日外会誌. 123(5): 506-508, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(3)「男女を問わず外科医が輝き続けるために」
8.Acute Care Surgery部門がもたらす外科医のquality of lifeの向上:北米のエビデンス
帝京大学医学部 救急医学講座Acute Care Surgery部門 伊藤 香 (2022年4月14日受付) |
キーワード
Acute Care Surgery, quality of life, 男女共同参画, 働き方改革
I.はじめに
筆者は,2005年に日本外科専門医資格取得後に渡米し,2児の育児をしながら外科研修,Acute Care Surgery (ACS)フェローシップを経て米国外科専門医・外科集中治療専門医資格を取得した.米国ではACSは外科のサブスペシャルティの一つであり,外傷・一般外科緊急手術・外科集中治療・surgical rescueを担う1).米国では,2005年頃その概念が提唱されたのち,ACS部門設立後に,外傷や一般外科緊急手術を受ける患者のアウトカムの改善を示すデータが数多く示された.また,患者側のアウトカムのみならず,ACS部門が外科医の男女共同参画やquality of life向上に寄与するというデータも示されるようになった.本稿では,北米におけるACSのもたらす効果に関する北米のエビデンスを紹介し,今後の日本の課題について検討する.
II.Acute Care Surgeryの効果
a.患者アウトカム
Havensらによると,米国で一般外科緊急手術を受ける患者は,予定手術を受ける患者よりも周術期死亡率が8倍高く,周術期合併症率は50%に上り,再入院率は14%上昇し,5人に1人がケアの連続性を失うことが明らかになっており,米国の医療システム全体に大きな負荷になっていると考察された.ACSの診療の質向上はそういった負荷を軽減するために重要であると考えられる2)3).そんな中,全米の入院患者症例131,410症例を含むデータベースを使用した後方視的研究では,一般外科緊急手術の周術期成績を,非外傷センター,外傷センター,ACS部門のある外傷センターで比較したところ,ACS部門のある外傷センターにおいて,合併症率が最も低く,在院日数が最も短く,医療費が最も低いことが明らかになった4).さらに,米国ミシガン州のデータベースを用いた34施設,12万件以上の一般外科手術を含んだ後方視的研究では,従来の一般外科部門とACS部門で周術期アウトカムを比較したところ,ACS部門の緊急手術の周術期死亡率が有意に低かった5).これらの研究結果からは,ACSの専門性を高めることが,患者アウトカムの改善につながることが示唆される.
b.男女共同参画
ACS部門は,重症患者を取り扱わないといけない反面,外科的緊急事態に24時間体制で対応できるようにするため,シフト制の勤務体制をとることで,ワークライフバランスが保ちやすい分野としても知られている.そのため,ライフイベントの影響を受けやすい女性外科医がキャリアを継続しやすい分野であるとも言える.米国では,ACSは他の外科のサブスペシャルティに比べて,女性外科医の比率および平均年次増加率が最も高く(42.7%,平均年次増加率1.4%),外科のサブスペシャルティの中で男女比率が1:1になるのが最も早い分野であると予測されている6).そのような事情が,米国における女性ACS外科医の活躍ぶりと関連していると思われる.Fosterらの報告によると,米国の医学領域における女性比率は,医学部卒業生の47%,外科レジデントの38%,外科集中治療専門医(ACSに必要な専門医資格)の28%,外科医全体の22%であり,ACSを専門とする女性の割合は,外科医全体の女性の割合より高かった7).実際,私自身がACSをサブスペシャルティに選んだ大きな理由は,ACSでは患者の救命に直結する開胸・開腹を含むダイナミックな手術を取り扱うものの,勤務体制はシフト制となっており,子育てをしながらキャリアを継続したかった私にとって,やりやすい体制だったことが挙げられる.女性医師の比率が増加している昨今,女性が継続しやすいACSは,外科医全体のマンパワー不足を解消する一助になる可能性がある.
c.外科医のquality of life
また,ACS部門がある病院では,ACS部門のない病院と比べて外科医の仕事に対する満足度が高いという報告もある.その要因として,他専門分野の外科医が一般外科のオンコールから解放され,自身の専門分野により専念できるようになったこと(賛成89.8%),緊急手術をACSが引き受けるため,勤務時間がコントロールしやすくなったこと(賛成84.2%)などが挙げられた.さらに,ACS部門があることでquality of lifeが向上した(賛成84.2%),家族と過ごす時間が増えた(賛成79.0%)など,肯定的な評価が上がった.また,ACS部門設立後に,手術待機時間が有意に短縮され,緊急手術を日勤帯に行えることが増加し時間外手術が減ったという,外科医の労働時間に対するインパクトも報告された8)9).この事実は,男女問わず,外科医が良好なquality of lifeを保ちながらキャリアを継続していける可能性を示唆しており,とくにシフト制の労務管理を行って,緊急手術を一手に引き受けるチームを成立させれば,2024年の労働基準法改正に伴う医師の働き方改革に対応しうるシステムを構築できる可能性がある.
III.日本における今後の課題
日本においては,2009年に日本ACS学会が発足し,ACS認定外科医制度も制定された10).外科専門医資格はACS認定外科医申請のための必須条件であるが,学会員は外科専属と救急科専属の比率が1:1であると言われており,その修練システムやキャリアパスにばらつきがあることは否めない.今後,日本でACS外科医が増えることにより,上述したような患者と外科医側の両方にメリットがあり,さらに,外科医の男女共同参画促進にも寄与する可能性があるため,ACS外科医としての修練やキャリアパスを明確にし,この分野を外科のサブスペシャルティの一つとして発展させていくことが重要であると思われる.
IV.おわりに
ACS部門は外科医の男女共同参画を促し,男女問わず,外科医全体のquality of lifeを向上させる可能性があると考えられる.2024年の労働基準法改正に伴う外科医の働き改革にACS部門が一役買う可能性もあり,当分野の今後の更なる発展が望まれる.
利益相反:なし
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