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日外会誌. 122(6): 613-617, 2021

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特集

コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて

5.COVID-19の外科診療への影響 1)外来

大阪大学 消化器外科

土岐 祐一郎

内容要旨
コロナ感染の感染爆発の初期には,各病院で診察延期や電話処方箋などにて外来再診患者の絶対数を減らす試みが行われた.一方で患者自身も院内感染を恐れ受診抑制やがん検診を受けない傾向にあった.この様な受診抑制は,癌の進行など重篤な予後の増悪を招くものであり,決して不要不急でないことを理解してもらう必要がある.その後,外来患者数は回復したが,院外からのウイルスの持ち込みを防ぐための,入り口での問診,検温,アルコール消毒は一般化し,面会制限をしている病院も多い.救急外来での感染リスクは高く,サージカルマスク,フェイスガード,PCR検査などの対策が必須である.病院クラスターの発生を防ぐためには外来での感染予防は極めて重要である.今後は警戒を続けながら,ワクチンの普及による収束に期待される.

キーワード
COVID-19, 受診抑制, 電話処方箋, 感染対策

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I.はじめに
2020年4月7日にCOVID-19の感染爆発による緊急事態宣言が7都府県に対し初めて発令された.当時の一日の感染者数は300人台で今から振り返るとさほど多いとは言い難い.しかし,欧米の様子として,都市のロックダウンや医療崩壊,多数の医療関係者が感染にて死亡し,病院の廊下まで患者であふれて医学生を動員して診療を行うような状態が伝えられると,日本全体で一般社会も医療界もパニックに陥った.その結果,最大レベルの厳戒態勢と人々の恐怖心が幸いして第1波は比較的早期に収束した.その後も感染は断続的に8月の第2波,12月~2021年1月の第3波,2021年4月の第4波と感染は続き,感染患者数や死亡者数はむしろ回を重ねるごとに大きくなる傾向にある.2021年3月からの医療従事者に始まるワクチン接種が,現在,高齢者そして全年齢層へ進められているが新規感染者の減少には至っていないのが現状である.

II.COVID-19感染対する外来受診の対策
COVID-19の実態が良く分かっていない第1波の時には,とにかく病院内への人流を抑制する目的で外来患者の受診制限が行われた.新型インフルエンザの時の経験ですぐに発熱外来や外来の患者動線の制御は比較的スムースに行われた.これに加えて再診患者の受診の延期,エアロゾル発生の危険性のある内視鏡検査や呼吸機能検査の中止,耳鼻科や歯科外来の停止,また,厚生労働省より時限的な措置として電話やファクシミリによる処方箋の発行,電話やオンラインによる診療,等が認められて各病院にて実施された(図1).病院入り口での非接触検温,発熱等の問診,アルコール等による手指の消毒,マスク着用の依頼などが始められた.第1波の時はPPEの不足が深刻で手作りのマスク,ガウン,フェイスシールドもしばしば使用された.PPEの不足はほぼ改善され,受診制限も解除されているが,現在なお外来入り口での警戒は続いている.外来診察は長時間,そして多数の患者と接することから医師にとっても感染リスクが高いので,付き添い人数の制限,診察室の換気や消毒も大事である.感染疑いでなくても外来ではサージカルマスクを着用し,患者にもマスク(できれば布マスクではなく不織布マスク)の着用を徹底している.患者と医療者の両方がマスクをしていればのちに感染が発覚しても濃厚接触に該当しないが,マスクをしていない感染患者を診察するとマスクをしていても医師自身が濃厚接触者になり14日の自宅待機になる.濃厚接触による医療者の自宅待機が連鎖的に発生すると病院の機能停止になるので,感染は勿論濃厚接触者になることを避けるという意識も重要である.
当初よりわが国ではPCR検査よりも,誰でも何時でも常に感染の可能性はあるとしてスタンダードプレコーションに力を入れる傾向にあった.しかし,全身麻酔を伴う外科手術に関しては,麻酔時や術後の処置においてエアロゾルの発生のリスクが高く,海外で医療関係者,特に外科医の感染が数多く報告されたこと,また,患者も重症化のリスクが高いことから,症状がなくとも予防的にPCR検査を行うべきと考えられた.外科学会中心に要望がだされ予防的PCR検査についても現在保険適応が認められて,幅広く行われている.救急外来や出産に関しても感染拡大のリスクが高いので予防的なPCR検査が推奨されるであろう.

図01

III.検診の減少と受診抑制
外来患者の減少は病院が積極的に誘導したこともあるが,一方で患者自身が行動抑制として病院外来や検診の受診を減らしたことも大きく影響した.例えば,大阪大学では年間の初診患者は21,308名から18,035名(85%)へ,入院患者は21,663名から20,408名(94%)へと減少している.がん検診に関しては日本対がん協会のデータによると2020年には年間を通じて約30%,感染の顕著であった4月5月には80%以上の減少がみられた(図21).手術件数に関しては,第1波の時には病院として手術件数を制限していることが多かった.その後は積極的に手術を制限することは無くなっていたが,感染の第4波の激しかった大阪では大阪府より不急の手術を制限するように申し入れがあった.第1波の後は日本全体ではそこまで強い手術制限はないが,院内クラスターやICUの不足により一時的に手術制限を行っているところもある.関連病院を含む大阪大学の集計では,2020年の各臓器の癌の切除手術数は,胃癌84.1%,食道癌88.1%,大腸癌91.8%,肺癌91.6%,乳癌95.2%,肝臓(原発+転移)99.6%,膵臓癌112%,と検診,特に内視鏡検診の減少による消化管癌手術の減少が多く,検診発見の少ない肝胆膵癌においては減少の割合は低かった.一方で腹膜播種や癌による腸閉塞の症例はあまり減少していなかった.今後NCDなどを通じて日本全国の動向が明らかになると期待される.
受診抑制によるがんの予後の悪化が想定されている.イギリスの試算では有症状(緊急ではないいわゆる2週間受診ルールの患者)に対して3カ月診察が遅れた場合,10年生存率が胃癌,肺癌,卵巣,頭頚部,脳腫瘍で18%以上悪化すると理論上推定されている2).一方,乳癌,前立腺癌,甲状腺癌では5%以下と算出されており,進行の早いがんと遅いがんの癌腫で大きな差があると考えられる(表1).また,検診についてはoutcomeの推測は難しいが,前述の対がん協会では1年間で2,100人の診断遅れを算出しており1),将来,進行癌となる可能性が危惧されている.またカナダの乳癌では3カ月の検診の延期で310人の進行癌の増加と,110人の乳癌による死亡の増加を推測している3).長期間のデータが必要になるが,手術件数の減少をみると癌の進行による予後の悪化はCOVID-19の直接の犠牲者に違いぐらいの数字になるのかもしれない.
受診抑制の最も顕著なものとしてセカンドオピニオンの減少がある.自施設では2020年度(279名)は2019年度(386名)に比べて28%も減少していた.人流を止めた結果で当然といえば当然であるが,セカンドオピニオンは患者の権利であり,それが大きく障害されていることを示す数字である.遠方からの患者が多いこともありいくつかの施設ではオンライン診療でのセカンドオピニオン診療を行っている.

図02表01

IV.ワクチン接種と外科診療
手術予定あるいは手術後であってもCOVID-19ワクチン接種は前向きに検討すべきである.ただ,接種後特に2回目の後はかなりの確率で発熱,筋肉痛,全身倦怠等の副反応がみられるので待機手術の場合,接種後2,3日は手術を予定しないほうが無難であろう.また,がん患者で外来で薬物療法を行っている場合,薬剤投与予定日から2,3日前から,骨髄抑制が想定される期間はワクチン接種を避けたほうが良いと思われる.詳細は3学会合同のQ&Aを参照されたい4)

V.おわりに
COVID-19の外科医療への影響は計り知れないものがある.今後ワクチンの浸透で小康状態になると思われるが,変異株の出現とそれに対する新たなワクチン開発との繰り返しで,真の意味で通常の風邪のような病気になるのには数年かかるであろう.一方で,今季のインフルエンザが極めて少なかったように今後ウイルス対策としての人々の行動変容は定着するに違いない.いわゆるポストコロナの生活の変化である.話は飛ぶが,個人的に最も心配しているのはポストコロナでは外科医志望者が減るのではないか?若者全体が内向きのコミュニケーションとなった時に外科の魅力が伝えられるか?ということである.

 
利益相反:なし

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文献
1) 日本対がん協会ホームページ. https://www.jcancer.jp/news/11952(アクセス日:2021年5月)
2) Sud A , Torr B , Jones ME , et al.: Effect of delays in the 2-week-wait cancer referral pathway during the COVID-19 pandemic on cancer survival in the UK:a modelling study. Lancet Oncol, 21: 1035–1044, 2020.
3) Yong JH , Mainprize JG , Yaffe MJ , et al.: The impact of episodic screening interruption: COVID-19 and population-based cancer screening in Canada. J Med Screen, 28(2): 100-107, 2021.
4) がん関連3学会(日本癌学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会)合同連携委員会 新型コロナウイルス(COVID-19)対策ワーキンググループ(WG),新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とがん診療についてQ&A -患者さんと医療従事者向け ワクチン編 第1版-. http://www.jsco.or.jp/jpn/index/page/id/2377(アクセス日:2021年5月)

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