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日外会誌. 122(6): 640-646, 2021

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遠隔外科医療の現状と展望

1) 弘前大学 消化器外科
2) 北海道大学 消化器外科Ⅱ
3) 九州大学 消化器・総合外科

袴田 健一1) , 平野 聡2) , 沖 英次3)

内容要旨
情報通信技術の発達と新規手術ロボットの開発により,遠隔手術が技術的に可能な時代を迎えている.さらに,令和元年,国が定める「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に「遠隔手術支援」が含まれたことで,世界に先駆けて遠隔手術の法的環境が整備された.現在,日本外科学会が中心となり技術検証と運用指針の策定作業を進めている.遠隔手術の最大の課題は伝送遅延であるが,情報処理技術の発達と高速大容量通信ネットワークの整備によって遠隔手術の社会実装が可能な水準まで遅延が短縮され,最近の実証研究では許容遅延時間より大幅に短い速報値が報告されている.遠隔手術の実現は,外科医志望者の減少と医師の地域偏在のために外科医不足の顕著な地方の医療支援に繋がるとともに,新規技術の迅速な社会浸透による技術の均てん化と医療格差の是正,外科医の育成と生涯教育に貢献するものと期待されている.

キーワード
手術のデジタル化, オンライン診療指針, 遠隔手術支援, 遠隔外科教育, 遅延時間

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I.はじめに
情報通信機器と高速通信ネットワークの発達により,外科医療は大きな変革の時を迎えている.1990年代以降の内視鏡外科手術の発達は,映像情報のデジタル化伝送によって複数の医師が同一モニターで術野を共有できるようになったことに始まる.さらに,2010年代のロボット手術の発展は,術者の手の動きを座標軸信号としてデジタル化伝送し,ロボットアームの遠隔操作が可能となったことによる.そして現在,「デジタル化された手術」は,情報通信技術と通信ネットワークの発達によって距離と空間の制約から解放され,多様な遠隔外科医療が可能となる時代を迎えている1)
本稿では,遠隔外科医療,特に遠隔手術の現状と今後の展望について概説する.

II.手術のデジタル化と遠隔外科医療
手術映像のデジタル共有は既に一般化し,主に外科教育の分野で活用されている.パーソナルコンピューターの性能向上と記憶媒体の低価格化,さらに高速大容量通信やクラウドサービスの充実により,秀逸手術映像の共有やオンラインで手術ビデオクリニックなどが頻繁に行われている.加えて,コロナ禍で多くの学会がweb開催となり,教育資源のオンライン活用が一気に普及し,この流れはアフターコロナにも発展することが想定される.このような手術映像のオンライン共有は,質高い外科医療の均てん化という観点からは,広義の遠隔外科医療ともいえる.今後はAugmented reality(AR)技術やArtificial intelligence(AI)と融合し,外科医療の質の向上に向けた技術開発の促進も期待される.

III.オンライン診療と遠隔手術
このような遠隔外科医療の中で,術野映像をリアルタイム配信し,VR(Virtual reality)技術を用いて遠隔から手術指導や手術操作を行うのが遠隔手術である.高速大容量通信ネットワークの整備と新規手術ロボットの開発により,遠隔手術が可能な時代を迎えている1)3)
わが国では,医師法第20条で無診察診療を禁じているが,情報通信機器の発達に伴いリアルタイムに映像と音声によって対面診療に相当する医療行為については,国が「オンライン診療」と定義し,「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(以下,指針)で認可する形式をとっている.従来,指針は「診察」や「処方」を対象としていたが,遠隔手術が技術的に可能となった状況と後述する社会的意義を踏まえて,令和元年7月の指針改訂時に「手術」を指針に含めることとなり,わが国で遠隔手術を実施するための法的環境が整った(表14)
なお,遠隔手術には,遠隔から手術操作の指示のみを行う遠隔指導(tele-mentoring),遠隔から手術操作を行って現地医師の手術を支援する遠隔手術支援(remote surgical support),現地に医師が不在の環境下での完全遠隔手術(full tele-surgery)の3段階がある(表25) 6).医師間で行われる診療相談(tele-consultation)や遠隔指導は当初から指針規定の対象外となっており,今回の指針改訂で認可された遠隔手術は,実際に操作行為を伴う遠隔手術支援である.完全遠隔手術は認可されていない.

表01表02

IV.遠隔手術推進の社会的背景
外科手術は集約化によって成績が向上する.医療資源の集約化が可能な地域では,患者が移動して手術を受ける方が効率的である.一方で,National Clinical Databaseの解析によると,わが国には医師の地域偏在と外科医師不足により,居住二次医療圏で標準的な外科治療を十分に受けられない地域が数多く存在することが明らかになっている7)
遠隔手術の導入は,このような医療の地域格差を縮小し,地方に勤務する外科医を増やすあらたな仕組みとして期待されている5) 8) 9).地域住民にとっては医療圏を跨いだ長距離移動の肉体的,精神的,経済的負担から解放され,地元の病院で質の高い外科医療を受けられる新たな選択肢が生まれる.また,地方に勤務する医師にとっては,基幹病院の熟練した医師から手術支援や新規技術指導を受けることができる.特に修練中の若手医師は,地方の病院に勤務しても継続して基幹病院の指導医から指導を受けることができるため地方勤務のインセンティブとなり,医師育成の好循環が生まれる(図110).指導医も手術指導のための長距離移動の負担が軽減され,働き方改革との両立も図りやすい.結果的に地域の外科医療が維持され,外科診療の質の向上が期待される.この他にも,新たな技術開発の促進や経済効果,遠隔プリセプターシップの活用,遠隔手術技術の他産業での活用,さらには遠隔手術システムの輸出による国際医療貢献なども期待される(表32) 5) 8)

図01表03

V.遠隔手術推進の技術的背景
遠隔手術は,ロボット技術,通信技術,情報処理技術の三つの技術によって可能となる.このうち手術ロボットは,内視鏡外科手術の弱点である動作制限を克服し,精緻な低侵襲手術を可能にする技術として普及しつつあるが,もともとは遠隔手術を目的に開発された経緯がある11).1970年代初頭にアメリカ航空宇宙局(NASA)が開発を始め,米国陸軍も加わって宇宙空間や紛争地での活用が計画された12).その後技術の民間転用によって手術ロボットの開発に至る.2001年には手術ロボットZeusを用いて,ニューヨークとフランスのストラスブール間で世界初の遠隔胆嚢摘出術が実施されている(Lindbergh手術)13).さらに,2003年以降カナダでは22例の遠隔手術(大腸切除等)が実施されている14).しかし,専用通信回線の敷設費用が高額な上に,安価なインターネット回線では情報遅延が大きくセキュリティが担保できない,などの課題が残った.加えてZeusの製造中止に伴って,これらのプロジェクトは終了している.その後,ダビンチサージカルシステム15)や独自ロボット16)による遠隔手術研究が継続されたが,通信回線の経済性と安全性,映像の圧縮伝送に伴う遅延時間が手術に耐えうるまで短縮できなかったことが背景で,技術開発は一度減速した.それが,近年の情報通信技術の発達に伴い伝送遅延を克服できる時代を迎え,加えてダビンチの知財の期限切れを受けて新たな手術ロボットの開発が国内外で進み,遠隔手術の実証研究が再加速されることとなった17)

VI.伝送遅延時間発生の仕組み
遠隔手術の最大の技術的課題は遅延時間である.ちなみに,通常のロボット手術でもロボットの特性ともいえる遅延が発生している(Tr).遠隔手術では,さらに往復の通信遅延(Tt)と情報処理遅延(Ten)に起因する遅延が発生する(図28) 18)
このうち映像信号の圧縮解凍に要する情報処理遅延(Ten)が最大であり,情報処理技術や伝送プロトコール技術の開発が遅延短縮の鍵を握る.現在は2K映像が主流だが,4K/8K映像を用いる場合には,映像画素数と圧縮に要する時間はトレードオフの関係にあるため,一層の低遅延圧縮伝送技術の開発が必要となる.
一方,通信遅延については,ロボットの映像と操作信号量を上回る通信帯域が常時確保されれば,通信遅延時間は問題とならない.実際に2021年2月に弘前大学と150km離れた関連病院を,帯域の異なる複数の商用回線で接続して行った実証研究では,帯域保証型回線での遅延時間(Tt)は平均4ミリ秒,情報処理遅延(Ten)は約60ミリ秒,体感遅延時間(Tp)は74~114ミリ秒であった1)

図02

VII.許容遅延時間に関する研究
遠隔手術で許容される遅延時間に関する研究には,前述の臨床例の他に,遠隔2施設間での模擬遠隔手術研究や,伝送遅延装置を用いた擬似遠隔手術研究などがある.いずれも100ミリ秒から1,000ミリ秒の遅延環境下で手術操作を行い,タスク完遂時間,エラー率,術者の操作感や疲労度などを評価している.これらによると,遅延が250ミリ秒以上ではタスク完遂時間が延長してエラー率も上昇する一方,150~200ミリ秒では許容範囲,100ミリ秒以下では操作に支障がない,あるいは遅延を感じない水準と報告されている19) ~ 21).因みにLindbergh手術では平均155ミリ秒,カナダの臨床例では135~140ミリ秒14)の遅延時間で手術が完遂されている.
また,遅延の許容には人間の順応も影響する.1動作を完遂するためは手術ロボットと情報処理ならびに通信に要する遅延時間以外に,人的遅延(Th),すなわち人間が解釈し動作を開始するまでの時間(Tplan)と前回の手技の終点から新たな手技までの時間(Tmove)が影響し(図2),これらは訓練によって改善する.0~1,000ミリ秒の遅延環境下の順応訓練を1週間から4カ月間継続することで,500ミリ秒程度までは順応可能との報告もみられる18)
また,高度遅延環境では,オーバーシュート現象と呼ばれる粗大な鉗子移動が発生して,作業エラーの原因となる22).術者の操作意図にモニター上の鉗子操作反応が遅れるために生じるが,これを術者の操作距離に対して鉗子移動距離の比率を抑制するモーションスケール機能で軽減できることも報告されている.また,タスクを細かい動作に分ける(図2のタスク完遂時間のnを増やす)ことでエラー率は低減し,結果としてタスク完遂時間も短縮できる.これは通常の腹腔鏡手術でショートピッチ切離することで操作の安定化を図るのと同様の仕組みである.

図02

VIII.運用指針の策定
遠隔手術の運用に際しては,前述の技術的課題に加えて,提供体制の整備が必要である.現在,日本外科学会遠隔手術実施推進委員会(委員長 森正樹理事長)が中心となって,ガイドライン策定作業を進めている23).オンライン診療の基本理念である質の高い医療へのアクセシビリティの確保,治療への患者の能動的関与,安全な医療提供の原則のもと,遠隔手術の適応術式や施設ならびに術者要件,通信環境,情報セキュリティー,説明と同意のあり方,責任の所在,有害事象発生時の対応などの項目について,国の各種ガイドラインとの整合性を図りながら策定される予定である1) 5)

IX.おわりに
ロボット手術技術は未だ発展途上にある.新たな手術ロボットも次々と開発され,競争によって,性能の向上と低価格化が期待される.加えて,情報処理技術の発展は日進月歩の状態で,既に4K/8K画像の低遅延伝送技術の開発が進んでいる.通信技術も高速大容量通信ネットワークが世界をカバーし,5Gそしてその先の6Gの通信技術開発も加速している.ロボット技術,情報処理技術,通信技術の3本の矢が,今まさに発展の時を迎え,遠隔手術の社会実装が実現できる環境が生まれている.これからの一層の技術開発に期待したい.

 
利益相反:なし

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文献
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