日外会誌. 123(5): 449-451, 2022
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(1)「COVID-19は外科医療にどのような影響を及ぼしたか ―現状と展望―」
1.COVID-19禍における外科系救急疾患の対応の現状と実践
1) 公立陶生病院 外科 木村 海斗1) , 市原 利彦2) , 武藤 義和3) (2022年4月14日受付) |
キーワード
COVID-19, 救急外来, 外科疾患
I.はじめに
COVID-19は2019年11月に武漢で初めて報告され,日本では2020年1月16日に初の感染が認められた.既に日本での累計感染者数は5,700万人,死亡者数は26,000人を超えている.発熱や上気道症状がCOVID-19感染の主症状であるが,症状は軽度,更には全く無症状のこともあり,COVID-19感染のトリアージを難しくしている要因になっている.特に,外科系が対応する疾患が疑われる患者(以下,外科系患者と略)であった場合,主訴が外因性とする先入観があり,COVID-19の感染兆候に視点が行かず,感染していることに気づくのが遅れ,入院後,院内感染を発生させてしまう可能性がある.今回,COVID-19禍における外科系患者のERでの対応と入院時のこれまでの取り組みを振り返り,今後の対応について検討する.
II.当院の概要
当院は633床を有する地域基幹病院であり,瀬戸・尾張旭・長久手の3市を中心とした愛知県尾張東部の医療圏を担っている.平成26年1月1日より救急救命センターとして指定され,また第2種感染症指定医療機関である.令和2年度の救急車受け入れ台数は6,745台であった.2020年1月から2021年5月まで,救急外来に来院された患者28,218名のうち,来院時に発熱もしくは上気道症状を有していた外科系患者の患者数は858名であった.その内,入院した患者数は119名であり,入院時にCOVID-19抗原検査にて陽性と判明した患者は1名であった.
III.救急外来での対応
はじめに,以下に記載する内容は,救急外来での対応についての記載であり,外科系疾患に限らない前提で述べる.
まず,当院に来院された患者は,「情報収集シート」という問診票を記載して感染のトリアージを行っている.問診票の内容は,発熱や上気道感染,接触歴の有無が挙げられる.問診票に感染を疑う項目を一つでも認めた場合は,感染している可能性の高い患者(以降は「発熱患者」と表記)として対応を行っている.
医療従事者のCOVID-19感染対策に関してだが,第1波以来,様々な変遷をたどり現在に至っている.第3〜4波においては,「発熱患者」に対して当院では全例full PPE(full personal protective equipment)で対応していたが,現在,抗原検査にて陰性が確認できた場合は,N95マスク着用のみで対応を行っている.また,心肺停止状態の処置やNPPV(Non-invasive positive pressure ventilation),気道吸引,気管内挿管,下気道検体採取といったエアロゾルの発生する手技に関しては,発熱の有無に関わらず,全例でfull PPEを着用して対応している.
Walk-Inで来院された患者への対応に関しては,まず問診票を記載し,「発熱患者」であれば,抗原検査を行い,感染のトリアージを行っている.抗原検査で陽性であれば,full PPEで対応し,抗原が陰性であった場合も,N95マスクを着用や,接触時間をできるだけ短くする,といった感染対策を行いつつ診療を行った.これに対して,救急車への対応としては,事前に救急隊より,COVID-19感染の情報を聴取し,「発熱患者」に該当する場合は,全例full PPEで対応を行った.
IV.入院時の対応
感染症専門医の指導のもと,討論の結果,以下に述べる対応を入院時に行った.感染リスクに基づき,救急外来で四つに分類して入院管理を行った.四つの分類としては,①ホワイト(COVID-19感染はほぼ完全に否定されている症例),②ライトグレー(発熱を認めるが,熱源がCOVID-19感染以外に特定されている,といったような,COVID-19感染ではないと考えられるが確証のない症例),③ダークグレー(接触歴や胸部CT所見からはCOVID-19感染が疑われるが,検査で陽性と判明していない,といったような,COVID-19感染と強く疑うが確診がついていない症例),④ブラック(COVID-19感染がすでに検査結果で判明している症例)である.そのため,2021年8月から入院時の抗原検査を必須とした.また,COVID-19感染の可能性を完全に否定できていない,「ホワイト」以外の三つに分類された場合は,如何なる理由に関わらず,COVID-19専用病棟,若しくは個室での対応とした.これにより,後日判明するPCR検査などでCOVID-19感染が発覚した場合に,一般病棟での2次感染を防ぐことができる.COVID-19専用病棟とは,第3波以降,COVID-19感染患者数増大が予測されたため,一般病棟の1フロアを閉鎖し,COVID-19患者もしくは,感染が疑われる患者が入院できるようになった病棟のことを指す.
V.実際の症例
以下には,外科系疾患の患者のうち,来院前はCOVID-19感染を疑わなかったが,入院時にCOVID-19感染が判明した3例について記載する.
① 70代男性, 主訴:交通事故による右肩痛
救急隊からはCOVID-19感染は疑わないとの事前連絡であったが,当院来院時のバイタル測定でSpO2低下および喘鳴を認めたため,初療時に抗原検査を施行したところ陽性であった.来院時よりfull PPEで対応していたため,2次感染はなかった.
② 80代女性, 主訴:臍部腫瘤
来院時,発熱や上気道症状はなく,接触歴としては,入居先施設の異なる階で陽性者がいた程度であったため,N95マスク着用で対応していた.精査の結果,臍ヘルニア嵌頓の診断となり当院外科に入院となったが,スクリーニング目的での入院時の抗原検査で陽性が判明した.N95マスク着用のみの感染対策であったが,幸い救急外来での2次感染はなかった.
③ 60代女性, 主訴:右上腕痛
救急隊からはCOVID-19感染は疑わないとの事前連絡であったが,当院来院時の問診票にて,「2日前から軽度咽頭痛」との記載があっため初療室対応時に抗原検査を施行したところ陽性であった.1例目と同様,ファーストタッチ時からfull PPEで対応していたため,2次感染を防ぐことができた.
VI.COVID-19禍での手術
当院において,COVID-19感染対策をして手術を実施した症例は13例で,うち11例が緊急手術であった.2例がCOVID-19に実際に感染していたが,2次感染の発生は認めなかった.
しかし,当院心臓血管外科の症例で,術前の抗原検査は陰性で,待機的に冠動脈バイパス術を施行したが,術後2日目に発熱したため,PCR検査を施行したところ陽性が判明した症例を経験した.術後の病態悪化を懸念したが,幸い当院で確立されたCOVID-19の治療で無事退院した.二次的な院内感染は発生しなかったが,心臓外科医が自宅待機となった.
VII.考察
外科系疾患であっても,発熱だけでなく上気道症状や接触歴といった内容を事前に問診しておくこと,また,外科系疾患の患者であっても全例抗原検査を施行することにより,COVID-19感染を初期対応前にトリアージすることが可能であり,救急外来から入院病棟での2次感染の発生を防ぐことができた.今後の課題としては,オミクロン株の流行に伴い,無症状病原体保有者が増加してきており,外科系疾患の患者では見逃されやすいので,漏れのない問診を心がける必要がある.また,無症状かつ接触歴のない患者に対しては,現状では初期対応時にfull PPEで対応していないため,接触時間を短くするなどの,他の予防策を考慮する必要がある.更に,骨折や頭蓋内出血でも微熱を呈することがあり,この微熱とCOVID-19感染による発熱を区別することが困難である.トリアージの手法を含め,迅速性を考慮した今後の院内PCR検査の拡大を念頭に,救急外来からの入院時,更には術前の全例PCR施行を含めた,更なる工夫が今後の課題である.
VIII.おわりに
外科系疾患の患者に対しては,COVID-19感染を特に考慮しづらいため,上気道症状や発熱の有無,接触歴などをしっかり聴取していくことが重要である.加えて,各地域の流行状況は刻一刻と変化するため,対応の検討は今後も続けていく必要がある.また,感染症専門医の指導による,入院時に感染リスク毎に分類し個室対応を行ったことは,院内感染とクラスター発生の予防に効果的であったと考える.
利益相反:なし
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