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日外会誌. 122(4): 375-378, 2021

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特集

直腸癌治療の温故知新

3.側方郭清の意義と今後の展望

横浜市立みなと赤十字病院 大腸外科

大田 貢由

内容要旨
側方郭清は,本邦では1980年代に自律神経温存側方郭清が開発され,排尿障害や性機能障害といった深刻な合併症を回避することができるようになったため,現在でも進行直腸癌に対する標準治療となっている.側方郭清の有効性の検証については,JCOG0212試験が側方郭清に関する世界で唯一の多施設参加ランダム化比較試験として非常に重要である.ただし,この試験ではMesorectal excision(ME)+側方郭清を標準治療として,ME単独治療の非劣性を検証する試験として設計されており,解釈に注意を要する.主評価項目は無再発生存率で,両者の5年無再発生存率はそれぞれ73.4%と73.3%で,検定では非劣性マージンを下回ったため非劣性は証明されなかったが,両者の差はごくわずかであった.一方,局所再発数はME+側方郭清群で有意に少なく,特に側方領域からの再発は大きな差を認めた.側方郭清の短期成績については,有意に手術時間の延長と出血量の増加を認める他,周術期合併症や排尿機能障害,性機能障害で大きな差を認めなかった.側方郭清は,安全におこなえる局所制御の手段として有用だが,JCOG0212試験により,その限界も明らかになった.本邦では,側方郭清のみに頼ることのない,進行直腸癌に対する新しい標準治療の構築が急務である.

キーワード
直腸癌, 側方郭清, 自律神経温存側方郭清, 拡大郭清, 放射線化学療法

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I.はじめに
本邦では,側方郭清が進行直腸癌に対する標準治療に位置づけられている.本稿では側方郭清に関する歴史的背景と現状,JCOG0212試験がもたらしたエビデンスについて概説し,今後の展望について考察する.

II.側方郭清の歴史的背景
直腸癌では上方向リンパ流に加えて,側方向へのリンパ流がある事は二十世紀初頭には明らかにされており1),側方郭清は進行直腸癌に対する拡大郭清として1970年代までは欧米でも試みられてきた2) 3).しかし,拡大郭清には重篤な合併症が多く,有効性に乏しかったため,代わって放射線治療が導入され,数々の前向き試験を経て,標準治療となっていった経緯がある.一方,本邦では拡大郭清4)を経て,1980年代に自律神経温存側方郭清が開発5),導入されたことより,排尿障害や性機能障害といった深刻な合併症を回避することができるようになった.側方郭清を安全に行えるようになったことは非常に意義深く,欧米と違って本邦で側方郭清が行われ続けた最大の理由と考えられる.自律神経温存側方郭清は,開腹手術から腹腔鏡下手術6),ロボット支援下手術7)と変遷してきた現在でも,綿々とその手技は継承されている.
ただし,自律神経温存側方郭清の有効性の検証は遅れた.前向き試験やRCTでエビデンスを蓄積してきた放射線化学療法とは対照的に,JCOG0212試験以前には,側方郭清の効果を検証した大規模前向き研究が存在しなかった.また,小規模前向き試験や後ろ向き報告を集めたメタ解析では,側方郭清の生存率や局所制御における有効性は認められなかった8).さらに,欧米ではQuirkeらの病理学的検討9)から,circumferential resection margin(CRM)が局所再発の最大のリスクであると考えられるようになり,Total mesorectal excision(TME)10)および術前放射線化学療法が標準治療として定着し,側方郭清について評価されることはなかった.

III.JCOG0212試験
JCOG0212試験は2002年に始まった,側方郭清に関する世界で唯一の多施設参加ランダム化比較試験である.この試験は,腹膜翻転部以下のcStage Ⅱ/Ⅲ直腸癌で,側方領域に10mm以上のリンパ節腫大を認めない症例を対象として,ME+側方郭清を標準治療として,ME単独治療の非劣性を検証する試験として設計された.これは,本邦ではME+側方郭清が標準治療とされていたことによるものだが,側方郭清の有効性(優越性)を直接検証するデザインになっていないことは,解釈に注意を要する.主解析の結果は,2017年Fujitaら11)によって報告された.主評価項目は無再発生存率で,両者の5年無再発生存率はそれぞれ73.4%と73.3%で,検定では非劣性マージンを下回ったため,非劣性は証明されなかった.ただし,この結果はintent-to-treat(ITT)解析によるもので,per protocol解析では非劣性マージンを上回っていた.このことは,両群の無再発生存率に,本質的には差がなかったことを示していると考えられる.全生存率,局所無再発生存率についても,両群に有意差は認められなかった.一方,局所再発数はME+側方郭清群で有意に少なく,特に側方領域からの再発は,ME+側方郭清群の4例に対して,ME群で23例と,大きな差を認めた.これは,2020年に報告された長期フォローアップの解析でも同様の結果であった12)
側方郭清の短期成績については,ME+側方郭清群で有意に手術時間の延長(360分 vs 254分)と出血量の増加(576ml vs 337ml)が認められた他,周術期合併症で両群に有意な差を認めなかった13).また,術後排尿機能障害14),男性性機能障害15)についても検討されたが,いずれも両群で有意な差を認めず,排尿機能については腫瘍部位と出血量が,男性性機能障害は年齢が危険因子として抽出された.ただし,中等度以上の勃起機能障害の発生は,ME群よりもME+側方郭清群に多い傾向がみられた.
JCOG0212試験は,CTやMRIで側方領域に短径10mm以上のリンパ節腫大を認めない症例を対象としておこなわれたが,ME+側方郭清群で側方リンパ節転移が7%にみられた.このため,側方リンパ節転移の危険因子についても解析され,年齢(60歳以上),腫瘍部位(Rb)に加えて,画像上の側方リンパ節の短径5mm以上が,多変量解析での有意な危険因子であった16)

IV.側方郭清の今後
側方郭清の有効性を検証する試験が今後行われる可能性はほとんどないため,JCOG0212の結果に基づいて側方郭清の効果について考察し,直腸癌治療における位置づけについてコンセンサスを形成する必要がある.非劣性が証明されなかったため,側方郭清は標準治療として残ることになった.一方,特にJCOG0212の対象症例では無再発生存率に対するimpactがほとんど認められないこと,局所再発の抑制も側方領域からの再発に限られることから,側方郭清は,側方リンパ節転移に対する局所制御として有効な手段と要約できる.このため,第一に,側方リンパ節転移が認められる症例,あるいは高い確率で側方リンパ節転移が存在する可能性のある症例に限って,側方郭清を行うことは妥当と考えられる.ただし,どういった症例を側方郭清の適応とするかについては議論の余地があるため,多施設参加大規模前向き研究を行い,質の高いエビデンスに基づいて決定する必要がある.第二に,JCOG0212試験ではME群の局所再発率は13%と高く,側方郭清も側方領域以外の局所再発を抑制していないことから,側方郭清以外の局所制御手段を検討する必要がある.最も考えられるのは,欧米の標準治療であるTME+術前放射線化学療法を,エビデンスを外挿して本邦でも標準治療として位置づけるという方法である.ただし,術前放射線療法には腸管障害,排便機能障害,性機能障害,2次癌発生などの有害事象があること,本邦には放射線施設やradiation oncologistが少ないこと,側方郭清との併用,住み分けが明確になっていないこと,本邦でのエビデンスが不足していることなどから,大腸癌治療ガイドラインでは,局所再発リスクの高い症例において弱く推奨する,にとどまっている.ただし,強力な抗腫瘍薬の開発に至っていない直腸癌では,新規治療開発の分野においても化学療法単独よりも放射線化学療法を中心に行われていることが多く,本邦でも放射線化学療法のエビデンスの構築やradiation oncologistの育成が急務と思われる.
自律神経温存側方郭清に一定の局所制御効果があることが明らかになったことは,非常に重要な知見と言える.術前放射線化学療法では側方リンパ節転移の制御が不十分である可能性が報告されている17).これに伴い,術前放射線化学療法後の側方リンパ節転移のsalvageとして側方郭清を行う18)といった側方郭清の新しい役割についても検討されるようになった.直腸癌において局所制御は,患者のQOLを維持する上で非常に大きな意味を持っている.重篤な合併症なく局所制御ができる手段の一つである側方郭清は,今後も直腸癌治療の様々な場面で必要とされるはずである.この点で,側方郭清を発展させた本邦の外科医の功績は讃えられるべきで,全ての直腸癌を扱う外科医が継承すべきlegacyといえる.

V.おわりに
側方郭清は安全に行える局所制御の手段の一つとして有用である事は疑いようもないが,JCOG0212試験によりその限界も明らかになった.本邦では,側方郭清のみに頼ることのない,進行直腸癌に対する新しい標準治療の構築が急務である.

 
利益相反:なし

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文献
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