日外会誌. 123(1): 92-94, 2022
定期学術集会特別企画記録
第121回日本外科学会定期学術集会
特別企画(7)「≪外科学再興特別企画≫癌に対する免疫治療New Era」
5.癌免疫療法と外科とのかかわり~がん免疫サイクルを理解した治療戦略の構築~
1) 大阪市立大学大学院 消化器外科学 田中 浩明1) , 森 拓哉1) , 出口 惣大1) , 三木 友一朗1) , 吉井 真美1) , 田村 達郎1) , 豊川 貴弘1) , 李 栄柱1) , 六車 一哉1) , 平川 弘聖2) , 大平 雅一1) (2021年4月10日受付) |
キーワード
胃癌, 免疫治療, リンパ節転移, 化学療法, 免疫サイクル
I.はじめに
がん免疫療法は,免疫チェックポイント阻害剤が臨床に登場して以来,第4の癌治療として確立された.免疫治療の特徴は,一部の症例で長期予後が得られることである.例えば進行胃癌の3次治療において免疫チェックポイント阻害剤(ニボルマブ)とプラセボを比較した臨床試験(ATTRACTION-2試験)の3年フォローアップのデータでは,ニボルマブ群で10%の2年生存率および5.6%の3年生存率が得られている1).今後,癌手術に携わる外科医にとって免疫チェックポイント阻害剤によるコンバージョン症例の増加や補助療法への応用が期待される.今回,われわれの胃癌局所の免疫微小環境に関する研究成果を紹介し,外科医の視点から免疫療法の新時代について考察する.
II.免疫サイクルについて
癌局所環境において免疫がどのように活性化するかについての理解を容易にさせるのが,免疫サイクルとよばれるもので,次の七つのステップからなる2).
ステップ1:腫瘍内でアポトーシスに陥った癌細胞からの抗原放出
ステップ2:抗原を取り込んだ樹状細胞の成熟化とリンパ節への遊走
ステップ3:リンパ節内での成熟樹状細胞によるナイーブT細胞への抗原提示
ステップ4:活性化されたT細胞の腫瘍への遊走
ステップ5:活性化されたT細胞の腫瘍への浸潤
ステップ6:T細胞による癌細胞の認識
ステップ7:T細胞による腫瘍細胞の破壊(→ステップ1へ)
しかしながら,癌組織はこのステップが各局面で制御されている.
III.胃癌組織内のミエロイド系細胞による免疫抑制
腫瘍内に存在する樹状細胞を詳細に検討したところ,腫瘍内のCD11b+樹状細胞数と腫瘍浸潤CD8+T細胞数とは負の相関,制御性T細胞(FOXP3 +CD4+)数とは正の相関が観察された.培養系では,癌細胞上清添加により樹状細胞のphenotypeは変化し,CD11b発現の増加,HLA-DRの低下,PD-L2の増加が生じた3).
さらに,腫瘍内の好中球も,免疫機構を抑制することが分かってきた.原発巣内の好中球は,非癌部に比べて,明らかに浸潤数が多く,これらの好中球は,PD-L1発現増強を認め,T細胞増殖を抑制する4).興味深いことに,局所の好中球数は全身の好中球リンパ球比(Neutrophil-Lymphocyte Ratio;NLR)と相関を示した5).
IV.所属リンパ節内の免疫応答の抑制
胃癌はリンパ節転移をきたしやすい癌腫であり,重要な予後因子となる.われわれは,未分化型早期胃がんに対してサイトケラチン染色にて微小転移を検出し,その分布を検討した.微小転移は,病理学的にリンパ節転移を認めない症例でも腫瘍近傍の胃周囲リンパ節に6~9%の頻度で存在し,病理学的に転移を認めた症例では,さらに遠位のリンパ節に10%の頻度で検出された6).
リンパ節内のヘルパーCD4+T細胞のサブセットをみると,病理学的に転移を認めたリンパ節では,転移のないリンパ節と比べて,エフェクターT細胞,エフェクターメモリーT細胞の割合が減少していた.また,樹状細胞のphenotypeは,CD83発現が上昇する一方で,HLA-DRは低下しPD-L1は増強していた.つまり,胃癌所属リンパ節内ではT細胞の増殖は抑制され,抗腫瘍免疫反応は惹起されていないことが推測された7).
V.リンパ節転移機構について
所属リンパ節周囲にリンパ管新生が異常増殖していることを発見したわれわれは,転移リンパ節および,非転移リンパ節からリンパ管内皮細胞を採取しその機能を解析した8).培養すると,転移リンパ節由来の内皮細胞は紡錘形で増殖が速く,多くの免疫抑制サイトカイン,マクロファージや好中球遊走に関連するケモカインを産生することが分かった.さらに,リンパ管内皮細胞とマクロファージを共培養するとリンパ管形成が促進された.また共培養したマクロファージは,免疫抑制サイトカインを発現しM2マクロファージである可能性が示唆された.つまり,癌細胞が増殖することにより周囲のリンパ管内皮細胞を変化させ,M2マクロファージ,好中球を遊走させて,リンパ管新生が増悪し,リンパ節への転移が促進されると考えられた9)10).
好中球についてわれわれは,好中球が多く浸潤しているリンパ節内には微小転移が存在することを示し,M2マクロファージに関しても,転移リンパ節内に有意に多く,さらに,転移がなくても,腫瘍に近いリンパ節にマクロファージ浸潤が多いことを報告した11)12).
これらの結果から,原発巣に近いほど転移前よりマクロファージや好中球が存在し,リンパ節内の免疫環境は抑制されており,癌細胞が浸潤しやすい環境になっていると考えられる.
VI.ステップ5に関して:抗腫瘍免疫はどこからくるのか
所属リンパ節内では抗腫瘍免疫は著しく抑制されているならば,腫瘍浸潤T細胞はどこからくるのであろうか?われわれは,原発巣周囲にCD20+B細胞のクラスターが存在することを発見した13).そのクラスターを解析すると,CD3+T細胞がB細胞の周囲に存在し,HEVの存在を確認しTLS(Tertiary Lymphoid Structure)と考えられた.TLSの密度は,独立した予後因子であり,TLS周囲では,グランザイムの発現が上昇していた.最近,胃癌内のCD103+CD8+細胞(レジデントメモリーT細胞)が予後と相関することが分かってきたが,TLS周囲にはこのレジデントメモリーT細胞が放射状に存在することも示した14).つまり,腫瘍局所の免疫反応はTLSによってコントロールされている可能性が高いと思われる.
VII.免疫療法と抗がん剤との関係
抗がん剤により癌細胞が破壊されると,免疫原性の高いネオアンチゲンが放出され,HMGB1産生により樹状細胞を活性化し細胞傷害性T細胞が誘導されるいわゆる免疫原性細胞死(Immunogenic Cell Death;ICD)が生じることが知られている.われわれはマウスの樹状細胞株に抗がん剤を添加した実験により,Viabilityを下げることなくCD40,CD80,CD86を上昇させ,樹状細胞を成熟化させる抗がん剤が存在することを示した15).つまり,化学療法はうまく使えば免疫療法によい影響を与える可能性がある.
進行胃癌に対し化学療法後に根治切除を施行したコンバージョン手術症例において,原発巣内の腫瘍浸潤CD8T細胞が多い症例に長期予後が得られた.このことは免疫反応が化学療法によって生じやすくなっていることが示唆された.
VIII.おわりに
以上より,免疫サイクルを活発に動かし免疫療法の効果を高めるためには,化学療法や分子標的治療薬との併用などによりネオアンチゲン放出を高め,免疫抑制状態にある所属リンパ節は進行度に応じて適切にリンパ節郭清を行うことが必要であろう.また,組織内のTLSの有無により術後の免疫チェックポイント阻害剤の適応などが考慮できると思われる.
利益相反:なし
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