日外会誌. 122(4): 428-431, 2021
会員からの寄稿
初めての外科教育〜COVID-19禍での完全on-line縫合実習〜
長崎大学大学院 移植・消化器外科 福本 将之 , 小坂太 一郎 , 曽山 明彦 , 日髙 匡章 , 江口 晋 |
キーワード
外科教育, COVID-19, オンライン実習
I.はじめに
筆頭著者は,2019年,第6回日本外科教育研究会参加を契機に,外科教育に魅了され,将来,携わりたいと考えていた.翌年5月,COVID-19禍により,自宅待機下の臨床実習を余儀なくされた医学生に対して,「ピンチをチャンスに」と,当科日髙匡章准教授のアイデアで,全員の自宅へ縫合キット(図1)を郵送し,完全on-line縫合実習が実現した.将来,外科教育に携わりたいという意思表示の甲斐あってか,医師6年目の若手外科医の身でありながら,幸運にも講師を通年で担当することができた.
II.完全on-line縫合実習の内容
カリキュラムは,実習期間2週間,2時間1コマの枠で,郵送した縫合キット(鑷子,持針器,2-0絹糸,3-0絹糸,3-0絹糸針,3-0ナイロン糸針,スポンジ)を用い,WEB会議システムにて,糸結びと器械縫合実習を行った.予め作成した縫合実習用YouTube動画教材にて学生は事前学習を行い,糸結び(両手結び,片手結び,単結紮,外科結紮,男結び,女結び等)と器械縫合(単結紮,埋没縫合,マットレス縫合等)を課題項目とした.学生と講師が同目線となるカメラ配置を行い(図1),手元の画面操作で拡大視を折り込み,音声と動作を一致させた実演と解説で,個人と全体に向け,糸結びに45分以上,器械縫合に約30分程度でリアルタイム指導した.学生の習熟度と習得スピードの差を想定し,個別指導中は,自主練習やYouTube動画教材による学習時間とした.また,針,縫合キットの紛失防止・返却マニュアルの同封や授業内容フィードバックのためのアンケート調査などを行い,初のon-line縫合実習に対して工夫し,翌週以降の実習効率化に役立てた.終了後,学生は,針の紛失がないことを確認し,縫合キットごと,着払い用紙付きのパッケージに梱包し郵送にて返却した.
III.学生の意見と今後の課題
2020年5月より,完全on-line縫合実習を受けた学生数は,92名中80名(87%),で,残りの11名(12%)は,対面式縫合実習,1名は,緊急手術により不参加であった.アンケート回答者は79名(男53名,女26名,回答率86%)であった.実習機材(満足67%,やや満足28%,どちらでもない4%)やYouTube教材利用(推奨73%,やや推奨20%,どちらでもない4%,やや不適切3%),総合満足度(とても満足65%,やや満足34%)等に関する評価や感想を収集した.初めて完全on-lineで実習指導を受けた学生側の意見を反映し実習を継続した.今後は対面式実習生と結果を比較予定である.完全on-line実習に特徴的な電波や音声,画質障害に関する要望に対しては,無線LANの整備,音声出力と講師目線カメラを兼ねたPCをメインPCへ設定,他のSNSやメールなどで自習や待機の指示出しを行うことで対応した.また,手技に伴う身体知・経験知的な技能である暗黙知の説明希望や,詳細な動きをスローにした教材動画の併用,細かいコツや感覚の活字化,可視化,音声化といった要望もみられた.課題項目過多や実習時間が長いという声に対しては,当科教員にアンケートを実施し,次年度以降,糸結び1種類ずつ(両手外科結紮,単結紮,片手結び)と器械縫合1種類(マット レス縫合)に項目を限定し,代わりに,針刺し事故防止の解説や休憩,自学自習時間に充てることとした.ビデオの定点固定や拡大視機能により,見え方(見易さの満足度は,とても満足 48%,やや満足 38%)や個別指導の質は,概ね問題はなかった(個別指導の満足度は,とても満足 70%,やや満足 24%,どちらでもない 6%).
しかし,中には,戸惑う学生側の手元が映せないというパソコン環境の問題もみられ,結果,講義時間延長に繋がり,on-line特有の指導の難しさやデメリットも認められた.なお,指導上の意外な発見としては,完全on-line縫合実習では,対面式と同様に,学生の反応や場の雰囲気から,指導の手応えや機微は十分得られるということ.また,on-line,対面のいずれでも,授業後の生の声を元に,学生の要望を満たし,補っていくことは,実習の効率化や質の向上には欠かせないものと再認識させられた(図2).
なお,本大学が独自に行った2020年度5~6年次生対象のオンライン臨床実習に関するアンケート(回答96名,79%)では,特に良かった診療科(全27診療科)で,見事第1位を獲得し,完全on-line縫合実習は好評価の意見も多く,有用と思われた.
2019年12月以降,オンライン手術トレーニングの本邦報告例は1例のみで3),医学中央雑誌(会議録を除く)でキーワード「オンライン」や「縫合」の1語検索で,COVID-19禍での完全on-line縫合実習の本邦報告例はなく,初となる.海外でも,PubMedを検索した限りでは,COVID-19禍の完全オンライン外科系トレーニングの報告は少数認める程度である4).
IV.おわりに
初めての完全on-line縫合実習の取り組みについて報告した.COVID-19禍により,今後も外科教育の場において対面や手術場での手技の直接指導が叶わない状況が続くことが危惧されるが,学生と指導者が意見交換を行うことで,完全on-lineの外科手技実習は実施可能であると認識した.
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