日外会誌. 123(5): 503-505, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(3)「男女を問わず外科医が輝き続けるために」
7.男女共同参画社会の実現が進めるわが国の働き方改革―福祉国家スウェーデンでの経験から―
1) 公益財団法人がん研究会有明病院 消化器外科 熊谷 厚志1) , 入野 誠之2) , 神谷 諭3) , 速水 克1) , 井田 智1) , 幕内 梨恵1) , 大橋 学1) , 布部 創也1) , 佐野 武1) (2022年4月14日受付) |
キーワード
男女共同参画, 働き方改革, スウェーデン, 医療制度, 育児休業制度
I.はじめに
北欧スウェーデンで外科医として働く機会を得た.日本とは大きく異なる価値観のもと,同じ外科医という職業に生きる仲間との生活を通して,これからの日本の外科医と日本社会のあるべき姿を考えた.
II.スウェーデン外科医の生活
ここで紹介するのは,スウェーデンの中でも首都ストックホルムにあるカロリンスカ大学病院という高度に専門分化が進んだ病院の話であり,スウェーデン国内のすべての病院に当てはまる訳ではないことを予めお断りしておく.朝は7時45分,当直医からの報告で始まる.カロリンスカとその関連病院では,週毎に勤務シフトが組まれており,当直の週は2回(例えば火曜と金曜)の当直を務める以外はフリーである.日本のように通常業務を終えてからの当直ではなく,夜勤に近い.当直を務める若い外科医達は,経験を積むためにか積極的に処置や緊急手術をこなしている印象であった.続いて術後患者の経過と方針を確認するカンファレンスに移る.ここでも,この週病棟を担当する外科医が決められており,彼らから各患者の状態が報告される.必要な処置は日中に彼らが済ませるので,手術後に病棟で処置が待っているということはない.食道・胃外科の手術日は週3日で,内視鏡でのステント交換などの小手術の後に10時頃から手術が始まる.日本のように「主治医」という意識は強くなく,手術においても術者と助手は明確に分けられていない.「A医師が切除でB医師が再建」というように,術者が気軽に交替する.術当日は麻酔科当直が患者を診るため,外科医は手術が終われば帰宅することができる.外来を担当する医師も週ごとに替わるため,来院の度に違う医師の診察を受ける可能性もある.ちなみに,日本のようにがんの術後であっても再発を一早く見つけるためのCT検査などは行われない.「がんの再発を早く見つけても,予後の延長につながるというエビデンスはない」というのが彼らの主張である.そのため外来患者の数は少なく,食道・胃外科の外来患者数は週に30人程度であった.タスクシフトは進んでおり,手術予定を組むナースや,内視鏡検査の資格を持つナースもいる.これらによって,外科医も夕方5時には帰宅することができる.また,主治医を定めず週毎の勤務シフトで業務が回っているため,「誰々でなければできない仕事」は日本に比べると少なく,他職種と同様に外科医も最低5週間の夏休みを取ることができる.
III.日本の外科医の長時間労働の背景にあるもの
日本でも医師の働き方改革への取り組みが進んでいる.医療現場でできることとしては,主治医制からチーム制への移行,他職種へのタスクシフト,他診療科とのタスクシェアが中心だが,このような「病院の中での取り組み」だけでは,日本の外科医の働き方を根本から変えることは難しい.日本の外科医の長時間労働には,医療制度,さらには医療を超えた日本の社会そのものが抱える問題が寄与している.例えば,24時間営業のコンビニと同じ便利さを病院にも求めてしまう国民性や,長時間労働を美徳とする風潮,そして職場と家庭において男女に課せられてきた役割の違いなどが挙げられる.
IV.男女の働き方の違いにみる,スウェーデン社会と日本社会の違い
成人(15~64歳)男女の就業率(2018年)をみると,スウェーデンでは男性79.0%, 女性76.0%とほぼ同等である.一方,日本では,女性の就業率は69.6%と上昇してはいるものの,男性の83.9%との間には依然隔たりがある1).特に,3歳未満の子供がいる母親の就業率は,スウェーデンで72%であるのに対し,日本では33%に過ぎない2).日本の男性の育児休業取得率は近年上昇傾向にあり,2020年度で12.65%と初めて1割を超えたが,スウェーデンでは約20年前から9割近くが取得している2)3).スウェーデンで高い父親の育児休業取得率と母親の就業率を達成できている背景には,いくつかの制度上の工夫がある.スウェーデンでは両親合わせて480日の育児休業を,子供が3歳になるまでの間に取ることができる.「合わせて480日」となると所得が低い方が休みを取りがちだが,両親が平等に取得する工夫がある.一つは「パパ・クオータ(父親割当)」で,父親が持つ240日の休業期間のうち60日は母親に譲り渡すことができない.そして,父親が60日の育児休業を取得すると,両親が取得する日数の均等さに応じて非課税のボーナスが支払われる.これらの工夫によって,スウェーデンでは両親が平等に育児休業を取得するよう促されている2).
日本における男女の働き方の違いは,就業率だけでなく労働時間にも表れている.長時間労働者(週49時間以上の労働をしている人)の割合(2018年)を男女別にみてみると,日本の男性が27.3%,スウェーデン男性が8.7%,日本女性が8.5%,スウェーデン女性が3.6%と,日本においては男性に長時間労働が偏っている1).このような働き方の違いを反映してか,管理職における女性の割合はスウェーデンで40%近いのに対し,日本では15%に過ぎない1).
V.男女共同参画社会と働き方改革
スウェーデンで男性外科医が仕事を休んだり,早く帰ったりするのは,上司に命じられているからではなく,子育ての半分を担う必要があって,帰らざるを得ないからであるが,それが家族との時間を与えてくれている.日本においても,女性の就業率が上がれば,男性は家事や育児のために早く帰らなければならないため,自然に働き方改革が進む.同時に,優秀な女性が活躍の機会を持つことは,社会全体にとってプラスであることは言うまでもない.
成熟した社会とはどのような社会か?男女とも,家庭と職場それぞれにおいて居場所があり,それぞれにおいて役割を果たしているのが成熟した社会であると考える.子育て世代の女性の就業率の低さと男性に偏った長時間労働は,日本がまだまだ未熟な国であることの表れである.成熟した社会を築くために,われわれ外科医は何ができるだろうか?女性外科医が出産・育児と自身のキャリアアップを両立できる環境を作ることはもちろんだが,社会全体のことを考えるならば,男性外科医が定時で帰宅,あるいは必要に応じて早退したり,育児休業を当然のこととして取得できるような環境を整備することが求められる.
男性社会の色合いが特に濃い,外科の世界からこの改革を進めることによって,社会にアピールしていくべきと考える.
VI.おわりに
日本の外科医の働き方改革を進め,外科医が魅力ある職業であり続けるためには,病院の中だけでなく,社会そのものを変えていく必要がある.日本がより成熟した国になるために,われわれ外科医が担う役割は大きい.
利益相反:なし
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