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日外会誌. 122(6): 733-735, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
7.NCDの問題点と自動症例登録機能を備えた新たな手術症例データベースソフトウェアの開発

聖路加国際病院 消化器・一般外科

横井 忠郎 , 海道 利実

(2021年4月9日受付)



キーワード
National Clinical Database, データベース, 入力支援, 自動化, オープンソース

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I.はじめに
2010年にNational Clinical Database(NCD)が発足し,多くの症例数を誇るデータベースが構築されている.NCDを基盤に数多くの論文が一流の医学雑誌に採択され,また専門医制度の構築にも欠かせないものとなっている.しかし順調に発展しているが故に,症例登録者の利益については考慮されていない状態が続いている.

II.NCDの症例登録システムの現状と問題点
(1)一方向のデータ収集
NCD最大の問題点は,データのやりとりが一方向になっている点である.医師の大多数は登録だけを行い,データを解析・発表する立場になるのはごく一部である.登録者にも専門医申請・更新が自動化されるメリットはあるが,必要数以上の症例登録は非生産的な単純作業にほかならない.間接的にはNCDのフィードバック機能や,診療報酬改定などの利益を登録者も享受しているが,症例登録へのインセンティブが働くほどではない.個人情報保護,セキュリティを考慮してシステム設計されたと推察されるが,この構図が解消されない限り,情報の信頼性・悉皆性を毀損するリスクがNCDには内在されている.
筆者は内分泌外科領域を専門にしており,情報の信頼性について,2018年の第118回日本外科学会定期学術集会で発表1)した.当時所属していた甲状腺専門病院の甲状腺癌初回手術625例で,NCDに登録されたTNM分類とその規定因子との比較を行ったが,不正確な症例登録は5%強に及んでいた.全て専門医が登録しているにも関わらず,既報2)と比較しても高い数字であった.
当時NCDにもCSVファイルによる症例アップロードシステムが追加され,次年度より同システムを介して,正確性を担保する方向とした.しかし同システムの利用には規定に則ったCSVファイルを準備する必要性があり,追加費用の発生や,同システムのみではデータ登録は完了しないことなど,利用しやすいとは言い難い.また自施設症例データダウンロードシステムも追加されているが,データの提供にはタイムラグがあり,これらのシステムがどの程度利用されているかは疑問が残る.
情報の悉皆性については,NCDへの術前前向き登録が必要とされる特定術式を除けば,基本的には登録者や施設の善意に委ねられており,構造的にも登録症例の漏れが起こりうる.また内分泌外科分野に特有の問題として,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会はNCDへ参加しておらず,甲状腺・副甲状腺疾患に関しては登録症例の偏りがあることは否めない.
予後調査も近年はNCDを介して行われるようになってきた.更に今後前向き研究などより質の高いデータの収集も企画されることが予想される.こうした流れは望ましいことであるが,現状のままでは登録者の負担は増加の一途をたどることになる.単純作業の増加は労働の質の低下に繋がり,近年避けては通れない働き方改革にもそぐわず,外科医不足に拍車をかける一因にもなりかねない.
(2)登録項目の制限と硬直化
NCDの登録項目は専門領域の学会が主体となって作成されている.項目の追加には専門領域学会の金銭的負担も発生するため,自ずと上限がある.NCDとの全面統合,学会独自でのデータベース構築など,その対応は各専門領域学会によってまちまちである.
内分泌外科領域では発足当初関わった先生方のご尽力もあり,多くの項目が設定されている.ただ腫瘍の硬さなどの主観的評価項目については必要性に疑問を感じるが,登録項目はほとんど変化していない.また内分泌外科分野の疾患の多くは短期的な合併症は少なく,予後も良好なものが多い.NCDに集積されているデータのみで解析を行っても,得られる知見は限られると予想される.この点が内分泌外科分野において,NCDを基盤とした研究がほとんどなされず,また登録項目が硬直化しやすい一つの要因になっていると思われる.

III.海外のシステムとの比較
Eurocrine(https://eurocrine.eu/)は内分泌外科分野でのEUのプロジェクトで,予算・データベースの開発をEUが保証し,学会で代表される委員会で管理され,データを登録する側にも利便性が図られている.双方向の情報伝達を前提にした設計となっており,登録データへのフルアクセス,Excelファイルでのデータ抽出,更には登録者独自に登録項目の作成が可能となっている.分析ツールも提供され,登録者同士での情報の共有も可能となっている.先に挙げたNCDの問題点の殆どが解消された設計になっている.
こうした国際プロジェクトとNCDを比較するのはフェアではないが,集積される情報の範囲・量・質に差がつくのは想像に難くない.実際に内分泌外科分野においても数千~数万人規模の多施設共同研究が,Eurocrineのデータを基盤として報告されている.

IV.解決策
理想的な解決策の一つは登録者側が独自にデータベースを構築し,NCDにアップロードするシステムを持つことである.一部のHigh Volume Centerではこの様なシステムを構築しているが,多くの施設・医師が個々に構築することは困難である.また電子カルテと連動させることが理想であるが,NCDのアップデートに医療機関が個別に対応するのは無駄が多く,金銭的負担増にもなる.
必要となるのは,(1)入力項目の簡素化・入力支援,(2)NCDへの症例自動登録機能を備えたソフトウェアの開発である.(1)に関しては,例えばTNM分類は入力させず,その規定因子のみを入力し,分類は自動判定させる.登録者の負担を軽減し,情報の信頼性が担保される.(2)に関しては現在のNCDのシステムに対しても,ブラウザ操作を自動化するオープンソースソフトウェアにより構築が可能である.
こうしたNCD登録を補助するソフトウェアには商用化されたもの(https://ncdhelper.jimdofree.com/)もあるが,各専門領域学会が必要とするデータベース構築の問題は解決されない.筆者は現在上記要件を満たしたソフトウェアを開発中であるが,この点を解消するためにはオープンソース化が必要と考えている.今後開発状況に応じて公開を予定している.

V.おわりに
構築に尽力された多くの方々のおかげで,NCDは本邦の外科領域の発展には欠かせないインフラとなっている.今回の発表はその負の側面も取り扱った内容になるが,未来に向けて避けては通れない問題と思われる.発表の機会を与えていただいた会頭の松原先生にこの場をかりて厚く御礼申し上げます.

 
利益相反:なし

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文献
1) 横井 忠郎 , 山下 弘幸 :National Clinical Databaseにおける情報の信頼性 いかにして情報の信頼性を担保するか? 日外会抄集,118:2539,2018.
2) Arts DG , De Keizer NF , Scheffer GJ : Defining and improving data quality in medical registries:a literature review, case study, and generic framework. J Am Med Inform Assoc, 9:600-611, 2002.

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