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日外会誌. 123(4): 295, 2022

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Editorial

論文になりにくい?大丈夫!

東北大学 災害科学国際研究所災害医療国際協力学分野

江川 新一



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2011年東日本大震災から2021年でちょうど10年が経過した.たかが10年,されど10年の言葉どおり,復興は道半ばだが,とくに東北地方で頻発する小規模地震に東日本大震災の余震という表現はされなくなった.その一方,30~40年おきに来ることがわかっている宮城県沖地震の可能性は再び上昇しつつある.地震や津波,台風,洪水,新型コロナウイルス,放射線などはハザードと呼ばれ,台風が太平洋上にいる間のように,ハザードだけでは災害にならない.新型コロナウイルスも感染が伝播しなければ,あるいは放射線も被ばくしなければ災害ではない.ハザードがさまざまな脆弱性や対応能力をもつ地域社会をどのように襲うかによって災害の被害が発生する.このことを災害リスクといい,日本語の「防災」に相当する英語はDisaster Risk Reduction(DRR)という用語を用いることが国際的に取り決められている.災害が繰り返し地域社会を襲うことを災害サイクルと呼び,発災から対応,復旧,復興,次の災害への備えというフェーズは毎回変わらないが,被害を受ける地域社会は,地理的条件はもちろん,脆弱性と対応能力は災害のたびに異なり,一つとして同じ災害はない.では,災害医学とはどのような意味をもち,どのように論文にすればよいのであろうか?
2011年東日本大震災は,その意味を大きく変えたといってよい.わが国の災害医学は1995年の阪神淡路大震災に始まり,防ぎ得た災害死亡を減らすために,災害拠点病院,日本DMAT,広域搬送システム,災害医療情報システム(EMIS)などによる災害医療体制が整えられた.東日本大震災でこの体制が大活躍して多くの命を救った一方で,非感染性疾患,感染症,メンタルヘルス,軽度の外傷,母子保健など,重症外傷とは異なる医療ニーズが多数を占めた.災害医療コーディネータも急速に整備された.災害ごとに異なるのに,このような体制の進歩をどう論文にするかは困難な課題であったが,多くの論文を上梓することができた1).そのコツは,山形大学(当時)の木村理先生に教わった「言いたいことを論文にする」ということと,外科も本来一つとして同じ病気はないのだが原著論文が成り立つのと同じように,「災害医療に共通する理論を見出す」ことである.上述したDRRは,ハザードの強さや曝露を減らすこと(地震を弱くはできないが耐震建物内の振動への曝露は少ない.病原体や放射線への曝露を減らすことは外科の日常行為),脆弱性を減らすこと(新型コロナウイルスで重症化しやすい高齢者にワクチン接種を優先すること),対応能力を増やすこと(行政力や災害医療の充実)などと考えれば,何ができて,何ができていないのかがわかる.外科でも災害医学でも解決できていない課題はそこかしこに転がっており,理論の光で照らしながら,論点を形成すればよいのである.

 
利益相反:なし

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文献
1) Egawa S: Progress of disaster medicine during ten years after the 2011 Great East Japan Earthquake. Tohoku J Exp Med, 253: 159-170, 2021.

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