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日外会誌. 122(5): 568-571, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(3)「≪緊急特別企画≫パンデミック状況下における外科診療と教育」
5.COVID-19パンデミックにおける地域中核病院の外科診療の実際

宇治徳洲会病院 外科

水野 礼 , 竹内 豪 , 三村 和哉 , 仲原 英人 , 我如古 理規 , 橋本 恭一 , 日並 淳介 , 長山 聡 , 下松谷 匠 , 久保田 良浩

(2021年4月9日受付)



キーワード
COVID-19, 地域中核病院, 外科医療, 緊急手術, 待機手術

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I.はじめに
2019年11月に中国武漢に端を発したCOVID-19感染症は,世界的パンデミックを引き起こした.わが国でも2020年1月以降,感染者数の増加を認め,日本外科学会は,適切なトリアージを行った上での不要不急の手術の延期の検討を提言した1).その結果,検診・内視鏡検査の一時休止,手術や救急患者の受け入れ制限や,患者の受診控えなど,外科医療を取り巻く環境は大きく変化した.京都府では,2020年3月よりCOVID-19感染者数の増加を認め,2020年4月17日~5月21日の間,緊急事態宣言が発令された.当院は,京都府山城北医療圏(人口約43万人)に位置し,地域がん診療連携拠点病院,救急救命センター,京都府災害拠点病院,地域医療支援病院などの指定を受ける473床の病院で,年間約1,200件(全身麻酔約1,000件)の消化器外科手術を行う地域中核病院である.当院は,COVID-19パンデミック期においても,十分な感染予防対策下に,救急患者の受け入れ制限や手術制限は行わない方針のもと,通常運営を継続してきた.

II.目的と方法
①COVID-19が地域中核病院の外科医療に及ぼした影響を調べるために,緊急事態宣言発令の前後4.5カ月間に,当院で外科手術を受けた患者の背景,緊急手術の割合,良性疾患,癌患者の特徴について後方視的検討を行った.②COVID-19が大腸癌手術に及ぼした影響を調べることを目的に,緊急事態宣言の前後4カ月,および,時期的な症例数の変化を考慮に入れるため,その前年の対応する期間(Period 1:2018/12/18~2019/4/16, Period 2:2019/4/17~8/14,Period 3:2019/12/19~2020/4/16, Period 4:2020/4/17~8/14)の大腸癌患者背景を後方視的に観察した.

III.結果
1.COVID-19パンデミック期には,緊急手術が増加した.
当院における総手術件数は,緊急事態宣言の前後(前/後:369/365件)で変化を認めなかったが,待機手術が減少し(前/後:302/252例),緊急手術は著明な増加を認めた(前/後:67/113例).待機手術では,鼠径ヘルニアや肛門疾患などの良性疾患の減少が著明であったが,胆石症に関しては変化がなかった.一方,悪性疾患は緊急事態宣言後に僅かに減少する程度であった.患者の流れを調べるために,緊急手術を受けた患者の居住地と当院との直線距離を測定したが,有意な変化は認めなかった(表1).COVID-19陽性患者の手術は1例もなかった.
2.COVID-19パンデミック期には,閉塞性大腸癌が有意に増加した.
緊急事態宣言の前後,および対応する前年度を比較すると,各期間における大腸癌患者数,性別,年齢,腫瘍局在には大きな変化は認めなかったが,緊急事態宣言後に相当するPeriod 4で,腸閉塞を来した閉塞性大腸癌患者数が約2倍に増加した.下部消化管内視鏡が腫瘍部を通過しない亜閉塞状態を含めると,Period 4では,全手術症例の約2/3で閉塞を認めていた.また,Period 4では,下部消化管内視鏡施行件数・外来患者数の減少を認め,検診発見の大腸癌は1例も認めなかった.一方,腹痛・腹部膨満・嘔吐・下血などの腹部症状を契機に発見された症例が約2倍に増加した.患者の居住地と当院との直線距離に有意な変化は認めなかった(表2).

表01表02

IV.考察
当院では,地域中核病院としてCOVID-19パンデミック期に,手術制限や救急受け入れ制限を行わなかった結果,手術件数に大きな変化を認めなかったが,待機手術が減少し,緊急手術が増加するという急性期疾患へのシフトを認めた.パンデミック期に外来患者数が減少したことや,患者居住エリアに変化がなかったことを鑑みると,この急性期疾患の増加傾向は,近隣の住人の受診控えにより,本来はより早期に対処されるべき疾患が,より重症化したことによる可能性が示唆された.今後,同様の状況下において,受診控えによって症状が増悪する前に対応するシステム(オンライン診察や電話相談)を検討する必要があると考える.一方,外科医の立場から考えると,手術件数に変化がない状態で緊急手術が増加し,またPCR検査などの検査,COVID-19陰性が確認されるまでの擬似症としての対応など,より多くの負担がかかったと考えられる.このような緊急事態下においては,人員を集約する,効率的なチーム医療の導入など,外科医の負担を軽減する方策を検討する必要があると考える.
一方,悪性疾患においては,COVID-19パンデミック期には閉塞性大腸癌が有意に増加した.Turagaらは,4週間の手術待機期間の延長が,大腸癌患者の予後に影響を及ぼすと報告している2).コロナ禍において,検診発見の大腸癌が減少し,有症状大腸癌が有意に増加したこと,患者居住エリアに変化がなかったことを考えると,悪性疾患においても,患者の受診控えや健診業務の休止による早期発見の遅れなどが影響した可能性が考えられた.今後,未曽有のパンデミック下においても,郵送による便潜血検査の普及など癌検診を停滞させないシステムや啓蒙活動,十分な感染対策下に確実に検査を行うシステム作りが重要であると考える.

V.おわりに
COVID-19の世界的パンデミックの教訓を生かして,今後,未知の感染症が蔓延した際に,安心・安全な外科医療を提供できるシステム作りが必要である.

 
利益相反:なし

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文献
1) Mori M , Ikeda N , Taketomi A , et al.:  COVID-19:clinical issues from the Japan Surgical Society. Surg Today, 50(8): 794-808, 2020.
2) Turaga KK , Girotra S : Are We Harming Cancer Patients by Delaying Their Cancer Surgery During the COVID-19 Pandemic? Ann Surg, 2020. doi:10.1097/SLA.0000000000003967.

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