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日外会誌. 123(5): 381-382, 2022

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若手外科医の声

キャリア形成について思う―外科修練,研究,海外留学―

東北大学医学系研究科心臓血管外科学分野 
Department of Cardiothoracic Surgery, St. Vincent’s Hospital Sydney 

高原 真吾

[平成19(2007)年卒]

内容要旨
若手の先生方の参考になることを願い,本邦の心臓外科医としては比較的珍しいと思われる自分のキャリアを振り返り,現在思うことをまとめさせていただきました.

キーワード
キャリア形成, 基礎研究, 海外留学

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I.はじめに
どうキャリアを作っていくのか,医者になりたての頃は想像することも難しいかと思います.私自身とても計画的に歩んできたわけではありませんが,日本の心臓外科医としては比較的珍しいキャリアを積んできたのではないかと思います.本企画にあたり,これから外科医としてのキャリアを形成していく先生方の参考に少しでもなることを願って,今まで歩んできたキャリアを振り返らせていただければと思います.

II.外科修練
学生の頃より漠然と外科を志望しておりましたが,初期研修を行った山形県立中央病院での諸先生方との出会いにより,心臓血管外科に魅了されその世界に入ることを選びました.当時の部長であった故深沢学先生の影響もあり,特に先天性心疾患に興味を持ちました.外科修練についてですが,一般的な順番は一般・消化器外科を経験してから更に専門の修練に入るというものだと思います.しかし私は自分が将来どういう仕事をするかを理解してから他の修練をした方がいいと勧めていただき,初期研修後すぐに心臓血管外科の後期研修を行い,その後一般/消化器外科を修練し,心臓血管外科に戻りました.新専門医制度下では難しくなったと理解していますが,この順番は,助言していただいた通り,自分が目指す世界を頭に入れた状態で,手技等の差異等を意識しながら修練できるなど,様々な利点はあったと感じております.その経験から,私個人としては,将来の希望分野を短期間でもいいので早めに経験することをお勧めいたします.

III.基礎研究
私のキャリアの特徴は心臓外科医としては恐らく珍しい,長い基礎研究期間だと思います.宮城県立こども病院での修練後,東北大学大学院へ進学しました.小児心臓外科を実際経験することで生まれた疑問点を基にいくつかのテーマを考案しましたが,最終的には先天性心疾患のモデルマウスを使用した基礎研究をさせていただきました.動物実験も分子生物学的実験も当時の私にとってはほぼ未知の世界で,右も左もわからない状態から始まりましたが,諸先生方のご指導のおかげで,大学院卒業時には大抵の基本的な実験は自分で計画して行えるようになりました.その経験もあり,大学院卒業後カナダのUniversity of Albertaの基礎研究室にpost-doctoral fellowとして留学の機会をいただきました.カナダでは日本で得た経験を基に研究および学生の指導等を行いました.医師になった当初は自分が基礎研究をするとは全く想像していませんでしたが,始めてみると意外と没頭してしまい,3年もの間ベンチと向き合う日々を送りました.結果として約6年間手術から遠ざかることとなりました.
基礎研究は疑問点を見つけ,仮説を立て,計画し,実行,検証するという一連のプロセスの積み重ねです.臨床研究では味わえない試行錯誤のプロセスは臨床上でもとても重要であり,また文献を読み解く力を格段に向上させてくれ,大変有益な経験だと思います.また,外科医というのは自分の目の前の患者以外診ることができません.それはそれでとても大事なことですが,研究という視点がないと更なる医療の発展というものはありません.自身の経験を通して,両方をバランスよく経験することで,臨床研究のみならず基礎研究分野から今後の医療を考えられる一歩深いアカデミックサージャンへの道が見えてくるのかと現在考えております.
しかし,一方で臨床医としての経験は同年代と比べると明らかに不足する結果となったことは否めません.実際,臨床に戻る際は不安が大きかったことを覚えております.
結果として,キャリアのどこかで一定の研究経験があることは有益だと考えますが,スムーズな臨床復帰を考え,ある程度の期間に絞って集中して行うことがよいのかと現時点では感じております.

IV.臨床留学
キャリアの中で多くの若手が臨床留学に興味を持つのではないかと思います.幸運にも現在私はオーストラリアのSt. Vincent’s Hospital, Sydneyでclinical fellowとして働く機会をいただいております.まだ半年ほどの経験ではありますが,Covid-19の影響で手術件数が制限されている中でも日本よりは症例数に恵まれております.特に今回の留学の目的である移植医療に関しましては日本では未だ実現できていないDCD (donor after cardiac death) donorからのdonor心の搬送とその移植の経験を積ませていただいています.外科医のキャリアとしても人生としても海外で医師として働くことを通して学べることがたくさんあると感じています.一方で,術者は,正規の修練医が優先されるため,なかなか回ってきません.臨床留学は魅力的ではあるとは思いますが,必ずしもすべてがポジティブではなく,たくさんのPros/Consがあるので,明確な目的を持って留学先を決定することが大切だと思います.

V.おわりに
上述の通り,私はこれまでのキャリアにおいて幸いにも様々な経験をさせていただいております.これらの経験が,知見を広げ価値観の多様性を経験する意味においては良い点が多くあったと感じています.キャリア形成はなかなか自分の思った通りにはならないことが多いですが,‘意思のないところには道は開けない’と自分に言い聞かせてこれまで歩んできました.今まで積ませていただいた様々な経験の上にさらに研鑽を積み,日本の医療の発展に少しでも貢献できたら幸いです.これからキャリアを作っていく若手の先生方も意思を持って道を切り拓き,有意義な経験を積んでいかれることを願っています.
最後に,今回ご推薦いただきました東北大学心臓血管外科の齋木佳克教授,またこれまで私を直接・間接的に支えてくださった全ての方々に感謝申し上げたいと思います.

 
利益相反:なし

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