日外会誌. 123(6): 561-567, 2022
特集
ロボット支援下手術の現況と展望
8.ロボット支援下手術の現況と展望 <小児>
順天堂大学 小児外科 古賀 寛之 , 越智 崇徳 , 山髙 篤行 |
キーワード
小児, ロボット支援下手術, 総胆管拡張症, 腎盂尿管移行部狭窄, 縦隔腫瘍
I.はじめに
現在,手術支援ロボットとしてもっとも広く用いられているda Vinci Surgical System(Intuitive Surgical社)は,人間の手を上回る自由度をもつ多関節鉗子と,精細3Dハイビジョン画像による拡大視効果,フィルタリング機能(手ぶれ防止),スケーリング機能などの特長を有するmaster slave型ロボットシステムである.これらの機能的利点により安定した視野での精緻かつ難度の高い手技が可能となり,2D下での操作が求められる従来の腹腔鏡・胸腔鏡・後腹膜鏡下手術(以下,内視鏡下外科手術)を,その操作性の点で遙かに凌ぐと考える.また,従来の内視鏡下外科手術における最大の欠点は,運針・吻合の際の操作性の困難さであるが,運針・吻合の容易さと確実性はロボット支援下手術の最大の長所である.さらに,ロボット支援下では術者の誰もが両手利きの外科医(ambidextrous surgeon)となり,右手・左手いずれの運針も容易にしてくれる.
小児外科領域でも2018年4月にロボット支援下縦隔良性・悪性腫瘍手術,2020年にロボット支援下腎盂形成手術,2022年にロボット支援下総胆管拡張手術が保険収載されるなど,徐々にその適応が拡大されつつある.特に総胆管拡張症は小児外科の代表的疾患であることから,小児外科領域でもロボット支援下手術が今後急速に普及することが予想される.当科では2017年からロボット支援下手術を積極的に導入している.本稿では当科の経験を元に,小児外科・小児泌尿器外科の分野におけるロボット支援下手術の現状と将来の展望について概説する.
II.小児領域におけるロボット支援下手術の特徴
小児外科疾患の手術の多くが再建手術であるが,ロボット支援下手術で得られる超高画質画像による肉眼では認識することのできない構造物の把握や手ぶれの無い高い自由度をもった繊細な鉗子操作は,難易度の高い再建技術を要する小児外科手術にこそ適していると考えている.また,小児外科疾患の手術では吻合を要する術式が多いのも特徴であり,その吻合の径は成人のそれに比し極めて小さく,吻合径が4mm以下になることも稀でない.直径が4mm以下の吻合では,常に開腹手術と同等のqualityの吻合を腹腔鏡下で行うことは困難であり,かつ,この欠点はlearning curveによって補い得るものではないと筆者らは考えている.一方,ロボット支援下ではこのような細径の吻合に対しても修練中の外科医が比較的容易に行うことが可能であり,その手術手技の獲得に要するlearning curveは極めて短い.
小児の特徴として組織の脆弱性およびworking spaceが成人に比し極めて小さいことも挙げられる.特に5才以下ではそれが顕著である.da Vinciの短所として「触覚の欠如」があり,そのため鉗子や組織などの微細な変化を視覚的に感知し触覚の代わりとする必要があるが,これは脆弱な臓器に囲まれた狭小なworking spaceを持つ小児では特に留意すべきことである.剥離操作・吻合操作の際に,鉗子の先を常に術野に留めて置く,すなわち鉗子の移動範囲を大きく取らない,そして鉗子をゆっくりと動かすことが事故防止の観点から極めて肝要である(https://youtu.be/Oq0vPixYBJs参照).急速かつ大きな動きを伴う鉗子操作では鉗子の先がたとえ術野内に留まっていようとも術野外の鉗子の一部が周囲臓器に当たり損傷を生じる可能性があるからである.筆者は,吻合での結紮の際には,糸を小まめに持ち替えて左右の鉗子が術野から消えないように,また鉗子をゆっくりと動かすよう,常に注意を払っている.
III.小児領域におけるロボット支援下手術の現況
総胆管拡張症手術
小児に対するロボット支援下総胆管拡張症手術は,2006年のWoo Rらの報告1)を端緒として,アジア・英国を中心に施行されている.総胆管拡張症手術は拡張総胆管切除・胆道再建からなるが,総胆管切除では膵臓側の総胆管を可及的または完全に切除する必要があり,胆道再建では,多くの場合総肝管とRoux-en-Y空腸との吻合が行われ,小児では総肝管腸吻合の径は5mm以下であることが少なくない.筆者らの経験上,3D下で総胆管の剥離と吻合の運針を行うロボット支援下手術は(図1),その操作性の点で2D下での腹腔鏡下手術を遙かに凌ぐと考える.文献的にもロボット支援下と腹腔鏡下との比較試験で,ロボット支援下での手術時間は長くなるものの,術後の短期成績では優れており,また精緻な操作を要求される総肝管腸吻合に関してもlearning curveは短く,腹腔鏡下で要求される熟練を要しないという利点があるとされている2).当科が行ったロボット支援下と腹腔鏡下総肝管空腸吻合のケースマッチ比較検討では,吻合時間や1針あたりの運針時間はロボット支援下で有意に短く,変動係数も小さいことから,より安定した質の高い吻合を行っていることが示された3).
実際のロボット支援下手術においては,鉗子操作を行うためにはターゲットとポート設置位置との間に少なくとも8cmの距離が必要となる.ターゲットと内視鏡ポートを結んだ線に対して平行に操作鉗子がCo-axialとなるよう最低4cm(da Vinci Xiの場合)の距離を空けて左手・右手用ポートを配置する(図2).体格の小さい総胆管拡張症患児の際には,左側腹部に留置する左手ポートを頭側に置き過ぎると鉗子の先がターゲットに対し近接し過ぎ,総肝管空腸吻合の運針操作が行いにくくなるので注意を要する.また,手術台に比し体の幅が狭いため5歳以下の小児では,体を手術台の中央に置くと左手ポート鉗子が運針操作の際に手術台の縁に当たり干渉し得るので,患児を手術台の端に寄せ,かつマットを重ねて手術台よりも10cmほど高い位置に置く必要がある.
われわれはこれまでにロボット支援下総胆管拡張症手術を18例(1才から12才)に行ったが,導入初期は,成人に比して極めて狭い小児の体腔を考慮して腹腔鏡併用下手術とした.すなわち,拡張総胆管の剥離・切除は腹腔鏡下に行い,総肝管空腸吻合をロボット支援下に行うハイブリッド手術である.現在でも1才から2才位までの体腔の狭い患児には安全性が高く最適な術式であると考えている.
腎孟形成術
腎盂形成術は腎盂尿管移行部狭窄症による水腎症に対する手術である.水腎症が腎実質の成長障害を来し,腎機能の低下や腎盂内圧の上昇による側腹部痛を生じるため,腎盂形成が行われる.小児でもロボット支援下腎盂形成術は各国で行われ,ロボット支援下腎盂形成術の術後成績については多数報告がされている.従来の開放手術に比べて手術時間は長いものの出血量,在院日数,尿管ステント留置期間は有意差がなかったと報告がある4).メタアナリシスによれば,ロボット支援下腎盂形成術は,術後の吻合不全,再入院率,手術時間は開放手術と同等であり,水腎症の改善は開放手術に勝ると報告されている5).また,追加手術の頻度についての検討では,ロボット支援腹腔鏡下腎盂形成術を受けた群では5%であったのに対し,腹腔鏡手術群では13%であったとの報告もある6).再手術症例におけるロボット支援下手術の有用性の報告も少なくない.
これらの報告の殆ど全てが経腹的アプローチであるのに対し,当科では開放術と同様,経後腹膜的アプローチでロボット支援下腎盂形成術を行っている.まずは後腹膜を後腹膜鏡下に剥離,その後CO2送気により十分な後腹膜腔を作成後,ロボットをドッキングさせ,複雑かつ繊細な動きが要求される腎盂尿管吻合をロボット支援下で行っている(図3).繊細な技術が要求されるものの吻合の容易さは,後腹膜鏡下または腹腔鏡下で行う腎盂尿管吻合とは比較にならない.
尿管膀胱新吻合
膀胱尿管逆流症(VUR)に対するロボット支援下尿管膀胱新吻合術は国内ではまだ保険未収載であるが,欧米諸国では既に多くの症例でロボット支援下手術が行われている.当初の成績は開放手術に比べて劣っていたとされるが,近年の報告によれば成功率は90~95%と報告されている7).なかでも膀胱外アプローチでは,本邦のHayashiらによって良好な治療成績が報告されている8).ロボット支援下尿管膀胱新吻合術は,術後のカテーテル留置期間の短縮や膀胱刺激症状の軽減,在院日数の短縮化に寄与し,拡大視野下の繊細な手技で骨盤神経叢の損傷を軽減することにより術後の尿閉のリスクが少ないと考えられている.
縦隔腫瘍切除術
小児縦隔腫瘍に対しても精緻な手術操作を可能とするロボット支援下手術の有用性は,非常に高い.良性腫瘍では奇形腫・胸腺腫・気管支原性嚢胞・リンパ管腫などが,悪性腫瘍では神経芽腫などが適応とされる9).小児では,成人に比し胸郭が極めて小さいため,CO2の送気による人工気胸(圧4~6mmHg)を用いて肺を虚脱させ,さらに横隔膜を腹側へ押し下げることで十分なワーキングスペースを作成する.5才以下の小児では胸郭がかなり小さいことから,ロボット鉗子操作が可能な距離を確保した上でポートの位置を決める必要がある.当科におけるロボット支援下縦隔腫瘍の最低年齢は2才11カ月(上後縦隔神経芽腫)であるが,ロボット鉗子は操作性に優れ,安全な腫瘍切除を行うことが可能であった(図4).
IV.小児領域におけるロボット支援下手術の課題
ロボット支援下手術は小児領域においても今後広く普及し,様々な術式への応用も可能と思われるが,これまでにも述べてきた操作腔の狭さ・触覚の欠如が大きな問題となる.安全性の向上と合併症予防を含めて今後の課題について述べる.
狭い操作腔
体格の小さい患児では,ポート間の距離・対象臓器との距離を十分に考慮し,ロボットアームの干渉を生じないセットアップを行う必要がある.サイズの異なるBoxの内部でタスクの所要時間を検討したところ,5cmのボックスがロボット操作の限界であるという報告がある10).小児には「targeting 機能」も加わったことでアーム設定がさらに容易となり,最低限必要となるポート間の距離も4cmと短くなったda Vinci Xiの使用が推奨される.今後,鉗子操作に必要な距離がより短く狭空間でも操作可能な次世代ロボットの普及が切望されるところである.
触覚の欠如
コンソールでの鉗子操作時に触覚として伝わるのは,鉗子やカメラが体内もしくは体外で干渉した時のみである.干渉した際,無理をして鉗子を動かすと干渉していたロボットアームが急激に跳ねるように動き,それに伴って鉗子も体内で突然大きな動きをするため臓器を損傷する危険性がある.その際には,膵臓・肝臓などの脆弱な臓器であれば簡単に圧挫または損傷され得る.操作腔が狭く組織が脆弱であるという特性を持つ小児の場合は,なおのことアームの干渉には注意しなければならない.鉗子の先が見えている範囲内でゆっくりと鉗子操作を行うのが基本であるが,万が一ロボットアームの干渉を感じた際には,いち早く両手の動きを止めアームの干渉の有無を確認する必要がある.著者らの経験では小児外科医は低出生体重児の手術などで触覚よりも視覚で手術操作を行うことに慣れていることから,ロボット支援下手術を行うにあたり触覚の欠如が大きな妨げにはならないと期待する.
安全性の向上と合併症予防
手術支援下ロボットは高度に複雑化した装置であるため,十分に機器の特性を理解し安全に使用することが求められる.小児では成人と異なりロボット支援下手術の頻度はまだまだ少なく,毎日ロボット支援下手術を行うわけではない.従って,小児外科医は臨床工学技士・看護師・麻酔科医と協力し,術中ならびに機器のトラブルシューテングに速やかに対応できるよう定期的にシミュレーションを行い有事に備えておくべきである.
V.小児領域におけるロボット支援下手術の将来展望
小児におけるロボット支援下手術では,保険適用外の術式が依然として多いが,国外では前述の術式以外にも,既に噴門形成,ヒルシュスプルング病根治術,鎖肛根治術,横隔膜ヘルニア形成術,脾摘,腎摘がロボット支援下で行われている11)
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13).新生児・乳幼児に対しロボット支援下手術を施行する際には鉗子径のサイズや鉗子操作が可能な距離を縮める必要があるなど,解決すべき課題がいまだ残されている.しかしながら,小児領域でも,今後手術支援ロボットに様々な改良が加えられることで急速にロボット支援下手術が普及し,その秘めたる潜在能力によってさらなる発展を遂げる可能性が極めて高いと考える.小児領域においても安全なロボット支援下手術の普及を目的としてロボット支援下総胆管拡張症手術でプロクター(手術指導医)認定制度が導入されたことは,非常に喜ばしい一歩前進である.
VI.おわりに
小児領域におけるロボット支援下手術には,まだまだ解決すべき様々な課題が残されているが,その適応拡大に関して非常に大きな潜在能力を秘めているのも事実である.診療実績の蓄積や新しい手術ロボットの出現,関連学会との確固たる協力体制により,数多の課題を乗り越え,近い将来,子ども達がより多くの小児ロボット支援下手術の恩恵に与れる日が訪れることを切に願う次第である.
利益相反:なし
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