日外会誌. 122(6): 618-624, 2021
特集
コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて
6.外科診療への影響 2)手術
がん研究会有明病院 消化器外科 渡邊 雅之 , 佐野 武 |
キーワード
COVID-19, 外科手術, トリアージ, スクリーニング
I.はじめに
2019年12月中国湖北省武漢市に端を発した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間に海外に広がり,世界的なpandemicに至った.わが国においても感染の波は第4波を数え,3度目の緊急事態宣言が継続中である(2021年5月現在).COVID-19のpandemicは外科医療にも大きく影響を及ぼした.COVID-19患者の急激な増加と感染の抑制を目指した緊急事態宣言は患者の受診控えにつながり,外科手術症例が減少した.がん患者の診断の遅れは,今後のがんの治療成績に影響する可能性がある.一方,医療機関においてはCOVID-19患者の受け入れ病床の増床が求められ,周術期の感染伝搬予防と合わせて,手術提供体制に大きな影響を受けた.本稿ではCOVID-19のpandemicによる外科治療への影響についてレビューする.
II.手術提供体制に対するpandemicの影響
COVID-19のpandemicは手術提供体制に大きな影響を与えた.COVID-19患者のための病床確保,重症患者によるICU病床の占拠,感染対策のための個人用防護具(PPE)の供給不足に伴い,世界中で待機手術が中止や延期となった.わが国を含む国連加盟国190ヵ国を対象とした数理モデルによる推計では,2020年3月からのpandemic初期の12週間に2,840万例あまりの手術が中止あるいは延期となった1).その内訳をみると,良性疾患に対する手術の81.7%,がんに対する手術の37.7%,待機的帝王切開の25.4%が中止または延期となったと推定されている.この症例数はpandemicからの回復後に各施設が通常より20%増の手術を行ったとしても,遅れを取り戻すのに45週かかる計算となる.
消化器外科領域においては,肥満手術,結腸直腸手術,臓器移植をはじめ,多くの待機的腹部手術が大きな影響を受けた.英国においては2020年4月にほぼすべての肥満手術が延期となった2).スペインのAcute care surgeryを専門とする3施設におけるpandemic前との比較では,pandemic中に緊急手術症例数が約59%減少していた3).発症から救急外来への到着に要した時間は44.6時間対71.0時間とpandemic期で有意に長かった (p<0.0001).手術の内訳としては,pandemic期には急性胆嚢炎と待機的手術の合併症に対する手術が有意に減少し,腸閉塞と腹壁ヘルニアの手術の割合が有意に増加した.
心臓血管領域において,米国では2020年3月に,疾病対策予防センターおよび米国外科学会の推奨に従い,すべての待機手術が一時停止となった4).血液製剤の過剰使用の抑制,人工呼吸器やPPEの不足,COVID-19陽性患者の大量流入への危機感がその背景にあった.New York市では急性心血管疾患による入院がpandemic期に43%減少し5),院外心停止は3倍に増加したと報告された6).
臓器移植を受けるすべての患者は免疫抑制剤の投与を受ける必要があり,感染のハイリスクとなる.COVID-19のpandemic初期には免疫抑制状態の患者における新型コロナウイルス感染の危険度,重症度,あるいはその影響のエビデンスがなかったため,臓器移植は生命の危機に瀕した,ごく限られた症例に対してのみ行われた7).その後,いくつかの施設からpandemic下における肝移植の安全性が報告され8),米国移植学会は,肝移植に関して地域のCOVID-19の流行状況や医療資源の可用性,待機患者の肝疾患の重症度と地域の医療政策から総合的に判断することを推奨した.
最近発表された世界の高所得国29ヵ国(日本は含まない)を対象とした2020年のCOVID-19に関連する超過死亡の調査において,29ヵ国で総計約98万人の超過死亡が起こったと推定されている9).ニュージーランド,ノルウェイ,デンマークを除くすべての国で超過死亡が認められ,特に米国,イタリア,イングランド・ウェールズ,スペイン,ポーランドの5ヵ国において超過死亡数が特に多かったと報告された.これらの国々においては,COVID-19の直接的な影響と共に,医療供給体制への負荷が大きく影響したものと考えられる.
わが国では,COVID-19患者は欧米に比較して少なく,重症例,死者数とも限定的であったこともあり,欧米に比較すると手術提供体制への影響は限定的であったと想定される.東京大学や国立感染症研究所などで作る厚生労働省の研究班による2020年1月~11月のわが国におけるすべての死因を含む超過死亡数調査によると,47都道府県のうち超過死亡を認めたのは4府県にとどまる一方,18都県においては過少死亡が認められたと報告されている10).わが国においては,医療供給体制はおおむね維持されており,いわゆる医療崩壊が起こったとは考えにくい.しかしながら,特に感染の第1波においては緊急事態宣言に伴う受診控え,検診施設の休止,特定機能病院を中心としたCOVID-19対応のための手術の延期等が起こったが,その影響は未だ数字として明らかにされていない.National Clinical Database等の大規模データベースの解析結果が待たれるところである.
III.Pandemic下における外科手術のトリアージ
感染症のpandemic下においては,医療資源の適正配分が求められ,医療環境のひっ迫度合に応じて外科手術症例の選別,すなわちトリアージが求められる.日本外科学会では2020年4月に外科手術のトリアージ指針を作成し公開した(表1).初版では具体的な手術名を挙げて判断の目安を示したが,疾患の種類,進行度,患者状態によって一律に分類することは難しいとの指摘を受け,具体的な手術例の記載は削除された.疾病の重篤度,緊急度,必要性,患者の容態などを総合的に考慮し,主治医を中心にした医療チームで協議して判断することが必要であり,患者状態によっては繰り返しの疾病レベル判定が必要になることが強調されている.
Pandemicにより医療資源が大きく制限された場合,特にICU病床や人工呼吸器,PPEが制限される状況に至ると,がん手術にもトリアージが必要となる.がん手術の延期は,治療の失敗すなわちがん死につながる危険性があり,より慎重な判断が求められる.米国外科学会は,COVID-19による医療ひっ迫のPhaseを,Phase Ⅰ:Semi Urgent Setting(Preparation Phase),Phase Ⅱ:Urgent Setting,Phase Ⅲに分けて(表2),それぞれのPhaseにおける各がん腫に対するトリアージのガイドラインを提示している.手術のトリアージを考えるうえで,医療ひっ迫のPhaseに応じたトリアージ戦略を立てることは重要であり,参考にすべきと考える.Massachusetts General HospitalからはCOVID-19アウトブレークにおける待機的がん手術のトリアージに対する多職種集学的治療チームアプローチの重要性が報告されている11).この中で,pandemic下においてもがん手術を予定通り行うべき対象としては以下のものが挙げられている.
・術前治療が終了して切除可能な状態であり,一時的な非手術的代替療法がない症例
・2カ月で急速に増大するaggressiveな腫瘍で一時的な代替療法がないもの(トリプルネガティブ乳癌など)
・一期目の手術を終えた二期分割手術症例(再建待ちの開放創がある患者など)
・適切な治療を開始するための診断的手技(悪性リンパ腫の組織診や転移の診断など)
・代替療法のない急性の症状(消化管出血,腸閉塞,嚥下障害や誤嚥の危険,気道浸潤など)
IV.COVID-19の手術成績への影響
初期のCOVID-19流行期に武漢で行われた緊急手術の成績から,COVID-19肺炎の有無は術後合併症や死亡に影響しないことが報告された12).この結果から,COVID-19患者に対する緊急手術は,他の患者や医療スタッフへの感染伝搬に対する十分な予防策を講じた上で行うことが推奨された.COVIDSurg Collaborativeにより行われた国際多施設コホート研究では,術前7日以内に感染があった294例と術後30日以内に感染が確認された834例の計1,128症例の術後成績が検討され,術後肺合併症と死亡率はそれぞれ51.2%,23.7%と高率であった13).30日死亡に関わるリスク因子として,男性,70歳以上,ASA-PS3以上,悪性疾患,緊急手術,major surgeryが抽出された.
待機手術患者におけるSARS-CoV-2感染既往の有無と術後成績を比較した多施設研究の結果,感染の既往がある患者で術後肺炎の発症頻度が有意に高いことが分かった(10.7% vs. 3.6%,p=0.004)14).一方,COVIDSurg Collaborativeに収集された116ヵ国からの140,231例の手術症例において,SARS-CoV-2感染既往のない症例の30日死亡率が1.5%であったのに対して,SARS-CoV-2感染から0~2週,3~4週,5~6週,7週以上の期間に手術を行った症例の30日死亡率はそれぞれ4.1%,3.9%,3.6%,1.5%であった15).この結果から,SARS-CoV-2感染既往患者の待機的手術は,可能であれば4~7週延期すべきとされている.
V.がんの診断の遅れと長期予後への影響
COVID-19のpandemicによりがんの診断遅れが発生しており,今後の治療成績への悪影響が危惧されている.わが国においては感染の第1波とそれに伴う緊急事態宣言により,患者の医療機関への受診控えが起こった.また内視鏡検査に伴うエアロゾルによる医療従事者への感染のリスクが報告され,関連学会からは不要不急の内視鏡検査を延期することが推奨された.このような背景から多くの検診施設は休止に追い込まれ,検診でしか診断されない早期癌症例が激減した.しかしながら,がんの診断遅れの実態とその治療成績に関する知見は十分ではない.
英国では2020年3月のロックダウンに伴い,かかりつけ医からがん診断施設への紹介にあたって,がんに伴う急性の症状がある場合を除き2週間のCOVID-19に関する健康観察期間を置くことが義務付けられた.この間にがんの診断が遅れた乳癌,結腸直腸癌,肺癌,食道癌患者のその後の死亡率について,3パターンの回復シナリオに従って推定した研究の結果が報告された16).これによると,診断から5年後の死亡率は,乳癌では7.9~9.6%,結腸直腸癌では15.3~16.6%,肺癌では4.8~5.3%,食道癌では5.8~6.0%増加すると推定された.総計するとこれらの4がん腫だけで5年以内の死亡数が3,291~3,621人増加する計算となる.一方で,COVID-19に伴う120日までの手術の延期は,非浸潤性乳管癌において病理学的なupstagingがわずかに認められるものの予後への影響はないこと,エストロゲン受容体陽性の早期乳癌では術前ホルモン療法の有無にかかわらずupstagingは認められなかったことが報告されている17).繰り返しとなるが,Pandemic下におけるがん診療では,予後予測に基づいた適切なトリアージが極めて重要である.
VI.周術期の感染伝搬予防策
入院患者や医療従事者に感染を広げないためには,医療機関にウイルスを持ち込まないことが重要であるが,無症状感染者でも感染を伝搬しうること,PCR検査に代表されるウイルス学的診断においても偽陰性の可能性があることから,そのハードルは高い.基本的には誰もがSARS-CoV-2ウイルスを保有している可能性があることを念頭に,状況に応じて必要なPPEを着用することや手指消毒の徹底等の標準予防策が必須である.また医療機関内においてはすべての職員および患者が常時サージカルマスクを着用する,ユニバーサルマスキングが推奨される.
気管内挿管,抜管はエアロゾルが発生する可能性があるため,必要最低限の人員以外は手術室から退室し,手術室の扉を閉鎖した状態で行う.室内に残る医師,看護師はN95またはそれに準じるマスク,ゴーグルまたはフェイスシールド,長袖ガウン,手袋を装着する.
COVID-19のpandemicをきっかけにサージカルスモークによる感染のリスクがクローズアップされた.サージカルスモークとはエネルギーデバイスを使用した際に立ち上る煙を指し,有害な化学物質や生存する細菌・ウイルスを含む可能性があるため,患者や医療従事者に健康被害や感染等のリスクがあることが知られている.COVID-19のpandemic初期には,腹腔鏡手術は,サージカルスモークが術中や手技終了後にトロッカーから漏れ出すchimney効果のために,医療従事者への感染のリスクを増加させると考えられた18).しかしながら,その後の知見により腹腔鏡手術は患者や医療従事者に対するSARS-CoV-2感染伝搬のリスクを増加させないことが明らかとなった19).現在,腹腔鏡下手術は,患者に対する利益が明らかであり在院日数を短縮する場合に,PPEや排煙装置の使用を含む適切な感染予防策のもとに施行すべきとされている20).
VII.おわりに
COVID-19のpandemicは外科診療にも大きな影響を与えたが,その影響の全貌は未だ不明な部分が多い.大規模データベースの解析を含む情報の分析と公開が急がれる.ワクチンの普及によりpandemicの終息に向けた光が見え始めた段階にあるが,今後変異株による感染患者数の再増加や別の新たな病原体によるpandemicの可能性は十分に考えられる.今回の経験によって得られた知見をもとに次への備えを万全にしたい.
利益相反:なし
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