日外会誌. 122(6): 594-599, 2021
特集
コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて
2.わが国のCOVID-19パンデミックの状況
川崎市健康安全研究所 岡部 信彦 |
キーワード
COVID-19, 新型コロナウイルス感染症, 緊急事態宣言, まん延防止重点措置
I.はじめに
本誌より,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)特集企画の一端として執筆依頼をいただいたのが2021(令和3)年2月で,その時のタイトルは「わが国のCOVID-19パンデミックの総括」であった.しかし,原稿締め切りの5月末は,全国9都道府県に緊急事態宣言が,8県にまん延防止重点措置が発令されている状態であり,とても「総括」をできる状況ではなく,タイトルを「わが国のCOVID-19パンデミックの状況」と改めさせていただいた.本誌発行の11月頃には,状況が落ち着いていることを心から願っている.
II.事の発端
中国で原因不明肺炎のアウトブレイクが発生したとの報に著者が初めて接したのは,2019年12月31日のPro MEDという感染症ネット情報“Undiagnosed pneumonia – China”で,2003年に世界が震撼したSARS(severe acute respiratory syndrome)発生を思い出させるものであった.WHO(World Health Organization)は2020年1月5日にこの状況を公表し,厚生労働省健康局結核感染症課は「中華人民共和国湖北省武漢市における非定型肺炎の集団発生に係る注意喚起について」とする事務連絡を1月6日に発している.1月9日,WHOは,中国より原因ウイルスは新たなコロナウイルスであるとの情報,1月11日にはその全遺伝子配列の情報を受け,1月12日にこれを公表した.わが国では,このウイルス遺伝子情報が公開されたことによって,国立感染症研究所でPCR(polymerase chain reaction)検査法につき全地方衛生研究所に連絡,1月16日に国内第1例目が検知された.WHOは1月30日,国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern:PHEIC)であると宣言し,わが国では感染症法の「指定感染症」(二類相当)および検疫法の「検疫感染症」に指定し,2月7日より実施した.
III.国内流行状況(図1)1)
1)くすぶり状態から増加への懸念:2020年2月~3月中旬
中国は患者急増と医療崩壊から1月23日に武漢市を封鎖.北イタリア,韓国,イラン,スペインならびにニューヨークを中心とした米国での患者急増に比して,日本国内では2月から3月にかけての患者発生数は少なく,くすぶり状態であった.大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が洋上で感染者が確認され,2月3日に横浜港に停泊して国内外の注目を浴びた.検疫,船内隔離,感染者の国内医療機関への入院等が行われ,残念ながら死亡者の発生等もあったが,本船に関連した国内での二次感染の発生はなかった.その後さっぽろ雪まつり,屋形船での新年会など人が集まるところでのクラスター発生,院内感染事例なども確認され感染者数は増加した.
2月11日WHOは新型コロナウイルスによる感染症についてCOVID-19(coronavirus disease 2019)と命名,国際ウイルス分類委員会が原因ウイルスについてSARS-CoV-2(SARS coronavirus 2)と命名した.またWHOは3月11日,COVID-19についてパンデミック(世界的大流行)とみなした.
2)初めての緊急事態宣言から解除まで:2020年3月中旬~5月下旬
3月13日,新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正され,COVID-19新型コロナウイルス対策は同法に基づいて行われることになった.
関東首都圏・関西都市圏ではことに3月の連休後から感染者が増加し,医療機関の逼迫の回避等を目的として,4月7日,政府は7都府県を対象に初めての緊急事態宣言を発令し,その後対象を全都道府県に拡大した.3密の回避,不要不急の外出自粛,テレワークの導入,人流の7~8割減等が打ち出された.次第に新規感染者数は減少し,入院病床,宿泊療養施設等にも余裕が出てきたため,5月14日に39県,5月25日に全面的解除が行われた.
3)国内小康状態:2020年5月下旬~6月中旬
国内の感染者数は全国的に少数で推移したが,世界全体として感染拡大が続いた.
4)国内再拡大から再び減少傾向へ:2020年6月下旬~10月中旬
都内のいわゆる夜の街における接待を伴う飲食店でのクラスター発生が明らかとなり,また恐らくはそこを起点として全国都市圏への拡大傾向が7月から8月にかけて顕著となった.新規感染者数は3~5月の状況を大きく上回るものの,20~40歳代の若年者層を中心とし重症者は少なく,4~5月のような緊急事態宣言は行われなかった.感染の拡大は7月末~8月初頭をピークとして,その後減少傾向となったが,全体として「下げ止まり」という状況で推移した.
5)下げ止まりから再び増加傾向,感染者急増から医療機関の逼迫,二度目の緊急事態宣言:10月下旬~年末年始~2021年3月中旬
欧米諸国では再び感染者数が急増し,日常生活の制限,ロックダウンなどの厳しい対策が取られる中,国内では主に大都市を中心にして感染者発生状況は増減を繰り返していた.対人口比で見れば欧米諸国より著しく低い感染者数,死亡数であるものの,10月下旬から再び増加傾向に転じ,12月には首都圏を中心に過去最多の状況が継続した.また,重症者・中等症者を受け入れる医療機関のみならず,軽症者を受け入れる宿泊療養施設なども,受け入れの調整が難しくなり,その影響を受け手術予定や一般救急患者受け入れなどにも支障が出る「医療の逼迫」地域も出るようになってきた.こうした状況から,2021年1月7日,2回目の緊急事態宣言が東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県に発令された.さらに1月13日に,対象は11都府県と拡大した.飲食店・カラオケ店の営業時間短縮要請,地域住民の20時以降の外出自粛要請,企業へのテレワーク徹底要請,イベントの開催要件厳格化などが求められたが,第1回目の緊急事態宣言での,全都道府県対象,人流80%減少の呼びかけ,学校の一斉休校,不要不急の都道府県をまたぐ移動をしないよう要請,イベント等の入場制限などの対応を取るよう求めたものに比してそれほど厳格なものではなく,地域も限定的であった.人の流れと,飲食の場における行動がクラスター発生に大きな影響が与えているということが明らかになってきたため,より限定的に集中的に行うという考えに基づいたものであった.
年末年始の人の流れの減少や仕事の休み,それに伴い人々の行動の変化等からやや減少を見せた状況に後押しを加えたような形で,1月に入ってからの新規患者数などはかなりの低下傾向となったが,医療機関での入院患者数・重症者数の減少にまでは至らず医療の逼迫状態は続いた.また患者数の減少もやや横ばい状態となったことなどから,状況が明らかに改善した栃木県を除き,緊急事態宣言の期間を3月7日まで延長,さらに関東首都圏については3月21日まで延長された.この間,飲食店などでの行動がクラスターの原因であったものが高齢者施設等のクラスターに変化し,それにとなって年齢層も20~40代の割合が減少するとともに,高齢者での感染者数が増えてきたという,これまでの異なったフェイズになってきた.
6)一時の減少からリバウンド,まん延防止重点措置と三度目の緊急事態宣言:3月下旬から6月中旬
1月上旬をピークとして急速に減少したものの,2月中旬~3月中旬は「下げ止まり状態」となり,緊急事態宣言後から宮城県,大阪府を中心とした関西方面,4月には関東首都圏,中京圏などでリバウンドが発生した.市町村など地域を限定し,感染状況が深刻なステージ4に入らないように早めに対策をとれるようにしたまん延防止等重点措置が16都府県に,またその後の感染の拡大からこれら16都府県のうちなどから,10都道府県が緊急事態宣言の対象地域となった.全国的には5月の連休が過ぎたあたりがピークで減少傾向となり,6月20日現在,緊急事態宣言は沖縄県1県,東京を含む7都道府県は緊急事態宣言かまん延防止となり,埼玉県,千葉県,神奈川県はまん延防止措置期間が延長となった.
IV.感染者の年齢分布,予後(図2)2)
国内における感染者の年齢分布は,20歳代をピークに,30歳代,40歳代と次第に減少していくが,一方致命率(表では死亡率)は10歳未満~30歳代は0%,40歳代0.1%,50歳代0.3%,60歳代1.3%で,70歳代4.8%と急上昇する.性別はやや男性の方が多くなる.理由はまだ明らかになっていないが,幼小児の発症,重症者は極めて少ないことが国内外から報告されている.
2021年6月13日現在,世界全体でのCOVID-19確認例は1.76億人,死亡は380万人,致死率は2.16%となっている.なお季節性インフルエンザは年間8~16億人発生し,29~65万人死亡しているといわれるので,COVID-19は,季節性インフルエンザほどの流行ではないが,いったん感染を受けると高齢者を中心に死亡者が多くなるといえる.
国内では同じく6月13日現在,感染確認例は,77.6万人,死亡例は14,023人で,国内感染者における致死率は1.80%となっている.人口100万人当たりの感染者数は,米・仏・アルゼンチン・ブラジル・イタリア・イギリスなどの1/10~1/20程度となっている.
V.変異株の出現
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム配列情報が公表されて後,直ちにPCR法による抗原診断が世界中で使用できるようになり,またワクチン研究者は直ちに遺伝子工学的手法を用いたワクチンの開発導入に取り組み,1年を経ずして新規ワクチンの実用化に至ったことは素晴らしい科学の進歩の結果だといえる.またウイルスの詳細な分析は,直ちにゲノム配列の変化が読み取れるようになり,変異の把握も迅速に行われるようになった.一般的にウイルスは増殖や感染を繰り返すうちの遺伝子の変化は常に生ずるものであり,コロナウイルスも約2週間に1か所程度の変化がどこかの部位で生じている.その中で,これまでの流行株に比べて感染・伝播性や獲得免疫の効果に影響があるとされる新規変異株が相次いで報告されている.代表的なものが英国株(α株),南アフリカ株(β株),ブラジル株(γ株),フィリピン株(θ株),インド株(δ株)である.なかでもα株は英国内で急速に増加し,その後世界的に感染拡大を起こした.わが国おいてもいわゆる4波の途中から関西方面で従来株からα株に置き変わり,6月14日現在日本国内でほぼ主流となりつつある.α株は従来株と比較して実効再生産数が43~90%高い3)
4),死亡リスクを55%上昇させる5),mRNAワクチンの効果には大きな差はないなどとの報告があるが6),新規変異株症例の疫学的特性についてはまだ十分に解明されてはいない.関西方面の第4波では,若干重症者の若年化がみられ,クラスター内での早期感染拡大がみられたとの報告もあるが,致死率などには変化がみられていない.今後全国的なコロナウイルスに関するゲノム解析を進める一方,「変異した」ということのみに注目をするのではなく,精緻な疫学データとウイルスデータも突合せを行い総合的に解釈することが必要である.
VI.おわりに
対策は国・地域によって異なるが,法に基づいた強い強制力を持って大規模なロックダウンを繰り返して行っている国は洋の東西を問わず多く,日本的な「自粛」によりある程度コントロールされている国は少ない.ワクチンについては自国産がないため導入が遅れ,また初期には絶対量の不足や輸送・温度管理などの点から不足感に輪をかけたが,2月17日より医療従事者,4月12日から高齢者への優先接種がはじまり,使用ワクチンは6月13日現在ファイザー社およびモデルナ社のmRNAワクチン,承認ワクチンとしてアストラゼネカ社のアデノウイルスベクターワクチンが加わっている.6月13日現在国内で少なくとも1回接種を受けたのは1千8百万人近くになっており,これから院内感染,高齢者の重症者数は一定程度減少していくことが期待される.
ワクチンの普及などによって,重症患者の減少が期待されるところであるが,異例の速さでワクチンの導入などがされたが一方では,変異ウイルスの出現など新たな課題も生まれてきている.また,新たな感染症の出現,対策という基本的な「人の病」への対応だけではなく「社会の病」となり,問題は複雑化してしまった.
このウイルスが社会から消え去り,感染者が皆無になることは極めて考えにくい.この疾患に対してどの程度の発生であれば,注意をしながら通常に付き合えるかについて多くの人の理解を得られた時が“with Corona”の時代になるのではないだろうか.そのためには,医療面では重症者(重症になりそうな人)に適切な医療,尊厳ある看取り,通常医療の維持ができていることが必須であり,人々には感染を拡大しないための基本的な注意,人への心遣いや思いやりを求めなくてはいけない.
他の感染症も含めて「注意をすれば普通の生活ができるようになる」時が早く来ることを心から願っている.
利益相反:なし
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