日外会誌. 123(1): 47-52, 2022
特集
Modern Surgeon-Scientistによる恒常性維持器官の外科研究
7.重症心不全に対する再生医療―iPS細胞から作成した心筋細胞シート―
大阪大学大学院医学系研究科 澤 芳樹 |
キーワード
重症心不全, サイトカイン, iPS細胞由来心筋細胞シート
I.はじめに
2007年11月,山中伸弥教授らがヒトiPS細胞の樹立に成功したニュースは世界中を駆け巡り,再生医療実現化に対する期待は大いに高まっている.実際に,ヒトiPS細胞の樹立が報道され,山中教授らが報告した雑誌「Cell」のオンラインサイトで閲覧できる,iPS細胞から作製された心筋細胞が拍動している動画を見たときの衝撃は記憶に新しい.さらに山中教授は2012年10月にノーベル生理学医学賞を受賞された.この快挙は,これまでの生命科学のメカニズムを説き明かす大変大きな発見であるとともに,これまで治療法が無かった難病の患者にも光が届く可能性が大いに期待され,発見から8年でのノーベル賞受賞となった.さらに,2014年には神戸理研の高橋政代プロジェクトリーダーは,世界初のiPS細胞を用いた網膜再生の臨床試験に成功し,さらに2017年にはCiRA由来の他家iPS細胞を用いた臨床試験も開始した.2018年には京都大学高橋淳教授がパーキンソン病に対するiPS細胞治療を,2019年には大阪大学西田教授が角膜に対するiPS細胞による再生医療を開始した.このようにiPS細胞の安全性検証等のもと各臓器への治療応用がいよいよ始まった.
II.iPS細胞による心筋再生治療
われわれは心臓再生治療開発において,これまで筋芽細胞シートを用いて,臨床研究や臨床治験を行ってきた.シート化する細胞源として筋芽細胞では,治療効果の得られるResponderは限られているが,それは治療効果のメカニズムがあくまでも筋芽細胞から分泌される成長因子による自己の組織修復能賦活化と考えられているからであり,失われた心筋組織を本格的に修復・再生するためには,心筋細胞を補充することが必要で,最終的にはiPS細胞由来の心筋細胞による細胞補充療法が実現すれば,この再生治療こそ“真”の心筋再生治療と呼べるのではないかと考える(図1).
III.iPS細胞由来心筋細胞シートの治療効果とメカニズム
著明な線維化を呈し,心筋細胞を多量に失った高度心不全に対しては,失った健常な心筋細胞を補うことが必要であり,心筋細胞移植が,心筋細胞の枯渇した梗塞巣に,健常な心筋細胞を補填する治療になりえるものと思われる.近年,体細胞よりiPS細胞が誘導され,様々な細胞に分化することが報告されたが,同細胞より心筋細胞に生理的,解剖学的に相同性の高い,心筋細胞を誘導することが可能となっている1).
同心筋細胞を用いて,心筋細胞シートを作成することが可能であり,大動物心不全モデルを用いた同組織のProof of Conceptも得られている(図2)2)3).
また,移植したiPS細胞由来心筋細胞シートはレシピエント心内で,収縮弛緩を繰り返し,作業心筋として機能する可能性があることが示されると同時に,iPS細胞由来心筋細胞シートは,レシピエント心と同期して挙動しており,同組織の拍動がレシピエント心に対して直接作用する可能性があることが示されている.また,iPS細胞由来心筋細胞シートは作業組織として機能するだけではなく,同組織から肝細胞増殖因子をはじめとしたサイトカインが分泌され,移植した臓器に血管新生を起こさせ,血流の改善がおこることも示されている(図3).
IV.iPS細胞由来心筋細胞の免疫原性
また,iPS細胞に発現しているN-glycan等の補体の発現パターンは,心筋細胞への分化過程において,成熟心筋細胞と類似した発現パターンになってきていることが示されており,iPS細胞由来心筋細胞の免疫原性を検証する上で重要であるものと思われる.また,HLAホモiPS細胞由来心筋細胞は,カニクイサルの同種移植実験において,免疫原性を抑制することが知られており,臨床応用の際にはCiRAが構築しているHLAホモiPS細胞をHLAマッチングした患者に移植することが免疫学的に有効であることが予想される.今後,移植iPS細胞由来心筋細胞の生着効率を促進させることにより,より有効性を向上させることが可能であると思われる.in vivoでの生着効率の向上には,iPS細胞の免疫原性の抑制,移植組織に対する栄養血管の構築が必要である.免疫原性の抑制に関しては,iPS細胞由来心筋細胞を移植した際の免疫反応のメカニズムの解明等の基礎的研究が必須であるものと思われる.
V.おわりに―iPS細胞由来心筋細胞を用いた再生医療の臨床応用に向けて―
本細胞の心不全への応用においては,安全性の検討,細胞の大量培養法の開発が重要である.大量培養法に関しては,すでに基本技術は開発されており4),臨床応用化を進めている.また同時に同細胞の安全性の検証を十分に行うことが重要であり,すでに,未分化細胞のマーカー,およびNOGマウスを用いた造腫瘍性に関わる安全性の検証システムが確立されている(図4).
そしてiPS細胞臨床株を用いて,本来の造腫瘍性に関する安全性だけではなく,分化誘導後に癌化を促す遺伝子異常が発生していないかの検証も行ってきた.これらのレギュラトリ-サイエンスを構築し,安全性確保のデーターに基づく臨床研究のプロトコールを申請し,第一種特定認定委員会および厚労省再生医療評価部会での承認が得られた.われわれはすでに,人に投与するiPS細胞臨床株からの十分な量の心筋細胞の大量培養とその造腫瘍性や遺伝子変異などの安全性が検証しえた.その結果の基に,厚生労働省の再生医療部会での臨床研究実施の承認が,またPMDAにおける医師主導治験実施の承認が得られ,2020年1月20日に,世界初のiPS細胞による再生医療の心不全患者への医師主導治験が開始された(図5).現在3例に実施し,順調に経過している.今後は,医師主導治験の成果を踏まえて,薬事承認を経て,製品化し「再生医療の普遍化」につながっていくことが期待される.
利益相反
役員・顧問職:クオリプス株式会社
株:クオリプス株式会社
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