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日外会誌. 122(4): 361-362, 2021

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先達に聞く

日本と欧米の大腸癌診療の違いを理解するために

東京医科歯科大学 

杉原 健一



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日本の消化器外科医療は医療先進国である欧米に肩を並べています.欧米は基督教,一神教,アルファベットを用いており,そこには文化的共通基盤があります.一方,仏教・神道,多神教,漢字・かな文化で育った日本人には潜在意識の中に欧米文化の共通基盤が染み込んでいないため,彼らが暗黙の了解の中で共有している常識を誤って理解している部分があると思います.論文や臨床試験などには表面には現れない基本的共通認識に違いがあることから,その違いを十分に認識しないまま消化器外科診療やがん診療における論文や臨床試験の結果を受け入れると,誤った診療に結び付きかねないため注意が必要です.

I.欧米の教科書や有名医学雑誌に掲載された論文であっても批判的に読み,自分自身で評価する
私は1974年に東京大学医学部を卒業後最初の研究として注腸造影検査を基に結腸憩室症200例を分析し,英文論文にするため大腸憩室症に関する欧米の教科書や論文を漁りました.しかし,欧米では注腸二重造影法を行っていないことから,右側大腸憩室症の記載がいかに不正確であるのかを知りました.これが欧米の教科書や論文を懐疑的に読み始めた始まりでした.
1997年,ミラノでの直腸癌治療シンポジウムでMayo Clinicの外科部長NH先生は手術書を引用しながら,層に沿った直腸授動が必要であることを強調していました.その後,米国での学会でNH先生が紹介した「参考にすべき腹腔鏡下低位前方切除術」の動画ではフック型の電気メスで組織を引っ掛けながらの剥離で,層を全く意識していない手術でした.手術書や講演と実際に行っている手術とは別でした.
米国の有名な腫瘍内科医が大腸癌同時性肝転移約2,500例を分析した研究をJ Clin Oncol に発表しました.同時性肝転移を有する大腸癌の生存率の向上は肝切除率の増加によるものであり,それには分子標的治療薬の導入が関与している,との内容でした.しかし,図を詳細に見ると肝切除率が改善したのはオキサリプラチンの導入時期であり,分子標的治療薬の導入時にはすでに肝切除率は20%を超えていました.
この様に,欧米の教科書を盲目的に信用するのではなく,教科書の記載と実地臨床には乖離があること,また,いかに有名医学誌の論文であっても批判的に読み,自分自身の解釈することが必要です.

II.日本の常識は欧米の常識ではない
1985年に病理研究員としてSt Mark病院にいた時,切除された大腸癌の病理標本作成方法が異なっているのに驚きました.日本では,切除された標本はまず腸管を長軸方向に開き,リンパ節を腸間膜から摘出して分類し,その後にホルマリンに浸します.一方,St. Mark病院では切除された標本は何も処理しないでそのままホルマリンに漬けられます.2~3日後に腸管と腸間膜を切り離し,腫瘍部分は1cm間隔で輪切りにし,腸間膜も1cm間隔で割を入れリンパ節検索を行います.欧米ではこれが標準的病理検査方法です.それぞれ一長一短があり,どちらがより適切なのかを一概に言えないのですが,世界のほとんどの国ではこの欧米方式を採用しています.
この病理検査方法の違いにより大きな問題が派生します.検索されたリンパ節数を日本と米国で比較すると,日本の大腸癌16,865例での検索リンパ節数の中央値は17個で,リンパ節が12個以上検索された症例の割合は68%でしたが,米国の大腸癌116,995例では中央値9個,12個以上検索された症例の割合は37%でした.日本の方が1症例あたりより多くのリンパ節が病理検査されています.1施設で同じ手術をしてリンパ節検査法を日本式と欧米式とを比較したイタリアの研究があります.それによると,検索リンパ節数,リンパ節転移陽性症例数,リンパ節転移4個以上の症例数のどれもが有意差をもって日本式が高い数値でした.つまり,同じ手術をしても病理検査方法の違いにより進行度が異なってくる,つまりstage migrationが起こることが示されました.このstage migrationにより米国のstage Ⅱの中にはstage Ⅲが多く紛れ込み,stage Ⅲは転移リンパ節個数の多い症例の集団であることが推測されます.従って,日本と欧米とでは同じstageであっても真の進行度は異なっていることを理解しないと,欧米の臨床試験の結果を誤って導入してしまいます.欧米での臨床試験の結果から,「stage Ⅲ大腸癌にはオキサリプラチンを含む補助療法を行うべきである」,と日本の腫瘍内科医は主張していますが,stageの中身が日本と欧米では異なることから,欧米のstage Ⅲにはオキサリプラチンが有効であったとしても,日本のstage Ⅲに有効であるか否かは判断できないのです.多くの腫瘍内科の先生方はこの点が理解できないようです.

III.欧米の英語表記を直訳すると異なった意味の日本語になる
本来,日本の腫瘍学では転移性**癌とは他臓器原発の悪性腫瘍が**(臓器)に転移・増殖したことを示します.転移性肝癌とは大腸癌や膵癌,乳癌などから肝に転移した癌であり,転移性肺癌,転移性脳腫瘍も同様です.転移性大腸癌は稀ですが,胃癌,喉頭癌,食道癌などから大腸へ転移した疾患です.一方,2000年に入り大腸癌に効果的な新薬が続々登場し,多くの重要な英文論文が発表されました.それらには「chemotherapy for metastatic colorectal cancer」と記載されています.この英文を日本の腫瘍学を知らず,また,欧米の大腸癌診療の知識の少ない先生方が「転移性大腸癌に対する化学療法」と訳し,講演や製薬企業のパンフレットに使い始めました.論文をしっかり読めばわかるようにmetastatic colorectal cancerとは,「切除不能大腸癌」,「肝や肺に転移した大腸癌」の意味です.
もう一つ間違いやすい英文はearly stage colorectal cancer,advanced colorectal cancerです.直訳ではそれぞれ早期大腸癌,進行大腸癌,となります.日本では早期大腸癌とは浸潤が粘膜下層までに限局した大腸癌を示し,進行大腸癌は固有筋層以深に浸潤した大腸癌です.一方,欧米ではearly stage colorectal cancerはstage Ⅰ~stage Ⅲ大腸癌を,advanced colorectal cancerはstage Ⅳの大腸癌を意味します.従って,英文論文を書く時や翻訳する時はこの点に注意が必要です.

IV.まとめ
上記以外にも医療制度の違いや公的保険制度の違いから異なってくる大腸癌診療も多々あります.この様に日本と欧米の大腸癌診療の違いを知ったうえで欧米の大腸癌診療を評価することが大切です.

 
利益相反:なし

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