日外会誌. 123(5): 397-402, 2022
特集
低侵襲膵切除術の進歩
4.ロボット支援下膵切除術の導入
鹿児島大学 消化器・乳腺甲状腺外科 蔵原 弘 , 大塚 隆生 |
キーワード
膵頭十二指腸切除術, 膵体尾部切除術, 腹腔鏡下手術, 低侵襲手術, ハイブリッド手術
I.はじめに
本邦においては2020年4月からリンパ節郭清・神経叢郭清等を伴うロボット支援下膵頭十二指腸切除術(robot-assisted pancreaticoduodenectomy:RPD)およびロボット支援下尾側膵切除術(robot-assisted distal pancreatectomy:RDP)が保険適用となり,ロボット支援下膵切除術を導入する施設が増加しつつある.ロボット支援下手術は3D画像による詳細で立体的な解剖把握,多関節機能や手振れ防止機能による繊細で自由度の高い操作を可能にするため,複雑な操作を必要とする膵手術においてもその利点が活かされることが期待される.
II.ロボット支援下膵切除術導入のための施設基準と術者条件
厚生労働省および関連学会(日本肝胆膵外科学会と日本内視鏡外科学会)が定めるRPDとRDP導入のための施設基準を表1に示す.RDPと比較してRPD導入のための施設基準は厳しく,膵臓手術を年間50例以上(そのうちPDを20例以上)実施していること,腹腔鏡下PD(laparoscopic PD:LPD)またはDP(laparoscopic DP:LDP)の術者を20例以上施行した経験を有する常勤医が配置されている必要があり,これはLPDの施設基準と同じである.さらにRPDもしくはRDPを5例以上実施経験のある常勤医が配置されている必要があり,これはRDPの施設基準と同じである.またNCD(National Clinical Database)への全例事前登録や専門医による現地での指導(プロクター制度)などの安全性のモニタリング体制も整備されている.
ロボット支援下膵切除術の術者および助手はロボット支援下手術に関する正規のトレーニングコースを修了してcertificationを取得する必要があり,取得後30日以内に初症例を実施することが推奨されている.術者は日本消化器外科学会専門医であり,手術は常勤の日本肝胆膵外科学会高度技能専門医・指導医および日本内視鏡外科学会技術認定医の指導下で行われる必要がある.
III.ロボット支援下膵切除術のラーニングカーブ
Shakirらは2008~2013年までにPittsburgh大学で施行した100例のRDPからラーニングカーブを算出した1).手術時間中央値は最初の20例まで,40例まで,およびそれ以降で331分,266分,210分と有意に短縮した.また最初の40例とそれ以降では再入院率が40%から20%に減少した.RDPは40例で手技が安定したが,教育システムの改良によりラーニングカーブの短縮は可能であると述べている.NapoliらはPisa大学で施行した連続する55例のRDPからラーニングカーブを評価した2).最初の10例でRDPの手術時間は安定した(中央値:421分から 249分)と報告しているが,術者は700例以上の開腹もしくは腹腔鏡下膵切除術の経験を有していた.
Booneらは2008~2014年にPittsburgh大学で施行された連続する200例のRPDの成績からラーニングカーブを検討し報告した3).最初の20例までで出血量(中央値:600mL→250mL)と開腹移行率(35.0%→3.3%)は改善した.また40例以降でgrade B以上の膵液瘻発生率は減少し(15.0%→6.9%),80例以降で手術時間が短縮した(中央値:581分→417分).さらに同グループから2008~2017年に施行された連続する500例のRPDの成績が報告され4),手術時間や出血量は手術経験数とともに改善し続け,240例でプラトーに達した.最後の100例における手術時間は373分,開腹移行率は5%,出血量は200mL,grade B以上の膵液瘻発生率は3%,術後在院日数中央値は7日,90日死亡率は3%であった.ラーニングカーブを越えても経験症例数の増加とともに手術成績は改善すると思われる.
12編のLDP論文と3編のRDP論文,12編のLPD論文と9編のRPD論文を集めたシステマティックレビュー5)では,LDPとRDPのラーニングカーブ,LPDとRPDのラーニングカーブはそれぞれ同等であり,手技が安定するまでに必要な経験症例数はRDPが21例,RPDが37例と報告されている.ロボット支援下膵手術の国際コンセンサス6)ではLDPとLPDの経験を積んだ膵臓外科医であれば,RDPとRPDの手技が安定するのには,それぞれ10~20例,40例の経験が必要であると記載されている.効果的な教育システムの構築が安全なロボット支援下膵切除術の導入およびラーニングカーブの短縮に有用である.
IV.ロボット支援下膵切除術の導入期の成績
ロボット支援下膵膵切除術では3D画像による詳細で立体的な解剖把握と多関節機能や手振れ防止機能等による繊細で自由度の高い操作が可能になる一方で,腹腔鏡下膵切除術と比べてダイナミックな術野展開が困難であり,使用可能なデバイスも少ないため,導入の際には手術時間の延長や出血への対応等の問題がある.ロボット支援下膵切除術の導入においては安全性の確保が最重要であり,国際コンセンサス5)ではRPDの導入期においては,切除を腹腔鏡下に行い,再建をロボット支援下に行うハイブリッド手術も推奨されている.PDの再建はロボット支援下手術の利点が最も発揮される操作である.膵消化管吻合はLPDでは小開腹下に施行されることが多いが,RPDでは拡大視効果に加えて自由度の高い鉗子操作により完全腹腔鏡下で安全・確実に施行可能である.胆管空腸吻合もロボット支援下手術が通常の腹腔鏡手術より容易であるが,モノフィラメント糸を使用した連続縫合では吻合部が締まりすぎて術後吻合部狭窄の原因になる可能性があることには留意する必要がある7).
当科では2021年にRPDを導入し,手術時間の延長回避と切除時の出血への安全な対応のためにハイブリッド手術を採用し,2022年2月までに13例のRPDを施行した(表2).対象疾患はIPMNが6例,十二指腸乳頭部癌が4例,膵癌が3例であった.膵癌症例の術前診断はいずれもT1N0M0cStageⅠAであった.膵胃吻合が8例,膵空腸吻合が5例であり,膵管拡張症例や硬化膵症例では膵腸吻合を選択した.切除時間,総手術時間,出血量の中央値はそれぞれ220分,511分,260mLであった.術後合併症として2例(15.4%)にgrade Bの膵液瘻を認め,いずれも超音波内視鏡下ドレナージを施行した.また1例に肺血栓塞栓症を認め,血栓溶解療法を施行した.肺血栓塞栓症を発症した症例はBMIが27.7であり,手術時間と出血量はそれぞれ578分,520mLであった.ロボット支援下膵切除術の導入期には患者選択が重要であり,肥満症例や膵炎症例は避けるべきである.
全症例の手術時間と出血量の経時的な変化を示す(図1).10例目までは術者Aが施行し,術者Bは助手として手術に参加した.最初の3例はプロクターを招聘して,その指導のもとで手術を行った.術者A,術者Bともに日本肝胆膵外科学会高度技能専門医および日本内視鏡外科学会技術認定医であり,正規のトレーニングコースを修了してcertificationを取得後に術者として手術を行った.11例目から術者Bが執刀した.助手として経験を積むことと,適切な患者選択をすることで術者Bも安全に手術を行うことが可能であった.2019年に日本肝胆膵外科学会から厚生労働省に提出された51例の導入期のRPDレジストリ解析8)では手術時間と出血量の中央値はそれぞれ824分,200mLであり,grade Bの膵液瘻発生率は15.7%であった.当科ではハイブリッド手術を採用しているため,切除時間はRPD導入初期から比較的安定しており,ロボット操作に慣れることで全体の手術時間も短縮していくものと思われる.
V.ロボット支援下膵切除術の今後の展望
米国のNational Cancer Databaseを用いた解析9)では2010年から2016年にかけて,RPDは33例から255例に,RDPは18例から220例にそれぞれ経年的に増加していた.また膵切除術に占めるロボット支援下手術の割合もRPDが2%から7%に,RDPが4%から16%にそれぞれ増加していた.本邦でも今後,ロボット支援下膵切除術の施行数および施行割合は増加するものと考えられる.一方,2017年に報告された世界50ヵ国の435人の肝胆膵外科医に対する腹腔鏡下膵切除術(ロボット支援下膵切除術を含む)に関するアンケート調査10)では,DPでは79%,PDでは29%の外科医が腹腔鏡下膵切除術を施行しており,腹腔鏡下手術を導入していない最大の理由はトレーニングの機会がないことであった.ロボット支援下膵切除術が広く普及するためには各関連学会での効果的な教育システムの構築に加えて,各施設での教育体制の確立も重要である.
VI.おわりに
本邦においても今後ロボット支援下膵切除術を導入する施設の増加が予想される.広く普及するためには,効果的な教育システムの構築が必要である.導入期には患者選択を慎重に行い,低難度から段階的に導入して安全・確実な手術を心がけることが重要である.
利益相反:なし
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