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日外会誌. 122(5): 494-498, 2021

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リキッドバイオプシーの現況と展望

日本医科大学 消化器外科

山田 岳史 , 太田 竜 , 松田 明久 , 園田 寛道 , 進士 誠一 , 吉田 寛

内容要旨
血液をはじめとし,体液中には様々な核酸や腫瘍細胞が存在し,これらを用いた検査をLiquid biopsyと総称する.Liquid biopsyではCirculating tumor cell(CTC),circulating tumor DNA(ctDNA),exosomeを利用するが,ctDNAの研究が最も進んでいる.single-cellのRNA解析技術が開発されたため,今後CTC研究から様々な新知見が得られることが期待されており,exosome内のDNAはctDNAと比較して断片化が軽度であり,半減期が長い可能性があることから,これまでctDNAではできなかったLiquid biopsyを用いた悪性腫瘍の早期診断への応用が期待されている.Liquid biopsyは,空間的・時間的heterogeneityを同定することによる薬剤感受性の判断や,根治切除後の微小転移(Minimal residual disease:MRD)の有無に基づいた予後リスクの判定,等で臨床応用が期待されている.MRDの有無により術後補助化学療法の必要性や治療期間を個別化できる可能性があることから世界中でMRD研究が行われている.

キーワード
Liquid biopsy, circulating tumor DNA (ctDNA), circulating tumor cell (CTC), Precision Medicine

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I.はじめに
血液をはじめとし,体液中には様々な核酸や腫瘍細胞が存在し,これらを用いた検査をLiquid biopsyと総称する.Liquid biopsyの利点は低侵襲であることと,heterogeneityを診断できること,画像上同定できない微量の腫瘍細胞の存在を同定できることにある.本稿では主に悪性疾患,特に大腸癌におけるLiquid biopsyの現況と展望を概説する.

II.Liquid biopsyの種類
1)Circulating tumor cell(CTC)
CTCは血中に存在する腫瘍細胞である.固形腫瘍からは毎日大量のCTCが血流内に遊離するが,その大半は血流内で機械的損傷や酸化ストレス,免疫細胞からの攻撃により死滅するため,その半減期は1~2.4時間と短い1).現状では,遺伝子変異を検出する感度はcirculating tumor DNA(ctDNA)よりも低いが2),CTCを用いてmRNAやタンパクの解析が可能と考えられ,世界各地で開発が行われている.現在,臨床応用では後述のctDNAに遅れをとっているが,single cellのRNA解析技術が開発されたため今後の発展が期待される.
CTCの解析はまずCTCを濃縮する過程から始まる.濃縮法は生物学的手法(EpCAM等のタンパクマーカーを用いた濃縮)と物理学的手法に分類される.物理的手法には,一般にCTCは血球細胞より大きいことから,このサイズの差を用いる方法,細胞密度の差を用いる方法,細胞の変形能の差を用いる方法,電気学的特性の差を用いる方法等が含まれる.これらの手法を併用することも可能である.
濃縮した後にCTCを同定するが,免疫学的手法,分子生物学的手法,機能解析による手法がある.RAS変異を有する大腸癌では,回収したCTCからDNAを抽出してRAS変異を同定することでCTCが回収されたことを確認できる.しかし,後述するように悪性腫瘍にはheterogeneityがあるため,RAS変異型腫瘍内にもRAS野生型クローンは多数含まれ,RAS変異がないからといってCTCではないとは断定できない.
CTCを培養細胞株として樹立したり,マウスに移植したりすることにより,抗がん剤感受性試験等,臨床上有益な実験系が確立できるが,通常これらを樹立するためには数百個のCTCが必要であるのに対し,現行の方法では多くて数十,多くの症例では数個のCTCしか回収できない.
2)Circulating cell-free DNA(cfDNA)とcirculating tumor DNA(ctDNA)
現在Liquid biopsyの材料として最も利用されている.大腸癌でRAS変異を検出するOncoBEAMTM RAS CRCキットが,肺癌でEGFR遺伝子検査が保険承認されている.一般に血液内に存在するDNAをcfDNAと呼び,cfDNAのうち腫瘍細胞由来であるものをctDNAと呼ぶ.健常人のcfDNAの濃度は1~10 ng/mLであるが3),悪性腫瘍患者では増加する4).cfDNAの90%以上は正常細胞に由来すると考えられている.apoptosisあるいはnecrosisをおこした細胞がマクロファージに貪食され,循環血流に流入したものがcfDNAである.健常人のcfDNAはapoptosisをおこした血球,消化管細胞,皮膚細胞から由来するが,血球由来が最も多い.血流内に大量に存在するDNA分解酵素によりcfDNAは速やかに分解されるため半減期は数分~数時間と短い.apoptosisにより生じるcfDNAは180 bp以下(short fragment)に断片化されてから血流に流入するのに対して,necrosisによって生じるcfDNAの長さは様々であるため,数百から数万bpと長いlong fragmentはnecrosis細胞由来である.長いcfDNAほど分解に時間を要するためnecrosisが起こるとcfDNA濃度は高くなる.
3)Exosome
細胞外小胞(Extracellular vesicles)は細胞間のコミュニケーションに使用され,その中でも直径50~100nmの小胞はexosomeと呼ばれ,DNA,mRNAやmicroRNA(miRNA),タンパクを内包する.cfDNA/ctDNAが死んだ細胞から放出されるのとは異なり,exosomeはすべての生きている細胞から放出される.cfDNA/ctDNAと同様に腫瘍細胞だけでなく,正常細胞もexosomeを放出する.血中には大量のDNA分解酵素が存在するため,cfDNA/ctDNAは速やかに断片化され,その半減期は短いが,exosome内のDNAはDNA分解酵素に直接接触しないため,比較的長期に保存されると考えられている.
これまでの研究成果からcfDNA/ctDNAは,がんの早期発見には向かないと考えられている.進行がんと比較して早期がんはapoptosisもnecrosisもその頻度は少ないため当然の結果と考えられる.一方,exosomeは生きた細胞から放出され,かつ半減期も比較的長いと考えられるため,がんの早期診断への応用が期待されている.

III.2種類のheterogeneity
腫瘍巣にはgenomic profileが異なる様々な腫瘍細胞が混在し,また浸潤,転移あるいは治療により新たな変異を獲得する(genomic evolution).腫瘍内では部位によるheterogeneity(intra-tumor heterogeneity)があり,原発巣と転移巣でもheterogeneity(inter-tumor heterogeneity)がある.これら空間的heterogeneity(spatial heterogeneity)は治療耐性の原因となる.さらに治療の修飾による変化である時間的heterogeneity(temporal heterogeneity)は耐性獲得のメカニズムと考えられている5).空間的および時間的heterogeneityはいずれも腫瘍巣(原発巣)からのサンプリングのみでは診断できないが,繰り返しLiquid biopsyを行うことで診断が可能となる.
大腸癌では,RASの空間的heterogeneityに関する報告6)が数多くあるが,原発巣RAS野生型でLiquid biopsyによりRAS変異が同定される症例は10%程度である.また,RASの空間的heterogeneityが抗EGFR抗体を用いた化学療法の一次耐性の原因であること,時間的heterogeneityが獲得耐性の原因となる7)ことも知られている.RASの時間的heterogeneityは,当初抗EGFR抗体投与例の30%程度で認められると報告されていたが8),われわれの研究では抗EGFR抗体投与例の84%で時間的heterogeneityが認められた7).抗EGFR抗体奏効例のうち約70%が1年以内に耐性を獲得することを考えると,同程度の症例で時間的heterogeneityが同定されると考えた方が理解しやすい.
胃癌ではPD-L1の発現に空間的・時間的heterogeneityがあることが報告されており9),肺癌ではEGFR阻害剤により時間的heterogeneityが生じることが報告されている.heterogeneityの原因はゲノム不安定性に基づくクローンの多様性にあると考えられており,多くの悪性腫瘍に存在すると思われる.

IV.見えない“がん”
他臓器転移を伴わない癌の一部は,根治切除が行われたにもかかわらず再発する.術後補助化学療法を行うことで再発率が減少することは,このような症例の一部に画像上同定できない微小転移(Minimal residual disease:MRD)が存在することを示唆する.ctDNAおよびCTCはいずれも半減期が短いため,これらを用いてMRDを同定できることが報告されている.根治切除が行われ,MRDが存在しなければ,ctDNAおよびCTCはいずれも早期に消失するはずである.われわれの研究では,ctDNAは術後1~2週間で消失する症例が多いことがわかっているが(未発表),MRDの同定は術後4週間後の採血で行われることが多い.
当時は固形癌に対しMRDとういう用語は用いられていなかったが,まず先に報告されたのはCTCを用いた研究である.根治切除が行われたstage Ⅱ/Ⅲ結腸癌を対象とし,術後1週間あるいは4週間後の採血のいずれかでCTCが同定された症例の予後は不良であることが報告されている10).同じグループから,根治切除後に術後補助化学療法が行われたstage Ⅲ結腸癌において,化学療法終了後にCTCが同定された症例の予後は不良であることが報告された11)
CTC研究から遅れること5年,ctDNAを用いたMRD研究が報告された.ctDNAを用いてMRDを同定するには複数の遺伝子のシークエンスを行う必要があり,微量の血中内のDNAを用いたシークエンス技術の開発を待ったための遅れと思われる.ctDNAを用いたMRD同定の有用性を最初に報告したのはTieらであり,stage Ⅱ大腸癌において術後にctDNAが検出されなかった症例における再発率が9.8%であったのに対しctDNAが検出された症例の再発は78.6%と高率であった12).続いて,Reinertらがstage Ⅲ大腸癌においてMRDが再発リスクであることを報告した13).Tieらはstage Ⅱ/Ⅲの大腸癌でMRDが再発リスクであることを改めて報告している14).Stage Ⅳ大腸癌については,大腸癌肝転移肝切除症例においてMRDが再発リスクであることをわれわれが報告しており15),本年TieらもStage Ⅳ大腸癌においてMRDが再発リスクであることを報告している16)
MRD陽性例がMRD陰性例よりも再発率が高いことは前述したとおりであるが,MRD陰性例でも再発例があることには注意を払う必要がある.画像診断では,108~10個の腫瘍細胞があれば腫瘍の存在が同定できる.一方,106個の腫瘍細胞があればctDNAが同定できる可能性があるが,それ以下では同定できない.つまりMRD陰性であるということは体内に存在する腫瘍細胞が106個以下であることを意味するのであって,0であることを意味しているわけではない.この問題の解決には,ctDNAの同定感度を改善する,血液以外のサンプルを用いる,exosome内の腫瘍由来DNAを用いる等の方法が考えられる.
再発例において,再発が画像で同定できるようになる数カ月前からctDNAは同定できることが報告されている17).ctDNAが同定されてから,画像上再発が同定できるようになるまでの期間をMolecular leading timeと呼び,大腸癌では平均9.4カ月であることが報告されている18)ことから,Liquid biopsyは術後のサーベイランスにも有用と考えられている.
再発リスクを判定するためのLiquid biopsyは術前よりも術後に行った方が精度は高いと考えられている.しかし,手術を行った後に化学療法が行われたMRD症例の再発率は低くないため,MRDとなる可能性が高い症例に対し術前化学療法を行うという戦略も考えられる.実際に術前のcfDNA濃度が高い症例はcfDNA濃度が低い症例と比較して予後不良であり,術前のcfDNA量は腫瘍深達度,リンパ節転移の有無,他臓器転移の有無とともに独立した予後不良因子である19).Liquid biopsyの強みは繰り返し行えることであるため,その優位性を生かすためには術前後に行うことが理想的である.

V. おわりに
Liquid biopsyを用いた研究は年々増加している.ナノテクノロジーの発展とともにこの分野の発展の勢いはしばらく衰える事はないと思われるが,MRDの項で述べたように現状では106以下の腫瘍細胞の存在は同定できないため,さらなる技術革新を必要とする.しかしながら,従来の肉眼あるいは病理学的なTNM分類にLiquid biopsyの結果を追加したTNMB(blood)分類が提案される時期が近づいてきていると感じている.

 
利益相反:なし

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文献
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