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日外会誌. 122(6): 674-676, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「情熱・努力を継続できる外科教育」
4.外科生涯教育におけるCSTの果たす役割

1) 岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科消化器外科学
2) 香川県立中央病院 外科
3) 広島市立広島市民病院 外科

近藤 喜太1) , 前田 直見1) , 黒田 新士1) , 信岡 大輔2) , 武田 正1) , 重安 邦俊1) , 菊地 覚次1) , 矢野 修也1) , 田辺 俊介1) , 野間 和広1) , 楳田 祐三1) , 寺石 文則1) , 香川 俊輔1) , 白川 靖博3) , 藤原 俊義1)

(2021年4月9日受付)



キーワード
Cadaver Surgical Training, 外科医不足対策, 外科生涯教育, 手術指導の言語化, 高難度手術シミュレーション

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I.はじめに
本邦では2012年に日本外科学会と日本解剖学会のガイドラインが発表され,Cadaver Surgical Training(以下,CST)が可能となった.当教室でも2012年よりほぼ全ての消化器外科領域をカバーするCSTを実施しており,過去8年での参加者は300名を超える.研修医,中堅外科医,そして専門医と,外科医としての立場は違えどその時々で必要となる解剖学的知識に終わりはなく,正確な解剖学的素養があって初めて安全な外科手術が成立する.岡山大学消化器外科学で行ってきたCSTを振り返り,外科医師の生涯教育におけるCSTの意義について考察する.

II.岡山大学消化器外科におけるCSTの特徴
われわれのCSTの特徴は,(1)消化器外科領域の多様なコース展開,(2)良好な献体の状態,そして(3)実践的な手術環境である.現在,われわれは食道,胃,大腸,肝臓,膵臓,腹壁瘢痕ヘルニアのほぼすべての消化器領域を網羅するCSTを行っている.参加者には実習前アンケートを行い,参加者の習熟度に応じた柔軟な指導を行う.献体の固定は,通常のホルマリン固定と異なり,組織の柔らかさが保たれ腹腔鏡が可能なシール固定を用いている.シール法で難しいとされる腸管の固定方法も解剖学教室のスタッフと連携し,実習後にはフィードバックを行い固定状態が最適化するよう年々精度を上げている.また,開腹・鏡視下手術いずれにおいても可能な限り実臨床と同様のデバイスを用いた実習を行い,CSTが臨床医にとって究極のシミュレーショントレーニングとなるよう努力している.

III.若手医師に対するCST
手術が高度化するほど,若手の執刀機会は限られる.昔は研修医の試金石ともいえた早期癌の開腹幽門側胃切除ですら,腹腔鏡手術あるいはロボット手術により研修医の執刀の機会は減少の一途である.また,働き方改革によって労働時間が制限される実臨床では,ゆっくりと指導をうけながら手術を遂行することは現実的に困難である.これに対しCSTでは研修医は時間をかけて外科手術を学ぶ機会が得られ,解剖と実際の手術手技を結びつけることが学習することができる.2012年から2020年までの全体の参加者のうち,必ずしも外科に進路を決めていない卒後2年目までの初期研修医は28名いたが,その後の進路としては消化器外科を含む外科の選択者が18名,外科専修の後期研修に進んだものが4名,心臓血管外科などサブスペシャルティの選択者が6名といずれの参加者もその後,外科系診療科を志していた.参加者の選択バイアスがあるとはいえ,CSTで一つの手術をやり遂げることは研修医にとっては自身のモチベーションを上げ,外科の魅力を肌で感じるきっかけとなり,将来の進路としての外科を真剣に考える要因になりうる.

IV.中堅外科医に対するCST
CSTを経験した若手には,CSTにインストラクターとして参加する機会をできるだけ作るようにしている.座学や視聴覚教材よりも,デモンストレーションの方が記憶に定着すると言われるが,何よりも知識が自分の血となり肉となるのは「他人に教えることにより得られた経験」である.手術手技が完全に確立しているとは言い難い中堅外科医が,実臨床の現場で研修医を指導することは,安全面からも難しいことが多い.CSTでは時間をかけて屋根瓦式の指導を安全に実践することが可能である.中堅外科医はCSTを通じて自らが指導の重要性について学び,外科医として早い段階で指導の効用を実感できる.インストラクターとして参加した卒後10年目以下の中堅外科医に対するアンケートでも,「研修医に教えることにより重要なpointの理解がさらに深まった」「上級医に追加の指摘・修正をしていただいたことで,より効果的で正確な指導が可能であった」との意見があった.的確な指導をするためには,自身の手技を客観的に理論化し言語化する必要があり,これにより手術に対する理解はさらに深まることが期待できる.

V.専門医・指導医に対するCST
専門医,指導医クラスでは手術が高度化するほど,その根底にある解剖学的知識を改めて学ぶ必要があり,高難度手術の安全性確保のための解剖学的知識をCSTを通じて深めることができる.専門医クラスであれば,技術的基礎はある程度完成されているため,現在の技術をもとに新しい解剖学的知識を身につけることで高難度術式や新たな手術方法を身につけることが可能となる.岡山大学消化器外科での展開しているCSTのコースでは直腸領域での腹腔鏡下側方郭清やTaTMEのコース,食道領域での胸腔鏡下食道亜全摘のコース,胃領域での腹腔鏡下噴門側胃切除・観音開き再建のコースなどがそれにあたる.また高難度コースでは日常では経験しにくいトラブルシューティングのための解剖を学ぶことが可能である.直腸TaTMEのコースにおける尿道損傷,食道コースにおける気管や心嚢の解放などは実臨床で意図的に確認することは難しく,CSTで解剖の限界点を確認することができ,明日からの臨床に生きる解剖学的知識の習得が可能となる.

VI.おわりに
手術が高度するほど,初学者の執刀・完投の機会は以前よりも限られる.CSTにより研修医は時間をかけて手術を完投する機会が得られ,知識としての解剖と実際の手術手技を結びつけることができる.CST意義の一つ目は,研修医に外科医の魅力を伝え,彼らのmotivationをあげる機会を提供することである.今後,外科医不足の深刻化が予想される中で,CSTに期待される意義は大きい.
指導医は若手外科医を指導しながら安全な手術を遂行させなければならないが,効率的な指導を実臨床で行うのは難しい.中堅外科医が,研修医に時間をかけて教えながら,自らが指導の重要性について学ぶことができる.外科医として早い段階で指導の効用を実感できること,これがCSTの二つ目の意義と考える.
これまで,献体教育は医学部学生に対する基礎医学としての役割が第一であった.しかし,外科医は手術が高度になればなるほど解剖の必要性を痛感する.手術が高度化するほど,その根底にある解剖学的知識を改めて学ぶ必要があり,献体による教育は極めて有用である.CSTの意義の三つ目は高難度手術の安全性確保における解剖学的知識の習得であると考える.
当初,研修医として参加した若手が現在,専門医としてCSTに関わっている.参加者の成長・上達を目の当たりにすることは,開催するわれわれ自身のモチベーションとなる.われわれはこれまで,初心者・エキスパート,開腹・鏡視下等,参加者の実力に応じて,毎年改良を加えながら様々なプログラムを開発してきたが,自施設でCSTを開始するための見学・参加も受け入れており,CST先行施設としての運用経験を他施設へ可能な限り提供している.CSTには外科医の情熱を伝える場という意義も大きく,CSTはこれからの外科生涯教育において重要な役割を果たすと考える.

 
利益相反:なし

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文献
1) 近藤 喜太 , 信岡 大輔 , 黒田 新士 ,他:カダバートレーニングにおける技術の継承.日外会誌,120(1): 105-107, 2019.

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