日外会誌. 123(5): 430-434, 2022
会員のための企画
福島原発事故後10年を経過して
福島県立医科大学 医学部甲状腺治療学講座 鈴木 眞一 |
キーワード
原発事故, 放射線障害, 甲状腺癌, 甲状腺超音波検査, BRAF変異
I.はじめに
2011年3月11日,東日本大震災が発生し,その後,岩手県,宮城県,福島県の太平洋沿岸を中心に大津波が発生し,多くの死者,行方不明者を出した.福島では岩手,宮城同様津波の被害もあったが,さらに,原発事故が発生した.それまでの日本における原発の安全神話が脆くも崩れた時でもあった.大津波の影響で,福島県にある東京電力福島第一原子力発電所の1号機から6号機のうち連なって設置されていた1から4号機において地震および津波被害による全電源喪失状態から,原子炉(使用済み核燃料も含む)が冷却不能となり,その結果建屋が水素爆発等で損傷した.その結果,大気中に放射能が拡散し,健康への影響が危惧された.そこで福島県では県民健康管理調査(のちに県民健康調査と改名)が計画された.事故当時の福島県民全員に事故直後の被ばく線量を推計する基本調査を実施し,そのほかに四つの詳細調査を計画した.その一つに,事故当時18歳以下の福島県民に超音波を用いた検診を行う,甲状腺検査が行われることとなった.10年以上経た現在の状況について報告する.
II.福島での甲状腺検査を始めるにあたり
詳細調査の一つに甲状腺検査が検討された根拠の一つに,原発事故の規模としては同じレベル7とされる1986年に発生したウクライナでのチェルノブイリ原発事故が挙げられる.同事故で唯一健康影響が科学的に証明されたのが,事故当時小児であった住民への甲状腺がん発生の増加である.これをもとに甲状腺検査実施の是非が検討された.小児甲状腺癌について事故前には少なくとも福島県では疫学調査がされておらず,事故後詳細調査をした場合に比較ができないということと,チェルノブイリでは事故後4年後から甲状腺癌の急増をみていることから,その前に対象者全員に検診を済ませていることが必要と考えられた.震災後約7カ月となる2011年10月9日に開始し,2014年3月31日までに一巡目が終了する予定で開始された.この検査を先行検査と呼んでいる1)
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3).
その後は20歳までは2年ごとに同様の検査を実施し(本格検査),それ以降は5年ごとに実施(節目の検査)とすることとし,取り敢えず生涯に渡り実施することとした1).検査開始にあたり,対象年齢,期間,方法,超音波検診実施者の要件,一次検査基準,2次検査基準,結果報告方法,超音波機器の整備,検査実施者の育成および全国への依頼,検査実施順,学内での準備および出張検査での問題点,県外検査,県内医療機関での実施に向けた講習,資格認定試験さらにさまざまな関係者への情報共有と専門家への諮問などさまざまな準備をした.その詳細は著者の他論文を参照いただきたい1)
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3).
III.診断基準とガイドライン
検診は対象者全員に超音波検査のみによる1次検査を実施し,判定基準から次回の検診を推奨する場合,A判定とした.5.1mm以上の結節や20.1mm以上の嚢胞はBないしC判定とされ2次検査にて再度超音波検査と甲状腺機能などの血液検査と尿中ヨウ素(非放射性)測定を行い,精査基準を用い,穿刺吸引細胞診(FNAC)まで実施される1).2次検査では通常の臨床でも用いる精査基準4)5)を用いることが検査前の専門家の諮問でも確認され実施している3).さらに,FNACの結果悪性ないし悪性疑いとなった場合には,通常の臨床と同じ基準を用いて外科治療の適応につき説明する.従って,1次検査で5mmまでの結節は2次検査にあげず,生涯にわたり顕性化しないとされるラテント癌をみつけないことと,2次検査では超低リスク乳頭癌などを積極的に発見しない精査基準となっており,さらに手術治療においてもガイドラインから非手術的経過観察があることにも言及している6)7).
IV.甲状腺検査の進捗
甲状腺検査は2011年10月9日から福島県立医科大学(以下,福島医大)附属病院で開始し,同年11月14日からは月曜から金曜までの平日を基本に出張検査が始まった1)2).先行検査として,当時の空間線量の高い地域から開始し,2014年3月31日までに終了予定で実施し,その後は本格検査を同様に2年ごとに繰り返し,受診者が20歳まで行う.それ以降は本格検査の一部として5年ごとに(25歳,30歳…)節目の検査を行うこととした.2021年6月30日現在で,先行検査,本格検査1回目(検査2回目),本格検査2回目(検査3回目),本格検査3回目(検査4回目),25歳の節目の検査が実施されている7).先行検査は対象が367,637人で受診率が81.7%と高率であったが,2回目,3回目,4回目,節目とともに71.0%,64.7%,62.3%,8.7%と低下傾向であった.2次検査は先行検査でのC判定1名以外は全てB判定が対象となり,先行(1回目)検査,2回目,3回目,4回目,節目では0.8%,0.8%,0.7%,0.8%,4.9%であった.さらに2次検査でFNACが実施され悪性ないし悪性疑いの頻度は先行(1回目)検査,2回目,3回目,4回目,節目ではそれぞれ116例,71例,31例,36例,12例,合計266例とその後外科手術で甲状腺癌が確定したのは,それぞれ101例,55例,29例,29例,6例,合計220例であった8).
V.外科医の関わり
震災後真っ先に甲状腺癌の専門家に多くの方針を諮問したが,その多くは筆者同様外科医でかつ内分泌外科医(当時は甲状腺外科医)でもあった.全国からの支援の専門医も内分泌外科医が非常に多く,心強い応援をいただいた.筆者は当時福島医大器官制御外科学講座教授であったが,その後外科専門医のサブスペシャルティの一つとなった内分泌外科専門医のみならず,医局の全員が外科専門医として教育プログラムとして甲状腺の超音波検査,FNACが組み込まれていたために,外部専門家の支援が充足するまでは連日献身的な対応が可能であった.
VI.発見された甲状腺癌について
1)TNM分類
上記甲状腺検査の進捗状況から,2021年6月30日現在で220例の甲状腺癌が報告されているが,大半は乳頭癌117例で濾胞癌,低分化癌,その他の癌が各1名であった8).福島医大甲状腺内分泌外科で手術を施行した125例の甲状腺癌の解析では,平均年齢17.8歳,男女比1:1.8でp T1a,p T1b,p T2,p T3,p T4はそれぞれ,34.4%,24.8%,1.6%,39.2%,0%でpN0,pN1a,pN1bは22.4%,60.8%,16.8%,pEx0,pEx1,pEx2,pExXは60%,39.2%,0%,0.8%であった9)
~
11).術前リンパ節転移陽性は22.4%で術後は77.6%と高率であった.気管周囲リンパ節は術前に4%しか診断されていないが,乳頭癌では気管周囲リンパ節は予防郭清していることによるものと思われる.超音波検診であり,早期例が発見されることは予想されていたが,精査基準などを遵守したため,手術施行例は小さくとも浸潤,転移例が多かった.
2)術式
術式に関しては,全摘が8.8%,片葉切除91.2%と大半が片葉切除であり9)
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11),同じ超音波検診にて治療を行ったチェルノブイリでの症例の多くが全摘であったことと大きく異なる12).リンパ節転移や浸潤例には差がないものの,福島の症例では術後アイソトープ治療が極めて少なく,特に若年者では限定的に実施されている.
3)病理組織像
小児甲状腺癌の特徴は乳頭癌が多いことであるが,福島での症例も大半が乳頭癌である.125例の検討では123例(98.4%),低分化癌1例(0.8%),その他の癌1例(0.8%)であった9)
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11).乳頭癌の内訳では古典型(通常型)110例(88%),濾胞型4例(3.2%),びまん性硬化型3例(2.4%),充実型2例(1.6%),篩型4例(3.2%)であった9)
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11).チェルノブイリ事故後多く認められた充実型乳頭癌は2例のみと少なかった.10mm以下の微小癌でも全例浸潤例であったが,2次検査で用いた精査基準では5~10mmでは必然的に浸潤型のみがFNACされるためである11).
4)遺伝子プロファイルについて
68例,138例と検討したが,いずれもBRAF点突然変異(BRAFV600E)が68.3%,69.6%と高率でRETやNTRAKなどの再配列異常が18.5%,16.6%でいずれもRAS変異は1例もなく,チェルノブイリで多く認められたRET-PTC3は1例に認められるのみであった.遺伝子プロファイルの解析では福島とチェルノブイリでは大きく異なることがわかった11)13)14).
VII.甲状腺被ばく線量の推計
放射線事故後の被ばく線量推計は健康影響を考える上で極めて重要である.原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2013年の甲状腺吸収線量評価では,経口被ばく線量を過大に評価するなど不確実性が高かったが,UNSCEAR 2020年報告書では放射線関連のがん発生率上昇は認められないと予想されるとしている15).被ばくによる甲状腺癌の過剰発症は,バックグラウンドに隠れて検出できないのではないかと言われ15),事故当時,検査開始時には聞けなかった話ではある.
VIII.発見された甲状腺癌について 放射線との関連性について
放射線の影響の可能性について発見された甲状腺癌からの検討がなされている.チェルノブイリでも4年後から甲状腺癌が急増したが,福島での検査初期にはそれ以前の状態(潜伏期間)に類似している16).さらに4年を経てからの福島の甲状腺癌については差はなく17),また,チェルノブイリでは事故当時年齢が低いほど多く甲状腺癌が発見されていたが,福島では男性では13歳以降,女性では8歳以降で年齢依存的に発見率の上昇を認めており8),大きく異なっている.外部被ばく線量の地域差とFNACでの悪性ないし悪性疑い結節での発見率に有意差は認めなかった8)18).さらに個人の外部被ばく線量と悪性ないし悪性疑い結節の発見率には先行検査,本格検査(2回目)ともに有意の関係は認められなかった8).
IX.福島での甲状腺検査へのさまざまな 意見について
チェルノブイリとの相違点や線量評価および悪性ないし悪性疑い結節との地域線量や個人の外部被ばく線量との比較からは放射線による甲状腺癌の増加の可能性は現時点では認めていない.それでもなお,放射線による甲状腺癌増加の影響に関して,注視されているのが現状である.一方では,韓国,米国での甲状腺癌増加に過剰診断が関与していることが取り沙汰され,本検査も放射線の影響がないのであれば過剰診断ではないかとの議論がなされている.前述の精査基準を設定しながら開始した検診であり,また世界に先駆けて甲状腺微小がんに積極的非手術経過観察を取り入れた本邦の(内分泌)外科医として,この概念はすでに十分に理解した上での実施であり困惑している.いずれも重要な概念と思われるが,実際の症例の解析結果を見ていただいた上での議論をしていただくことを希望する.
X.福島での甲状腺癌の特徴とチェルノブイリとの相違点(表1)
福島の甲状腺癌の特徴を表1に示した.またチェルノブイリと異なっているものは下線で示す.手術時平均年齢17.8歳,チェルノブイリに比しても高年齢である.男女比1:1.8と性差が少なく平均腫瘍径は14mmとチェルノブイリと同様でありこれは両者とも超音波検診例であることによる.さらにリンパ節転移77.6%,甲状腺外浸潤が39.2%と高値であり福島の方がリンパ節転移も高く,特に甲状腺外浸潤が多いことがわかるが,精査基準の違いによるものかもしれない.ここからも過剰診断とは考えにくいことがよくわかる.乳頭癌が高率であることは両者に差はないが,充実亜型は福島では圧倒的に少ない.また全摘が少なく,アイソトープ治療は少ないがこれも大きくチェルノブイリと異なっている.最後に現時点で福島では放射線の影響は認められておらず,この点もチェルノブイリとは異なるものである.
XI.おわりに
東日本大震災後に発生した福島での原発事故後10年以上を経た現在の状況を報告した.疫学データの存在しなかった開始当初にいち早く先行検査を行い,その後の発生増加を認めず現在に至っている.片葉切除が多く,時間経過とともにリンパ節再発や対側甲状腺癌発症の可能性も少なからずあると思われる.本学会会員にも震災後から多くの支援を受けてきたが,今後は発見された甲状腺癌に対し適切な対応ができるように見守っていきたい.
利益相反:なし
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