日外会誌. 122(6): 659-663, 2021
特別寄稿
人間とウイルスの関係
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日本外科学会名誉会員，九州大学名誉教授，公立学校共済組合九州中央病院院長 前原 喜彦 |
新型コロナウイルス感染症終息の道筋を考える上でも，また今後必ず出現してくる可能性がある新興ウイルス感染症を拡大させないためにも，われわれには今こそ，ウイルスとは何か，ウイルスの正体を正しく理解し，これからの対策を考え実行してゆくことが求められています．ここでは，ウイルスの進化と人間との共存，人間のゲノムに入り込んだウイルスの役割，種を越えて動物から人間に感染するウイルス，われわれが今後取るべき対策について記します．
キーワード
ウイルスの進化, ヒトゲノムの中のウイルス, ウイルス感染症, 新型コロナウイルス感染症, ウイルスの制御
I．はじめに
わが国は2020年初めからの新型コロナウイルス感染症蔓延長期化によって，人間社会の危機ともいえる事態に陥っています．
全国の外科医の方々は，医療崩壊が叫ばれる中，多大な負の影響を受けながらも外科医療や新型コロナウイルス感染症診療に日々奮闘されているものと拝察します．日本外科学会はいち早く，わが国の安全・確実な外科医療を推進すべく，社会へ向かって「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」1)を発信されました．そのことは，国民の外科医療に対する安心感と日本外科学会への信頼感の醸成につながっているものと確信しています．
巷では，ポストコロナ時代の医療を含めた社会制度の有り様や国民の行動・考え方について盛んに議論されています．われわれには今こそ，ウイルスとは何か，ウイルスについてこれまでに明らかにされた知見を正しく理解し，今後の対策を考えてゆくことが求められているものと考えています．
そこで，ウイルスと人間の進化の歴史と，ウイルスと人間の関係，ウイルス感染症とその対策について記します．
II．ウイルスの進化と人間との共存
今から46億年前，はるか太古の時代に地球は誕生しました．その地球上で細菌は36億年前に新たに誕生し，細菌を宿主として30億年前にウイルスは誕生したと言われています．生物の定義は，（1）体が膜で外界と仕切られていること，（2）代謝を行えること，（3）子孫を残せること，と言われています．ウイルスは自分の力で代謝を行えないので，これまで生物には含まれていませんでした．
2003年，アメーバを宿主とする，代謝機能に関わる遺伝子をもつ巨大なウイルス，ミミウイルス（二本鎖DNAウイルス）が発見され2)，それ以降ウイルスは生物とみなされるようになりました．ちなみに，新型コロナウイルス（一本鎖RNAウイルス）の大きさは0.1μm，ゲノム長3万塩基，遺伝子数は16個に対し，ミミウイルスの大きさは0.75μm，ゲノム長120万塩基対，遺伝子数は979個といわれています．
ウイルスは陸上の生物だけに寄生しているのではなく，海洋生物には陸上を上回る膨大なウイルスが存在しています．その総量は4×1030個という天文学的数字となり，総重量はシロナガスクジラ7,500万頭に相当すると言われています3)．海に囲まれたわが国では，この数千年のあいだ海洋生物を生で食する文化が育まれてきました．したがって，日本人は日々の生活の中で好んで魚介類を口にしてきましたが，これまでウイルス感染症として発病してこなかったのは非常に好運なことです．
ウイルスは宿主となる生物に寄生して進化してきました．宿主が死ねばウイルスは存続できませんので，ウイルスの最も安全な生存戦略は宿主との共存共栄であると考えられます．われわれ一人一人の体には380兆個のウイルスが，細菌を介して，また直接ヒトの細胞に，体の至る所に体の免疫系と調和して静かに潜んでいます．生活を同じくする人間では寄生しているウイルスの25％が共通であると言われています4)．各人で健全なウイルス叢が形成されて，外敵（人間に病原性をもつ細菌やウイルス）から人間を守っている可能性があります．この点は，現在注目を集めている腸内細菌叢の役割と同じような考え方になります．よって，不摂生な生活を送ること，また逆に過度の除菌対策を行うことは各人が培ってきた健全な細菌叢だけでなく，ウイルス叢を壊すことになりかねません．
近年，人間には無害と考えられてきたレオウイルス（二本鎖RNAウイルス）がセリアック病（グルテン不耐症）の発症に関与していることが報告されました5)．さらにアルツハイマー型認知症で死亡した患者さんの脳から，高レベルのヘルペスウイルス6A型，7型（二本鎖DNAウイルス）が検出されました6)．ヘルペスウイルス6A型，7型は小児の突発性発疹症の原因ウイルスで，99％の人が3歳頃までに感染し，自然治癒すると考えられてきたウイルスです．
外科医療の現場においても，手術による侵襲や周術的治療の負荷によって体の免疫系とウイルス叢のバランスが壊されること，特定のウイルスが優位になることによって，合併症の併発や創傷治癒の遅延，回復の遅れが生じるのではないかと考えています．「丁寧な手術をして，特に問題はなかったのに，なぜ縫合不全が起こるのだろう」という事象に，ウイルスも引き金となっている可能性を考えています．
III．人間のゲノムに入り込んだウイルス
ヒトの全ゲノムの8％はウイルス由来であるといわれています7)．ウイルス由来の遺伝子の代表例についてその生物学的意義を考えてみます．
（1）Syncytin遺伝子により胎盤形成能を獲得し，生物は哺乳類として進化してきました8)．HERV-K遺伝子は胚を外来ウイルス感染から守り，胎児の発達を助けているといわれています9)．
（2）Arc遺伝子は神経細胞内でウイルスのCapsidに似た構造をつくり，Arc mRNAを内蔵して神経細胞から神経細胞へ情報を運ぶといわれています．人間の記憶する能力に重要な役割を果たし，考える人間へと進化してきたことになります10)．
（3）ヒトの細胞では，分裂のたびに染色体の末端が短くなるのをテロメラーゼ遺伝子が防いでいます．テロメラーゼ遺伝子はRNAからDNAをつくるとともに，RNAからRNAをつくり得る機能も持っています11)．また，テロメラーゼ遺伝子はがんの発生・進展を促進させるドライバー遺伝子の一つといわれています．
これらの事象だけを考えてみても，人間の進化にウイルスは重要な役割を果たし，人間が現存しているのはウイルスの能力のお陰であると言っても過言ではありません．
IV．種を越えて動物から人間に感染するウイルス
人間は20万年前に地球上に出現した最も新参の動物です．人間を宿主とするヒトウイルスは，人間に進化する以前より受け継がれてきたもの，あるいは動物を宿主とするウイルスが人間に感染するうちに，人間のあいだだけで存続するよう姿を変えたものです．しかし，ひとたび人間以外を宿主とするウイルスが自然宿主と異なる宿主（人間）に感染すると，事態は大きく異なり病原性を発揮する場合があります．天然痘ウイルス（二本鎖DNAウイルス）は一万年前のインドのウシやエジプトのラクダが宿主と考えられています．エイズの原因であるヒト免疫不全ウイルス（HIV，一本鎖RNAウイルス）はチンパンジーが保有するサル免疫不全ウイルスが人間に感染して，伝播されているうちにヒトウイルスに進化したものと推測されています．インフルエンザウイルス（一本鎖RNAウイルス）は渡り鳥を宿主としますが，ニワトリやブタを経由して，人間に病原性をもって流行すると言われています．新型コロナウイルスは，宿主はキクガシラコウモリやミミセンザンコウで，野生動物を食す習慣から感染が広がったと考えられています．
今回の新型コロナウイルスの感染力が強いのは，ヒトの細胞のACE2受容体に結合するスパイク蛋白質受容体結合モチーフの遺伝子配列の近傍に，陽性に荷電するアミノ酸（アルギニンの等電点＝10.76，リシンの等電点＝9.75）が複数連なる配列が4ヶ所もあり（合計するとアルギニン2個，リシン7個），それが陰性に荷電している細胞膜と引き合い，スパイク蛋白質とACE2受容体が強固に結合するからであると報告されました12)．このような変異はいまだかつて自然界では観察されていません．
それでも現実には，β変異株やγ変異株ではE484K（リシン），δ変異株ではE154K（リシン），N440K（リシン），L452R（アルギニン），P681R（アルギニン），などの変異を獲得し，感染力がさらに増大しています．ワクチンは武漢型コロナウイルスのスパイク蛋白質をターゲットとして作られていますので，変異が入れば入るほどスパイク蛋白質の3次構造は「似て非なるもの」となり，ワクチンの効果は減弱する可能性があります．
喫煙によって肺胞上皮細胞のACE2受容体の発現が上昇し，禁煙すれば減少するといわれていますので13)，感染拡大防止のためには禁煙についての啓発も必要であると考えています14)．
当院においても，新型コロナウイルス感染症専用病棟を設置し患者さんを受け入れてきました．入院された患者さんの多くは対症療法で軽快し退院されていますが，パンデミック時には世界中の患者さんが恩恵を受けることができるよう，Chemical compoundによるウイルス感染の分子機序に基づいた抗ウイルス薬の開発が切に待たれるところです．予防という観点からは，ワクチンが世界規模で開発され，感染拡大防止に重要な役割を担っています15)．わが国でも全国民を対象にワクチン接種が進められていますが，ワクチンは予防薬であって治療薬ではないので，現時点では，将来の安心・安全を考慮すると，蛋白質製剤も選択肢であると考えています16)．
V．今後の取り組み
現在，地球上で動物から人間に感染可能なウイルスは80万種類にも及ぶと言われています．これからも未知のウイルス感染症が続々と出現してくる可能性は極めて高いと考えられます．ポストコロナ時代の景色を見るためには，以下の3点が求められるでしょう．
（1）「三つ子の魂百まで」のように，3歳頃までに各人が培ってきた健全なウイルス叢や細菌叢を壊さないように，健康的で規則正しい生活を送ること．具体的には，よく食べ，よく寝て，よく動き，よく考え，よく笑うこと．
（2）野生動物を食す習慣を改めることができるのか，森林開発等による野生動物と接する機会の増加をどうすれば減らせるのか，家畜やペット動物との接し方も含めて，世界規模で日々の営みを変えてゆく努力をすること．
（3）海外からC型肝炎ウイルス（一本鎖RNAウイルス）に対する有効な抗ウイルス薬が導入されて以来，「C型肝炎ウイルスの撲滅」も目の前の景色になりつつありますが，わが国全体ではウイルス研究への意欲や情熱が失われています．わが国が新興ウイルス感染症に，迅速かつ的確に対応できるよう，いま一度，アカデミアと製薬企業が一致協力の上，ウイルス研究者を育成してウイルス研究を加速させ，有効な抗ウイルス薬を創薬すること．
VI．新型コロナウイルス感染症の終息を目指して
「人間とウイルスの関係」から見えてきたことは，人間が生きてゆく上でウイルスは大切な友でもあり，手強い敵でもあるという厄介な現実です．人間に比べ気の遠くなるような時間を生き抜いてきたウイルスは，生きることにかけては百戦錬磨の生物でもあり，その制圧は容易なことではありません．
新型コロナウイルス感染症の終息を目指して，今後の対策，治療を立案するうえで重要なことは，過去のコロナウイルス感染症の臨床データに基づいて，今回の新型コロナウイルス感染症拡大の推移を的確に予測すること17)
18)，国民に対し新型コロナウイルス感染症に対する心構えや生活指針を提示することです14)
19)．
人は誰しも天気予報を見て次の日の行動を決め，台風が近づけば，命を，体を，住まいを守るための備えを厳重に行うはずです．
現時点で言えること，われわれは英知を出し合い，新型コロナウイルス感染症の治療に誠心誠意取り組むことが肝要です．
VII．おわりに
新型コロナウイルス感染症対策について，具体的に記します．
一次予防（原因の除去や回避）の観点から，これからでも国内への変異ウイルス流入を阻止できるよう厳重に管理すること．
二次予防（早期発見，早期治療）とは，ウイルスに感染したとしても不顕性感染や軽症ですむよう，体の免疫力維持，強化に努め14)
19)，大量ウイルス曝露を回避するため，手洗い（通常の水洗いで良いと思う），うがい励行，マスク着用，3密回避に努めること．ワクチンについては，小児に髄膜炎を起こすインフルエンザ菌ｂ型に対するワクチンのように，発病予防だけではなく，他人への伝播力をも失活させる力価をもっていてほしい20)．
三次予防（後遺症予防，再発防止，社会復帰）の観点からは，今まで以上に有効な抗ウイルス薬，抗炎症薬，対症療法が開発され，治療を行う病床が確保されていること．
利益相反：なし
文献
1) 池田 徳彦 ：特別報告―日本外科学会の新型コロナウイルス感染への取り組み―．日外会誌，121(4): 400-402, 2020.
2) La Scola B , Audic S , Robert C , et al.: A giant virus in amoebae. Science, 299: 2033, 2003.
3) Suttle CA : Viruses in the sea. Nature, 437: 356-361, 2005.
4) Pride D : The Viruses inside you. Scientific American, 323(6): 46-53, 2020.
5) Bouziat R , Hinterleitner R , Brown JJ , et al.: Reovirus infection triggers inflammatory responses to dietary antigens and development of celiac disease. Science, 356: 44-50, 2017.
6) Readhead B , Haure-Mirande JV , Funk CC , et al.: Multiscale analysis of independent Alzheimer’s cohorts finds disruption of molecular, genetic, and clinical networks by human herpesvirus. Neuron, 99: 64-82, 2018.
7) Quammen D : How viruses shape our world. National Geographic, 2, 2021.
8) Mi S , Lee X , Li X , et al.: Syncytin is a captive retroviral envelope protein involved in human placental morphogenesis. Nature, 403: 785-789, 2000.
9) Grow EJ , Flynn RA , Chavez SL , et al.: Intrinsic retroviral reactivation in human preimplantation embryos and pluripotent cells. Nature, 522: 221-225, 2015.
10) Pastuzyn ED , Day CE , Kearns RB , et al.: The neuronal gene Arc encodes a repurposed retrotransposon Gag protein that mediates intercellular RNA transfer. Cell, 172: 275-288, 2018.
11) Maida Y , Yasukawa M , Furuuchi M , et al.: An RNA-dependent RNA polymerase formed by hTERT and the RNase MRP RNA. Nature, 461: 230-235, 2009.
12) Boswell J : Exclusive: COVID-19 ‘has NO credible natural ancestor’ and was created by Chinese scientists who then tried to cover their tracks with ‘retro-engineering’ to make it seem like it naturally arose from bats, explosive new study claims. Daily mail online, 2021.
13) Leung JM , Yang CX , Tam A , et al.: ACE-2 expression in the small airway epithelia of smokers and COPD patients:implications for COVID-19. Eur Respir J, 55: 2000688, 2020.
14) Wallis C : How to Boost Your Immunity. Scientific American, 323(1): 21, 2020.
15) Polack FP , Thomas SJ , Kitchin N , et al.: Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. N Engl J Med, 383: 2603-2615, 2020.
16) Heath PT , Galiza EP , Baxter DN , et al.: Safety and efficacy of NVX-CoV2373 Covid-19 vaccine. N Engl J Med, 385：1172-1183, 2021.
17) Kissler SM , Tedijanto C , Goldstein E , et al.: Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period. Science, 368: 860-868, 2020.
18) Roberts S : Modeling ‘peaks and valleys’ of the pandemic. The New York Times International Edition, May 11:pp5, 2020.
19) Brody JE : Building up resistance to Covid-19. The New York Times, May 25:pp7, 2020.
20) Finn A , Malley R : A vaccine that stops Covid-19 won‘t be enough. The New York Times International Edition, Aug 24:pp9, 2020.
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