提出された報告書を解析し,各領域における遺体を使用した医療機器開発の現状と課題を明らかにした2)3)5)
報告書では,臨床医学における遺体使用を,教育使用(Education)をE-a,b,c,研究使用(Research)をR-a,b,cに区分けしているが,R-cが,医療機器等の研究開発に対するに当たる(図3).過去10年間にR-cの報告は61件あるが,これまでは年間2~3程度であった.ところがこのコロナ禍の2020年と2021年の報告では,CSTプログラム自体が減少する中で10例以上が報告された.医療機械開発において,動物実験は真に必要な研究のみに限定すべきであり,in silicoやご遺体に置き換えられる研究はそれにシフトすべきであるとする世界的趨勢を受けているとも思われるが,コロナ下で海外での遺体使用による医療機器開発が困難な企業が,急遽国内に切り替えた可能性も否めない.
実際,PMDAの薬事承認では,人体での検証以外に他に適切な手段のない医療機器の開発において,遺体使用は避けて通れないプロセスとなっているため,国産の医療機器をいち早く患者に届けるためには国内での実施体制の構築が必要である.無償の善意で成り立つ献体制度を堅持しつつ,開発企業に利益をもたらす医療機器開発を推進するには,献体者とその家族を含めた一般の理解を求めるための努力が極めて重要である.現在,北海道大学病院では,ガイドラインと倫理指針に基づいた,医療用機器開発を開始するにあたり,篤志献体団体である白菊会に対してパンフレットを用いて説明し,個々の研究開発案件について,オプトアウト方式で同意を得た上で実施しているが,今後は,一大学の取り組みからさらに踏み込んで,全国レベルの啓発活動を一般市民に対して行う必要があると思われる.

図03

V.おわりに
ガイドラインの公表から10年が経過し,臨床医学の教育・研究目的の遺体使用は既にわが国に根付いている.本稿を終えるにあたり,献体者の尊い御霊と,肉親のご遺体をお預けいただいたご遺族には衷心より感謝の意を申し上げたい.
謝  辞
本WG活動については,日本外科学会CST推進委員会と連携し,厚生労働行政推進調査事業(伊達洋至 研究班長)の活動の一環として行われた.さらに将来構想については,日本医学会連合会長,門田守人先生並びに日本外科学会前理事長,森正樹先生に助言を頂いた.最後に業務窓口として上沢貴宏氏,金子健太郎氏(日本外科学会事務局)が貢献したことを記す.

 
利益相反:なし

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文献
1) Shichinohe T, Kobayashi E: Cadaver surgical training in Japan: its past, present, and ideal future perspectives. Surg Today, 52: 354-358, 2022.
2) Shichinohe T, Date H, Hirano S, et al.: Usage of cadavers in surgical training and research in Japan over the past decade. Anat Sci Int, 97: 241-250, 2022.
3) Kobayashi E, Shichinohe T, Suzuki T: Cadaver Surgical Education and Research Under the SARS-CoV-2 Pandemic in Japan. Otolaryngol Head Neck Surg, 166: 1003-1004, 2022.
4) Nudeshima J, Kobayashi E: Considering respect for the donated body:lessons from the scandal in France. Anat Sci Int, 97: 313-315, 2022.
5) Araki Y, Shichinohe T, Suzuki T, et al.: Obstacles to cadaver use for the development of neurosurgical techniques and devices in Japan. Neurosurg Rev, 45: 2489-2491, 2022.

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