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日外会誌. 123(2): 187-191, 2022

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外科領域における医工連携と医療機器開発

神戸大学大学院 医学研究科外科学講座肝胆膵外科学分野

福本 巧

内容要旨
長寿社会を迎えた国民の健康寿命延伸への期待のみならず次世代の成長産業としての役割からも国産医療機器開発の強化は喫緊の社会的要請となっている.しかし近年,日本は高度管理医療機器の開発でその競争力を失い,圧倒的な日-欧米格差を生じている.米国では臨床ニーズからの医療機器開発を進め,その成功確率を向上させているのに対して日本では初期開発が機能せず医療機器開発の停滞を招いている.また外科医によるユーザーイノベーションや医工連携も推進されているが知識と経験の不足から十分に機能していない.神戸大学ではこの現状を打開すべく医工連携を強化し,全学センターを設置し,日本型エコシステムを提唱してきた.さらにこれらの取り組みを基礎として医療機器の創造的開発人材の育成を目的とした新専攻の設置を予定している.神戸大学を医療機器の初期開発および実践教育の場とし,欧米に負けない医療機器の価値創造を行いたい.

キーワード
外科学, 医療機器開発, 医工連携, バイオデザイン, 臨床ニーズ

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I.はじめに
近年の外科学の進歩は目を見張るものがあるがその進歩が先人たちの弛まぬ医療機器開発の成果であることに疑う余地はない.外科学の進歩と医療機器の発展は表裏の関係で,古代の手術用鉗子から,電気メス,手術支援ロボットに至るまで新たな医療機器の誕生が新たな術式を生み,また新たな外科治療のために新たな医療機器が生み出されてきた.しかし現在,高度な治療系医療機器の大半は欧米製で,日本は医療機器の消費国の地位に甘んじている.その結果,医療機器の輸出入で大幅な貿易赤字を生じており,長寿社会を迎えた国民の健康寿命延伸への期待のみならず次世代の成長産業としての役割からも国産医療機器開発の強化は喫緊の社会的要請となっている.本項では世界の医療機器開発の現状を分析することで日本の課題を明らかにし,その課題に対する神戸大学の挑戦を紹介したい.

II.日本の医療機器産業の現状
日本における医療機器開発の重要性は増しているが,近年,様々な要因から医療機器,特に,世界の医療機器開発の主戦場である高度管理医療機器(クラスⅢ:透析器,人工呼吸器等,クラスⅣ:ペースメーカ,人工弁等)の開発力が低下し,国際競争力を失っている.その結果,国内で使用されている高度管理医療機器の大半は欧米製となり,毎年1兆円を超える貿易赤字を生じている.
その原因を考えるためにまず医療機器の世界市場について触れたい.世界の医療機器の市場規模は,2020年には4,500億米ドルを突破し,国別では,米国が最大で日本は世界2位だが,アジア諸国が急追し,日本の地位は相対的に低下している.医療機器開発会社の世界ランキングでは,2019年の1位はアイルランドのメドトロニックで売り上げ総額は306億ドル,2位は米国のジョンソンエンドジョンソンで260億ドル,3位は英国のGEヘルスケアーの211億ドルでこれらの企業は特に治療系の高度管理医療機器を中心に積極的に研究開発費を投入し,売り上げを伸ばしている.日本のトップはオリンパスの57.4億ドル(21位)で,日本国内上位7社を合わせても,ジョンソンエンドジョンソンに及ばない1)

III.医療機器開発の二つの流れ
医療機器開発には大きな二つの流れがある(図1).一方は臨床で必要なこと(ニーズ)を起点として,その解決策を探し,必要な技術を集めて医療機器を作り出すニーズドリブンの開発で,他方は先端的な技術の医療における使い道を探索し,医療機器を開発するテクノロジープッシュの開発である.どちらも重要だが,日本はテクノロジープッシュ型の開発を得意としてきた.この方法は粒子線の放射線治療への応用や産業ロボットの手術ロボットへの応用などで,先端的医療機器開発が可能となる.しかし先端的技術が医療現場の解決方法のないニーズ(Unmet Needs)になかなか繋がらないことや開発期間が長く,初期に想定したニーズが消失する場合があることなどから成功確率が低く,日本の医療機器開発停滞の理由の一つと考えられている.中小企業振興策である病院の臨床ニーズと企業の技術シーズのマッチングもどちらかと言えばテクノロジープッシュ型でそれ故に成功率は高くない.

図01

IV.臨床ニーズを起点とした医療機器開発

スタンフォード大学バイオデザイン
臨床ニーズを起点とした医療機器開発で有名なプログラムはスタンフォード大学(カリフォルニア州)のバイオデザインである.バイオデザインは2001年にポール・ヨック博士らがデザイン思考の問題解決プロセスを医療機器開発に応用し開講した.元になったデザイン思考はデザインのプロセスを公式化し,普通の人々が適切なプロセスで,デザイナー(天才)のように最適な解決方法を見出す(課題に対して創造性を発揮する)ための方法である.この方法の目的は,物を作ることではなく問題解決のプロセスを「デザイン」することで,見出した解決策が物になる場合もあるし,全く別の形になることもある.バイオデザインの解決策が医療機器でないということも起こり得る.デザイン思考は課題に仮説を立てて検証し,論理的に解決策を探るロジカル思考の対極にある問題解決のアプローチと言われている.
バイオデザインは10カ月のコースで,フェローの定員は12名,コース参加中は給与が支払われる.翌年のフェローはスタッフと現在のフェローがビデオ審査等で決定する.フェローは医師やエンジニア,経営の専門家などだが,背景の異なる4名でチームを組み,臨床のニーズを起点とした医療機器開発に必要な実践的能力を学ぶ.講師は医師,工学部教員,実業家や米国食品医薬品局の審査官などが務めている.バイオデザインのプロセスは大きく三つのフェーズで構成されている.①医療現場の未解決ニーズの特定(Identify Unmet Needs),②問題を解決する医療デバイスの開発(Invent),③事業化を通じたイノベーションの実現(Implement).詳細は成書に譲るが,その特徴は臨床現場から解決方法のないニーズを数百以上掘り起こし,その解決策をできるだけ絞り出し,実際にそのアイデアが有効かまたその実現のためにはどのような技術が必要かを専門家の知恵(集合知)を借りて絞りこむプロセスである.思考を発散させ,それを絞り込んでいくプロセスこそが,まさに普通の人々が天才のように発想する手法を提供しているのだと考えられている.

V.その他の医療機器開発プログラム
2019年の米国視察では著名な心臓血管外科医であるトーマスフォガティ氏が2007年に設立したフォガティ・インスティチュート・フォー・イノベーション(FII)を訪ねた.医師にとってフォガティは血管カテーテルの代名詞だがフォガティ氏は医療機器開発におけるユーザーイノベーションの草分けで,多くの革新的な治療機器を発明し,また多数の医療機器開発企業の創設にも参加している.FIIでは病院の中にこそ医療機器開発の拠点を置くべきであるという考えからシリコンバレーの地域中核病院であるエル・カミーノ病院の敷地内にオフィスとラボを有している.FIIプログラムの対象はベンチャー企業でそれらの企業にラボを貸し出し,早期の自立を目指し,専門家による手厚い支援を行うことで医療機器開発のエコシステムの一翼を担っている.

VI.米国の医療機器開発の現状
近年,米国では医療機器開発で最も重要で創造性が必要な初期開発を大学やベンチャー企業が担い,それをメドトロニックのような巨大な医療機器開発会社が買収するという大きな流れができている.その流れを支えるために,大学および大学病院などが中心となり多数の医療機器開発のための産業クラスターが形成されている.シリコンバレー(スタンフォード大)やボストン(ハーバード大)などが有名だが,このクラスターでは大学,医療機関,医療機器開発会社などが緊密に連携し,クラスター内で基礎研究から試作,臨床試験,上市まで一貫して実施できる体制が構築されている.臨床のニーズは大学のバイオデザインなどのプログラムで初期の医療機器の概念に昇華され,それらはベンチャー企業で開発の過程を進める.既存の医療機器開発会社は成功したベンチャー企業の買収を繰り返すことで医療機器開発の成功率を高め,巨大になっている2)

VII.日本の医療機器開発停滞の原因
ではなぜ,日本の医療機器開発は欧米に大きく遅れをとったのであろうか.その原因は複合的だが高度経済成長期には最大限に効果を発揮した日本の社会や教育システムが,近年の社会の変化に対応できなかったことが最大の理由と考えている.責任の所在を曖昧にするために多くの会議を開催し意思の決定が遅延することや,そもそも医療機器開発の成功率は高くないので失敗を許さない社会のマインドが医療機器開発を阻害している.また従来の日本の教育は一定水準の人材を大量に育成し,高度経済成長を支えてきたが,このような画一的な人材では,創造性が必要な医療機器の初期開発が機能せず,新しい医療機器の種が決定的に不足している(図2).

図02

VIII.日本の医療機器開発:産官学の課題

産業界の課題
産業界の課題としては,①自前主義で開発を続けてきたため,開発力の低下を招いている.②テクノロジープッシュの開発で上市の確率が低い,その結果,欧米の企業と比較し圧倒的な規模の差を生じている.③リスクを取りたくないので高度管理医療機器開発に参入しない.④減点主義で創造的な開発人材が不足している.⑤ベンチャー・キャピタルに医療の目利きが少なく利益を得ていないので再投資が行われていない.

国の課題
国の課題は,①欧米に比較して医療機器産業の育成環境の整備に遅れを取っていた,しかし近年,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)や独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)を設立し,開発環境は急速に整備されている.②その結果,初期開発資金の調達ではすでに米国の環境を凌駕している.しかし資金投下の割に成功事例は多くない.③オープンイノベーションを推進しているが,まだ大きな成果を得ていない.④政府主導でバイオデザインなどのの導入を行っているが社会システムの異なる日本での最適解は見出されていない.

大学の課題
大学の課題はまず①大学に講義がないので大学教員はそもそも医療機器開発を理解していない.その結果,特許取得前の学会発表,経済性のない開発の継続,契約なしの医療機器会社との共同開発など医療機器開発の禁忌事例が頻発している.②次に大学の業績評価で自らが開発した医療機器を用いた臨床論文の作成には5年以上が必要で,論文の量産が求められる大学教員は「趣味」でしか開発に時間を割けない.医療機器の開発にはInnovationが必要だが論文の業績にはClinical relevanceが重要で両者は直接には繋がらない.そのため論文を量産するには医療機器開発に取り組まず,市販された医療機器をいち早く取り入れて臨床データを取得することが早道となる.③大学内には薬事の専門家やコーディネーターは配置されていることが多いがInnovationを推進できる(経験した)人材が圧倒的に不足している.

外科領域における医工連携の課題
外科医は臨床のニーズを良く知る立場にあり,工学研究者は機器開発の技術を有する.この2者の組み合わせで医療機器は出来ると考えがちだが実際はそれほど単純ではない.医療機器開発では未解決のニーズおよび見出した解決方法の価値や市場性などを開発初期から繰り返し検討しなければならないが既存の医工連携では一外科医が考えた医療機器のカタチを工学研究者が具現化することに止まることが多いので成功(上市)確率は高くない.また上市されても必要としているのは開発した外科医だけだったいうことが起こり得る.さらに医工連携では開発が停滞すると基礎的な研究に向かう傾向があり,こうなると開発は長期化し上市は難しくなる.一般に医療機器はニーズの変容などの理由から開発開始から5年程度で上市の目処を立てる必要がある.しかし不都合なことに基礎研究に向かうほど科学研究費の獲得や論文作成は容易になり一定の評価を獲得出来るのでその対応は悩ましい.

IX.外科医による医療機器開発を加速するために
外科医による医療機器開発を加速するには自らが医療機器開発の体系的な知識を取得し,独りよがりの開発にならないように初期から開発チームを形成する必要がある.開発チームでは多分野の開発者が専門領域を生かし,かつ集合知でニーズ探索から医療機器の概念創出,原型の制作までの初期開発に深く関与し,客観的な視点で評価を繰り返す必要がある.神戸大学ではチーム形成のため2016年に医工連携組織を先端融合研究環に設置し,さらに2019年には全学センターである未来医工学研究開発センターを開設した.また2014年の国産医療機器創出促進基盤整備等事業および2019年の次世代医療機器連携拠点整備等事業では臨床現場のニーズを起点とする医療機器開発を推進するため日本型エコシステムを提唱するとともに医療機器開発のリカレント人材育成を実施してきた.さらに2021年には大学院に医療機器開発人材の育成を目的とした新しいコースを設置した.これらの経験を基礎として医療機器開発人材の育成を目的とした新専攻を2023年に設置予定である.新専攻ではICTの積極的導入,ブレンド型授業,現場主義,創造性教育,集合知をキーワードとして医療機器開発のリーダーとなりうる創造的開発人材を育成する.また,将来的に新学科の設置も視野に入れている.

X.おわりに
本稿では世界の医療機器産業の現状を分析することで日本の医療機器開発の課題を明らかにした.日本では創造的開発人材の不足や開発環境等の問題から医療機器の初期開発が機能せずそれが医療機器開発の停滞を招いている.神戸大学ではこのような現状を打開すべく2023年に医療機器開発のための創造的開発人材の育成を目的とした新専攻を設置する.この新専攻を医療機器の初期開発および実践教育の場とし,欧米に負けない医療機器の価値創造を行いたい.
本稿は國部克彦,鶴田宏樹,祇園景子編 価値創造の教育―神戸大学バリュースクールの挑戦 神戸大学出版会に寄稿した内容を加筆修正したものです.

 
利益相反:なし

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文献
1) Medical Design & OUTSOURCING: The 100 largest medical device companies in the world. 2019.
2) 日本貿易振興機構(JETRO):調査レポート「米国医療機器産業と産業集積地域の動向」. 2015.

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