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日外会誌. 123(5): 384-389, 2022

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特集

低侵襲膵切除術の進歩

2.腹腔鏡下膵切除術のエビデンス

九州大学大学院 医学研究院臨床・腫瘍外科

阿部 俊也 , 仲田 興平 , 井手野 昇 , 池永 直樹 , 中村 雅史

内容要旨
近年の低侵襲手術の普及に伴い,膵切除術においても開腹手術に代わって腹腔鏡下手術の割合が増加している.これまでの腹腔鏡下膵切除術に関する臨床試験の多くはretrospectiveな解析に基づく検討であったが,近年はrandomized controlled trial(RCT)における報告も散見される.本邦においては腹腔鏡下膵切除症例の術前前向き登録調査により,本邦の腹腔鏡下膵切除の短期成績は良好であり,安全に施行されていることが示された.また海外を含むこれまでの報告から膵癌を含む膵体尾部腫瘍に対する腹腔鏡下膵体尾部切除術や膵癌を含む膵頭部腫瘍に対する腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(laparoscopic pancreatoduodenectomy:LPD)は開腹手術と比較して術後短期成績を改善させ,膵癌を含めた長期成績も同等である可能性があり,推奨される.今後はRCTでの膵癌における長期成績を含めた大規模での検討が必要である.一方でLPDに関して術後短期死亡率とhospital volumeとの関連の報告がなされており,本邦でも経験豊富な施設では腹腔鏡下膵切除の短期成績はより良好であることが示されていることから,腹腔鏡下膵切除は十分に経験豊富な施設で施行されることが望ましい.

キーワード
腹腔鏡下膵切除術, 腹腔鏡下膵体尾部切除術, 腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術

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I.はじめに
腹腔鏡下膵切除術の最初の報告は,1994年にGagnerらが報告した腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(laparoscopic pancreatoduodenectomy:LPD)である1).腹腔鏡下膵体尾部切除術(laparoscopic distal pancreatectomy:LDP)は1996年にCuschieriらによりはじめて報告された2).本邦においても1996年ごろから腹腔鏡下膵切除に関する報告がなされているが,他の消化管外科領域と比べると腹腔鏡下膵切除の普及は遅れていた.その理由として腹腔鏡下膵切除の適応となる疾患頻度が低いことや膵切除術自体の合併症率の高いことなどが挙げられる.しかし,本邦でも2016年に悪性腫瘍に対するLDPが保険収載となり,2020年には悪性腫瘍に対するLPDが保険診療で実施可能となるなど今後腹腔鏡下膵切除の症例数は増加していくと考えられる.本稿では,これまでの腹腔鏡下膵切除術におけるエビデンスや本邦での現状に関して概説する.

II.本邦における腹腔鏡下膵切除術の現状
本邦における腹腔鏡下膵切除に関する安全性の検証のため日本内視鏡外科学会,日本肝胆膵外科学会,膵臓内視鏡外科研究会の3学会合同で術前前向き登録研究が行われ,2016年6月から2018年12月までの膵切除1,429例(LDP:1,197例,LPD:232例)の短期成績が報告された3).LDP後の臨床的に有意な合併症の発症率は17%で,術後30日以内死亡例はなく,術後90日以内死亡例は3例(0.3%)であった.LPD後の臨床的に有意な合併症の発症率は30%であり,術後30日以内死亡例,術後90日以内死亡例ともに1例(0.4%)であった.本検討により本邦では腹腔鏡下膵切除術が安全に導入,施行されていることが示された.さらに経験豊富な施設においてはそれ以外の施設と比べてLDPでは有意に手術時間が短く,出血量が少なく,膵液瘻の発症率が低い一方で,LPDでは有意に手術時間が短く,完全内視鏡率が高い結果であり,経験豊富な施設では短期成績がより良好である可能性が示された.さらにNational Clinical Databaseを用いて本邦におけるPDにおける術後死亡率と施設volumeとの関連の検討を行い,PDを年間30症例以上実施している施設をhigh volume centerと定義し,それ以下の施設と比べてより安全にPDが施行されていることが示された4).また2018年にOhtsukaら5)は術前にLDPの難易度を客観的に評価できるdifficulty scoreを作成し,LDPを初めて導入する施設においてはdifficulty scoreの低い症例から開始することが推奨される.最近では2021年の第33回日本肝胆膵外科学会学術集会において,安全な肝胆膵外科領域の低侵襲手術のためのPrecision Anatomyに関する国際コンセンサス会議が開催され,世界に先駆けて本邦の微細な解剖理解に基づいた精細な手術の重要性が示された6)

III.腹腔鏡下膵体尾部切除術におけるエビデンス
これまでの主な膵体尾部腫瘍に対するLDPと開腹膵体尾部切除術(Open distal pancreatectomy:ODP)を比較した臨床試験結果を表1に示す7)13)
・良性〜低悪性度腫瘍に対するLDP
2015年にNakamuraら7)は本邦で行われた69施設の多施設共同研究によるpropensity score matching(PSM)を用いた膵の良性〜低悪性度腫瘍に対するLDP とODPとの比較(LDP群:729症例,ODP群:729症例)による大規模な解析結果を報告した.結果として,LDP群ではODP群と比較して手術時間は延長するものの,脾温存率は高く,輸血率が低く,術後合併症(CDⅢ以上)や術後膵液瘻(Grade B以上)の発生率が低く,術後在院日数が短かった.術後短期死亡率に関しては両群で有意差は認めなかった.本研究は観察研究ではあるが良性〜低悪性度腫瘍に対して大規模なPSMを用いた唯一の解析であり,エビデンスレベルは比較的高いと考えられる.このことから,膵の良性〜低悪性度腫瘍に対してLDPは推奨される.
・膵癌に対するLDP(メタアナリシスなどの大規模報告)
これまでに膵癌のみを対象としてLDPとODPを比較検討したRCTは存在しないが2019年にvan Hilstら8)は21文献(LDP群:2,488症例,ODP群:8,233症例,ロボット支援下膵体尾部切除505症例を含む)における膵癌に対する低侵襲膵体尾部切除術(Minimally invasive distal pancreatectomy:MIDP)とODPの成績を検討した大規模なメタアナリシスの結果を報告した.結果として,長期予後,術後短期死亡率,R0切除率,術後膵液瘻に関して両群で有意差は認めなかった.しかし本研究ではMIDP群がODP群と比較して有意に術前化学療法または放射線療法を受けた患者が少なく,また腫瘍径が小さく,病理学的所見でリンパ管浸潤や神経浸潤が少ないなどのバイアスが認められた.また,2019年に報告されたAmerican College of Surgeons-National Surgical Quality Improvement Programにおける膵癌を含む膵腫瘍に対するデータ(LDP群:1,179症例,ODP群:1,359症例,ロボット支援下症例383例を含む)を用いた術後合併症を主な評価項目とした大規模な解析9)からは,MIDP群はODP群と比較してCDⅢ以上の術後合併症,輸血率が有意に低く,術後短期死亡率は両群で同等であった.
これらのメタアナリシスやnational databaseによる大規模解析から,MIDPのODPに対する術後短期成績の優越性や長期予後の同等性が示唆されるが,両群の背景に選択バイアスの存在を認めることから,膵癌に限定した症例における長期予後を含めた今後のRCTでの検討が必要である.
・MIDPにおけるランダム化比較試験
MIDPとODPを比較したRCTはこれまで2編ある.2018年にde Rooijら10)は良性~悪性疾患に対してMIDP(一部ロボット支援下手術を含む)(n=51)とODP(n=51)を比較した多施設共同研究RCT結果を報告した(LEOPARD試験).本試験でのprimary endpointは術後機能回復に要する日数であり,MIDP群はODP群に比べて有意に手術時間が延長したものの,術中出血量は少なく,術後在院日数が有意に短縮された.また少数例のサブグループ解析において,膵癌症例に対するMIDPとODPは郭清リンパ個数やR0切除率に関しては両群において同等であった.また2020年にBjornssonら11)はLDP群(n=29)とODP群(n=29)においてprimary endpointを術後在院日数とした単施設RCT結果を報告した(LAPOP試験).結果として,LDP群において術後在院日数が短縮された一方で,術後合併症,術後膵液瘻,手術時間などは両群において有意差は認めなかった.またこれら二つのRCTをまとめたメタアナリシス12)結果からは,MIDP群がODP群と比較して,術後在院日数が有意に短く,出血量が有意に少なく,手術時間が長い傾向であった.一方で,術後短期死亡率,R0切除率,術後合併症(CDⅢ以上),術後膵液瘻(Grade B以上)は両群で同等であった.
以上の結果から,LDPはODPと比較して術後短期成績が優れ,長期成績が同等である可能性が示された.今後はRCTでの膵癌における長期成績の評価が必要となるが,現在,膵癌の短期・長期成績を主要評価項目としたRCTが進行中であり,今後の解析結果が期待される.

表01

IV.腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術におけるエビデンス
これまでの膵頭部腫瘍に対するLPDとOPDを比較した主な臨床試験結果を表2に示す13)20)
・良性〜低悪性度腫瘍に対するLPD
2015年にSongら13)が良性〜低悪性度腫瘍に対してPSMを用いてLPD群(n=93)と開腹膵頭十二指腸切除術(Open pancreaticoduodenectomy,OPD)群(n=93)で比較検討を行った.その結果,LPD群はOPD群と比べて有意に手術時間が延長し,術後在院日数が短かった一方で,術後合併症や膵液瘻などは両群で有意差を認めなかった.
・膵癌に対するLPD(メタアナリシス)
2021年にAiolfiら14)は膵癌症例を含む膵頭部病変におけるLPD群(n=5,570)とOPD群(n=48,342)における術後成績を検討した大規模なメタアナリシスの結果を報告した.その結果,LPD群がOPD群と比較して有意に術後在院日数を短縮し,術中出血量を減少し,手術時間が延長する一方で,術後短期死亡率,R0切除率,術後合併症(CDⅢ以上),術後膵液瘻(Grade B以上)は両群で同等であった.Fengら15)は膵癌に限定した11文献でのLPD群(n=1,514)とOPD群(n=10,021)におけるメタアナリシス解析を行った結果,長期予後や短期死亡率,術後膵液瘻,輸血率に関しては両群で有意差を認めなかった.またLPD群がOPD群と比較して有意にR0切除率が高く,術後合併症(CDⅢ以上)率が低く,術後在院日数を短縮し,術後早期に補助化学療法が開始できた一方で手術時間は有意に延長する結果となった.この研究で筆者らはLPD群におけるR0切除率の優位性に関してはLPD群で初期のステージの癌が多いことが影響していると考察しており,両群における背景因子を考慮する必要がある.
これらの大規模なメタアナリシス結果からは,膵癌を含めた膵腫瘍においてLPDはOPDと比較して術後短期成績が良好であり,長期予後も同等である可能性があるが,これらに関しても選択バイアスの存在が否定できず,膵癌に限定した大規模なRCTでの検討が必要である.
・LPDにおけるランダム化比較試験
LPDとOPDを比較したRCTはこれまで4編16)19)ある.2017年から2019年に報告された3編は比較的小規模なRCTであり,これらをまとめたメタアナリシス20)では術後短期死亡率,R0切除率,術後短期合併症(CDⅢ以上),術後膵液瘻は両群で同等であった.これらのRCTのうちPovesら17)はCDⅢ以上の術後合併症がOPDで有意に上昇すると報告していた.また,LEOPARD-218)に関しては中間解析で術後短期死亡率がLPD群(5/50:10%)においてOPD群(1/49:1%)と比べて有意差はないものの(p=0.2)高いため,安全性の観点で試験中止となった.なおLEOPARD-2試験の中止に関して筆者らはLPDにおける術者のlearning curve(本試験ではLPD:20例以上執刀)や施設年間症例数との関連について述べている.その後,2021年にWangら19)の報告したLPD群(n=297)とOPD群(n=297)における比較的大規模なRCTでは,learning curveを終えた(LPD:104例以上執刀)術者に限定して行われた.その結果,術後短期死亡率,R0切除率,術後合併症(CDⅢ以上),術後膵液瘻は両群で同等であった.なお,輸血率に関してはLPD群がOPD群に比べて輸血率が低く,術後在院日数に関しても4編中3編の論文16)17)19)で有意に短かった.
以上の報告から,LPDはOPDに比べて輸血率や術後在院日数が改善し,術後短期死亡率,R0切除率,術後合併症(CDⅢ以上),術後膵液瘻は同等である可能性がある.しかし,RCTによっても異なる結果が出ており,特にLEOPARD-2が途中で中止された結果は十分に留意すべきであり,特にLPDに関しては術後短期死亡率とhospital volumeとの関連の報告がされており十分に豊富な経験がある施設でのみ行われるべきである.今後はRCTでの膵癌の長期成績を含めた大規模での検討が必要である.

表02

V.おわりに
腹腔鏡下膵切除は開腹手術と比較して,短期成績はほぼ同等か優れており,膵癌に対する長期成績もほぼ同等である可能性が示されており,今後その適応が広がっていくと思われる.一方でLPD後の周術期死亡率とhospital volumeの相関を指摘する報告が多くなされており,腹腔鏡下膵切除は経験豊富な施設で施行されることが望ましい.

 
利益相反:なし

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文献
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