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日外会誌. 123(6): 525-530, 2022

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特集

ロボット支援下手術の現況と展望

3. ロボット支援下手術の現況と展望 <胃>

名古屋市立大学大学院医学研究科 消化器外科学

瀧口 修司 , 佐川 弘之 , 伊藤 直 , 早川 俊輔 , 上野 修平 , 大久保 友貴 , 田中 達也 , 小川 了 , 高橋 広城 , 松尾 洋一 , 三井 章 , 木村 昌弘

内容要旨
ロボット支援胃癌手術は,2018年4月に保険収載され,急速に普及している.ロボット手術の術後合併症は,腹腔鏡下手術と比較して腹腔内感染性合併症および膵液漏の発生割合が低率とする本邦からの報告がある.多施設共同無作為化比較試験としてロボット支援手術の腹腔鏡下手術に対する優越性を検証する試験 (JCOG1907) が進行中であり,真の有用性をみる上でその結果が注目されている.ロボット手術の最大の特徴は,高拡大3D HD画像により解剖認識能力の向上にある.しっかりと観察し,手術の基本コンセプトである「切開」,「剥離」,「切離」の手技をロボットアームで的確に行えることがポイントである.多関節機能,motion scale,や手ぶれ防止機構が精緻な手技につながり,Tile Pro機能やFirefly機能を駆使することでより安全で確実な手術に結びつけることができる.今後,ロボット手術には他臓器浸潤やBulkyリンパ節転移をきたした高度進行胃癌,残胃癌,食道胃接合部癌,術前化学療法やConversion症例においても安全で安定した治療成績につながると思われる.ロボット手術の普及に伴い,各施設での指導技術の向上も期待され,手術教育体制も今後変化するものと思われる.

キーワード
胃癌, ロボット手術, 高度進行胃癌, 傍腹部大動脈リンパ節郭清

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I.はじめに
腹腔鏡手術は,外科手術の歴史において大きな「革命」を起こした.癌治療に関してはかなり慎重に適応拡大がすすめられた.これまでに国内外の大規模ランダム化比較試験においてcStageⅠに対する幽門側胃切除に関しては,開腹手術に対する腹腔鏡手術の生存における非劣勢が検証され1)2) この結果をもって,cStageⅠ胃癌に対する標準治療の一つとして腹腔鏡下幽門側胃切除が強く推奨されている(胃癌治療ガイドライン 2021年7月改訂第6版3)).日本内視鏡外科学会技術認定制度や各施設で手術の定形化が進んだ結果,進行癌に対しても安全に施行し得ることが報告されてきている4)6).進行胃癌に対しては,ランダム化比較試験 (JLSSG0901) により安全性が確認され,長期成績についても今後報告される予定である.腹腔鏡手術は,限られた術野で直線的な鉗子やエネルギーデバイスを用いるために難易度は高く,特に高難度症例に対しては,限られた施設,限られた消化器外科医によって施行される域をでることは難しい.そこで,高難度症例に対しても,より多くの消化器外科医が質の高い手術を可能とする観点からもロボット手術は注目されている.
ロボット支援下手術の歴史は浅く,本邦では2009年11月に内視鏡手術支援ロボットとして,da Vinci S HD Surgical System(Intuitive Surgical, Inc., Sunnyvale, CA, USA)が薬事法承認された.2012年4月に前立腺全摘術に対するロボット加算が保険収載されて以降,日本はアジア地域で有数の内視鏡手術支援ロボット保有国となった.胃外科領域においては,2018年4月の保険収載を起に急速に普及してきている.同時に日本内視鏡外科学会は,施設基準および確固たる指導体制が整った条件下において,ロボット手術操作基準を大きく下げる指針を打ち出し,さらに広く普及していくことが予想される.
本稿では,胃癌領域におけるロボット手術の現状および今後の展望につき概説する.

II.ロボット胃切除
2018年4月に保険収載された胃癌領域における術式として「胃悪性腫瘍手術(全摘)(ロボット支援)」,「胃悪性腫瘍手術(噴門側切除)(ロボット支援)」,「胃悪性腫瘍手術(切除)(ロボット支援)」の3術式が拡大された.2022年4月には,ロボット手術の有用性が確認され,診療報酬加算も算定されるようになった.胃癌ロボット手術件数は,学会アンケート調査から,2016年で年間380症例,2017年で320症例であったものが,2018年では約1,000症例,2019年には1,750症例が施行された (内視鏡外科手術に関するアンケート調査 ―第15回集計結果報告―,一般社団法人日本内視鏡外科学会)(表1).394施設から回答が得られた胃癌に対する内視鏡手術における術中偶発症による開腹移行症例数は,2018年,2019年の2年間で,幽門側胃切除術において67症例,噴門側胃切除術で18症例,胃全摘術で42症例認めており,多くは偶発的な出血,他臓器損傷によるものであった.ロボット手術を導入する施設が増えてきた背景をもとに,開腹移行症例が減少にあるのか,その推移には注視していく必要がある.本邦からはロボット手術の術後合併症について,腹腔鏡下手術と比較して低率とするものが多く見受けられる.患者背景をpropensity score matchingにより調節した上で比較検討した結果,Clavien-Dindo分類GeadeⅢ以上の腹腔内感染性合併症の発生割合がロボット手術で有意に低率であった報告や7),Clavien-Dindo分類GeadeⅡ以上の腔内感染性合併症に加え,膵液漏の発症割合がロボット手術で有意に低率であった報告がなされている8).現在,本邦では多施設共同無作為化比較試験としてロボット手術の腹腔鏡下手術に対する優越性を検証する試験 (JCOG1907) が進行中であり,ロボット手術の真の有用性をみる上でその結果が注目される.
現在,ロボット手術の適応については,「cSatgeⅠ/Ⅱ胃癌に対してロボット支援下胃切除術を行うことを弱く推奨する (内視鏡外科診療ガイドライン (2019年版) )」,「cStageⅠ胃癌に対してはロボット支援下手術を行うことを弱く推奨する.ただし,内視鏡外科学会の技術認定を取得し,この手術に習熟した医師が行う,および内視鏡外科学会が認定したプロクターの指導下に消化器外科学会の専門医を有する医師が,施設基準を満たした施設で行うことを条件とする」3)としている.両ガイドラインとも施設,術者の要件を厳しく規定してきたものの,2022年5月の段階で日本内視鏡外科学会から,消化器外科領域ロボット支援下内視鏡手術導入に関する指針が新たに設定された.これまでの技術認定の取得・消化器外科学会専門医の取得が術者基準から外れ,若手医師を含めたより多くの医師に門戸が開かれた.しかしながら,術者が解剖学的構造理解や相対的位置関係を理解し,内視鏡手術における特殊手術器具の使用法に習熟していることはもちろんのこと,サージョンコンソールからの遠隔操作による視覚-手指運動協調(hand-eye coordination)の修練,習得は欠かせない要点である.加えて,ロボット手術認定プロクターの指導のもと手術を施行し,デュアルコンソール機能は,コンソール操作に習熟した医師のみが使用する条件を遵守すべきである.つまり,各施設でのサージョンコンソールに座するまでの教育体制および術中の指導者の管理責任,教育体制の確立が求められた指針と解釈することができる (図1).

図01表01

III.ロボット支援腹腔鏡下胃悪性腫瘍手術におけるdaVinciの有用性
現在のロボット手術の主流は,daVinci Xi Surgical Systemであり,ロボット手術の特性を理解し,その能力を十分に引き出すことが肝要となる.ロボット手術には,腹腔鏡手術がもたらした低侵襲性に加え,さらなる利点として「安全性」に期待がかかる.つまり“高難度症例をいかに安全で安定した成績を残せるか”,現段階で十分な結果が得られているとは言えない他臓器浸潤,Bulkyリンパ節転移を含む高度進行胃癌症例,術前化学療法施行症例や食道胃接合部癌症例といった高難易度症例に対して,確実な解剖認識とロボット手術のコンセプトを理解することでより高いパフォーマンスにつなげる必要がある.
ロボット手術の最大の特徴は,高拡大3D HD画像により解剖認識能力の向上にある.しっかりと観察した上で,手術の基本コンセプトである「切開」,「剥離」,「切離」の手技をロボット手術に反映させることで,すべての症例を同一コンセプトで施行できると考える.加えて,多関節機能を駆使することで組織へのアプローチ法の選択肢が増え,motion scale,手ぶれ防止機構がより精緻な手技につながる.例えば膵上縁郭清では,腹腔鏡手術の直線的な鉗子の動きから解放され,障害を避けて標的にアプローチすることが可能となった.これまでアプローチの難しかった総肝動脈頭側〜固有肝動脈や脾動脈沿いのリンパ節郭清に対しても容易にアプローチすることが可能となり,「Outermost layer」に沿った至適な郭清においてワンステージ上の手技をもたらしうると考える.
daVinci Xi Surgical Systemに搭載されているTile Pro機能やFirefly機能も有用である.Tile Pro機能は,サージョンコンソールに座りながらon timeに画像を確認することができる.血管破格を有する症例や脾門部郭清を要する症例に対しても実際の術野と比較して3D-CTAで構築した血管走行が確認し得ることで解剖の認識力を高めることにつながった.術中内視鏡所見も同様にリアルタイムに確認でき,切離ラインの決定や再建後の吻合状況を確認する上で有用である.Firefly機能は,残存臓器や再建後の血流評価を行うことで縫合不全の防止につながると考えられる.
エネルギーデバイスの選択は,現在,Maryland bipolar・Monopolar Curved scissors・Harmonicが主流となっている.どのエネルギーデバイスを選択するかは,各施設で培ってきた流れやコンセプトに応じて取捨選択すべきである.当科では,3rdアームにMaryland bipolarとVessel sealer Extendを併用した手法を用いている.その利点としては,多関節機能を活かして組織の把持や剥離を精緻に施行できる点が挙げられる.Vessel sealer Extendは,組織のシーリングと切離を可能にし,不用意な出血を抑え円滑な手術を遂行する上で効果的なエネルギーデバイスと考えている.このMaryland bipolarとVessel Sealer Extendを組み合わせた手技は,高度進行胃癌,残胃癌,食道胃接合部癌,術前化学療法症例など,どの高難度症例に対しても首尾一貫として同じ手技で手術を遂行することが可能となる.

IV.展望
高難度症例の一つに傍腹部大動脈リンパ節郭清が挙げられる.「大動脈周囲リンパ節郭清の臨床的意義に関する研究ランダム化比較第Ⅲ相試験 (JCOG9501)」では,傍腹部大動脈リンパ節転移の予防郭清は否定された9)ものの,StageⅣの傍腹部大動脈リンパ節転移症例に対しては改めて検証すべき点ではないかと考える.「治癒切除不能進行胃癌に対する胃切除術の意義に関するランダム化比較第Ⅲ相試験:REGATTA試験(JCOG0705/KGCA01)」では,非治癒因子一つを有するStage Ⅳ胃癌に対して,化学療法単独治療に対する胃切除術+術後化学療法の生存における優越性は証明されなかった10).ただ,時代的背景もあることだが,上部胃癌に対しては胃全摘術が施行され,胃全摘術後には化学療法の施行コース数の中央値が3コースであり,化学療法単独治療が6コースであったことから顧みて,Subtotal gastrectomyなど根治性を担保した上で極小残胃としてでも温存できる症例が含まれたならば,化学療法の忍容性が高まっていた可能性も示唆される.
現在では,術前・術後の化学療法と外科的切除に主軸をおき,放射線療法,栄養療法を組み合わせた集学的治療が進歩してきており,傍腹部大動脈リンパ節転移症例に対しても根治性を目指す治療を再考する段階にきているのかもしれない.つまり,微小癌細胞の制御は化学療法に土台を置き,ターゲットリンパ節を摘出する一つの治療概念をもった際には,ロボット手術が一役を担う可能性は高いと考える (図2).

図02

V.おわりに
本邦の胃癌領域におけるロボット手術の現状と展望の一部を概説した.今後,ロボット手術のエビデンスを確立していき,ロボット手術がもたらしうる可能性を突きつめ,さらなる治療成績の向上につなげていきたい.

利益相反
講演料など:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社,インテュイティブサージカル合同会社,コヴィディエンジャパン株式会社
奨学(奨励)寄附金:コヴィディエンジャパン株式会社,大鵬薬品工業株式会社

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文献
1) Katai H, Mizusawa J, Katayama H, et al.: Survival outcomes after laparoscopy-assisted distal gastrectomy versus open distal gastrectomy with nodal dissection for clinical stage IA or IB gastric cancer (JCOG0912):a multicentre, non-inferiority, phase 3 randomised controlled trial. Lancet Gastroenterol Hepatol, 5: 142-151, 2020.
2) Kim HH, Han SU, Kim MC, et al.: Effect of Laparoscopic Distal Gastrectomy vs Open Distal Gastrectomy on Long-term Survival Among Patients With Stage I Gastric Cancer:The KLASS-01 Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol, 5: 506-513, 2019.
3) 日本胃癌学会:胃癌治療ガイドライン医師用(第6版),金原出版,東京,2021.
4) Inaki N, Etoh T, Ohyama T, et al.: A Multi-institutional, Prospective, Phase II Feasibility Study of Laparoscopy-Assisted Distal Gastrectomy with D2 Lymph Node Dissection for Locally Advanced Gastric Cancer (JLSSG0901). World J Surg, 39: 2734-2741, 2015.
5) Hyung WJ, Yang HK, Park YK, et al.: Long-Term Outcomes of Laparoscopic Distal Gastrectomy for Locally Advanced Gastric Cancer:The KLASS-02-RCT Randomized Clinical Trial. Clin Oncol, 38: 3304-3313, 2020.
6) Hu Y, Huang C, Sun Y, et al.: Morbidity and Mortality of Laparoscopic Versus Open D2 Distal Gastrectomy for Advanced Gastric Cancer:A Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol, 34(12): 1350-1357, 2016.
7) Uyama I, Suda K, Nakauchi M, et al.: Clinical advantages of robotic gastrectomy for clinical stage I/II gastric cancer:a multi-institutional prospective single-arm study. Gastric Cancer, 22: 377-385, 2019.
8) Hikage M, Tokunaga M, Makuuchi R, et al.: Comparision of Surgical Outcomes Between Robotic and Laparoscopic Distal Gastrectomy for cT1 Gastric Cancer. World J Surg, 42: 1803-1810, 2018.
9) Sasako M, Sano T, Yamamoto S, et al.: D2 lymphadenectomy alone or with para-aortic nodal dissection for gastric cancer. N Engl J Med, 31;359(5): 453-462, 2008.
10) Fujitani K, Yang HK, Mizusawa J, et al.: Gastrectomy plus chemotherapy versus chemotherapy alone for advanced gastric cancer with a single non-curable factor (REGATTA):a phase 3, randomised controlled trial. Lancet Oncol, 17(3): 309-318, 2016.

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