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日外会誌. 123(5): 459-461, 2022

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(1)「COVID-19は外科医療にどのような影響を及ぼしたか―現状と展望―」
4.新型コロナウイルス感染防止を目指した一般手術室におけるエアロゾル拡散シミュレーション

1) 浜松医療センター 消化器外科
2) 浜松医療センター医療現場におけるエアロゾル研究チーム 

原田 岳1)2) , 落合 秀人1)2) , 海野 直樹2)

(2022年4月14日受付)



キーワード
手術室, エアロゾル感染

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I.はじめに
2022年4月現在,新型コロナウイルス感染症は未だ収束の兆しはなく,医療現場ではWithコロナ時代をどう乗り切るかが喫緊の課題である.新型コロナウイルス感染症の感染経路には,接触感染,飛沫感染に加えて,ウイルスを含むエアロゾルが空気中に一定時間浮遊,濃縮し,それを吸い込むことによって起こるエアロゾル感染も重要であることがわかってきている.われわれ外科医が陽性患者だけでなく,無症候性患者や検査偽陰性患者の手術を行うことも想定されるが,手術室でのエアロゾル感染リスクを評価した研究は少ない.今回われわれは,吸痰や挿抜管などエアロゾル発生手技の多い手術室でのエアロゾル感染リスクを評価すべく,一般手術室内でのエアロゾル拡散シミュレーションを行った.

II.方法
本研究は,内閣府および文部科学省の「スパコンによる統合的飛沫感染リスク評価システムの開発と社会実装」プロジェクトの一環として実施された.今回使用した一般手術室は,概算体積156m3,外気導入量4,500m3/h,給気循環回数37回/h,清浄度Ⅱに分類される手術室で行った.測定中扉の開閉は行わず,粒子数がほとんど検出されないことを確認してから測定を開始した.被験者は男性3名,女性3名の健常者で,清浄度Ⅱの一般手術室で行った(図1).マスク着用の有無で2パターンに分け,意識的咳嗽を30秒ごとに行った.類似論文を参考に,測定は光学式パーティクルカウンター(日本カノマックス社)を用いた1).測定点は①口唇から5cm上②口唇から30cm上③口唇から50cm上④麻酔科医立ち位置を想定した50cm上50cm頭側⑤50cm上100cm足側⑥介助者立ち位置を想定した50cm上50cm右側の6点に,1台ずつ光学式パーティクルカウンターを設置し,0.3μm,0.5μm,1μm,3μm,5μm,10μmの意識的咳嗽後30秒間累積粒子数をカウントした.

図01

III.結果
ⅰ)空調作動下でのエアロゾル粒子数
測定開始から約3分間の測定で,測定終了時にはほとんどの測定点で粒子数は検出限度まで減少していた.
ⅱ)垂直方向の飛散(図2
口唇の垂直方向のエアロゾル飛散を表す①②③では,粒子径1μm以下が発生エアロゾルの95%以上を占め,3μm以上の粒子は数%であった.マスク着用の有無での比較では,マスク着用によって飛散粒子数は70~95%減少した.
ⅲ)水平方向の飛散(図2
口唇から水平方向にずれた測定点④⑤⑥では,垂直方向では数%であった3μm以上の粒子の割合が増加した.マスク着用による粒子数減少効果は減弱した.

図02

IV.考察
手術室の空調作動下に0.5μm以上の塵埃数の掲示的変化を記した過去の報告2)では,約3分後には1,000個/m3となったと報告している.われわれは意識的咳嗽をエアロゾル発生源として0.3μm〜10μmまでの粒子径を測定したが,同様に約3分で1,000個/m3以下まで粒子数は減少していた.今後スーパーコンピューター「富岳」による解析を予定しており,エアロゾル拡散の経時的変化を明らかにすることによって,さらに詳細なウイルス感染リスク評価がなされるものと期待している.
マスク着用効果は垂直方向へのエアロゾル飛散を抑える効果は強いが,垂直方向からずれるとむしろ増加している測定点もあり,エアロゾル飛散防止の観点からは,口をマスクで覆うだけではエアロゾル飛散抑制効果は限定的である.前述の共同提言にも「N95マスクまたは高度な防護が可能なマスクを使用する」とあるように,手術スタッフの粘膜防御は考慮すべきであり,さらに手術室の換気能を最大限発揮するため扉の開閉を最小限とすること,挿抜管時には必要最少人員で行うなどの対策も有効であると思われる.

V.おわりに
2020年4月,外科系学会の共同提言「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」3)の中で,使用する手術室に関しては「陰圧のかかる手術室が望ましい」とされており,当院でも現在はこの提言に従って運用している.しかしながら陰圧手術室は数も限られており部屋の広さも十分ではないため,どの外科手術も施行できるわけではない.清浄度Ⅱの一般手術室でも,感染リスクを正しく評価することで安全に使用することが可能となれば,Withコロナ時代の外科手術にとって大きな利点があると考えている.
謝  辞
測定にご尽力いただいた豊橋科学技術大学機械工学系 飯田明由教授,浜松医科大学健康社会医学講座 尾島俊之教授,中村美詠子准教授に深謝申し上げます.

 
利益相反:なし

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文献
1) Brown J, Gregson FKA, Pickering AE, et al.: A quantitative evaluation of aerosol generation during tracheal intubation and extubation. Anaesthesia, 76: 174-181, 2021.
2) 甲斐 哲也:手術室の空調と環境整備.日臨麻会誌,37(3):369-379,2017.
3) 新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言(改訂版).2022年4月1日. https://jp.jssoc.or.jp/modules/aboutus/index.php?content_id=53

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