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日外会誌. 122(3): 336-340, 2021

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グローバルデータシェアリングによる医療課題の解決~新型コロナからの教訓~

慶應義塾大学医学部医化学教室,国立研究開発法人日本医療研究開発機構初代理事長 

末松 誠

内容要旨
公的研究機関が中央集権的に臨床データを収集して,医療の質の向上を目指す試みは幾多と存在するが,持続可能な研究費の拠出が望めず,データを管理する責任機関の長が交代する中で,従来型のデータベースはサイロ化し陳腐化する運命にある.したがって複数の指導的立場にある研究者からなるデータベースコンソシアムのメンバーが功名心を挟まずに公的利益を目指して持ち回りでデータベースを管理するしくみを構築することは,データを利活用することによって医療の課題を永続的に解決してゆくために不可欠なメカニズムである.複数の医療拠点から収集した情報をデータベース化し,情報を拠出した医療拠点が,そのデータベースをリアルタイムに利用して,現場の医療の質を向上させる仕組みを構築する「広域連携・分散統合」のしくみが医療の課題解決に必要である.

キーワード
データシェアリング, IRUD, 新型コロナウイルス, 広域連携・分散統合

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I.はじめに
世界は巨大な医学的課題を克服する際に幾度となくデータシェアリングを実践してきた.複数の国家を超えたデータシェアリングはヒトゲノム計画,Alzheimer Disease Neuroimaging Initiative(ADNI),などの研究開発で威力を発揮した.また多くの医療分野の中でも,最もデータシェアリングが進んでいる領域として難病・未診断疾患や感染症研究領域が挙げられる.さらに感染症の国際協力体制はデータシェアリングが積極的に推進されて成果を上げている例と言える.本稿ではそのような情報共有のしくみが先行して一定の成果を上げた例を示すことによって,今後のわが国の課題を浮き彫りにすることを目的とする.

II.限りある医療資源分配と患者利益の相克
1968年,Garrett Hardin博士は「“The tragedy of the commons”と題する論文で増大する人口問題に触れ,羊飼いが保有する牧草地は,羊の数が少ないうちは問題ないが,羊飼いが羊を増やして利益を得ようとすると,いずれは牧草地の限界に達してしまい,その牧草地は公共の役に立たない状況になる」と指摘した1).これは医療にも当てはまることである2).これらの文献はdata sharingの重要性を看破したメジャーな雑誌に掲載された最も初期の代表論文といえる.牧草地を維持することに比べると,医学データの蓄積と利活用は極めて困難である.そもそも現在正しいと考えられている知識や経験値が,5年後には正しくないか,より優れた知識や技術が出現している場合が少なくない.自ずからデータベースは「生き物」となり,間断なく更新をすることのできるシステムが求められる.例えば今日現在健常バリアントと考えられている心筋症の変異が,5年後に病的と再認定される,あるいはその逆が起きることも稀ではない.データベースは「維持」するものではなく「進化」させるものであることを知る政府関係者(官僚)は極めて稀であり,また研究側でもそれをしっかりと解りやすいファクトデータを示して説明のできる医師や研究者も稀なために,恒久的なデータベース事業が国のイニシアチブで進められない足かせとなっていると言わざるを得ない.
日本には「世界に冠たる」巨大データベースとしてNational Database(NDB)がある.NDBには日本の医療レセプトの網羅的な情報が蓄積されている.NDBには医療コストの莫大なデータがあり,どんな薬や医療機器がどんな局面で使用されたかの客観データが存在する.このデータベースにはデータが「日々蓄積」はされてはいるはずだが,果たして「更新」されているであろうか?データの分析から新たな知見が発見され,それが蓄積され,更新されて初めてデータベースの価値が創出されるはずである.個人の生活活動度に関わるパラメータが存在する介護のデータベースとの連結は法的には可能になったが,実際にそのような研究プラクティスがどれほど行われているだろうか?NBDには「どのような規模の医療コストによってどのようなQOLが獲得されるのか?」「医療サービスと介護サービスのそれぞれに必要な予算の最適バランスは?」といった根源的な問いにも答えられるポテンシャルがあるはずである.
NDBのデータのごく一部は国が認めた研究課題において研究目的で使う道筋が存在する.しかしNDBは悉皆性のあるデータベースでありながら,新型コロナ感染症の動向や医療ニーズの動態解析には,筆者の知る限りほとんど使用されなかったと理解している.実際にはその後,新型コロナの臨床像はインフルエンザとは臨床像が異なる部分もあり,医療のひっ迫によって,平時においても病院の医療に負担のかかる各種の疾患にどれくらいの負荷がかかったのかを知る手がかりもNDBに内包されていると考えられる.せめてデータの分析結果がリアルタイムとは言えなくても,数カ月のレンジで分析し解釈を出す体制があれば,新型コロナに関しても,もう少し科学的根拠に基づいた政治判断ができたのではないだろうか? AMEDは毎年NDBのデータ国のFunding Agencyとして利活用に対して補助金を拠出していた.平時からflexibleにNDBのデータが利活用されているべき体制が脆弱で,いざ新型コロナ対策における政府の科学的判断材料として全く利用された形跡もなかったことは慙愧に堪えないことであった.

III.難病・未診断疾患におけるデータシェアリング:IRUDの創成
現在,希少難病領域では世界的にデータシェアリングは「常識」であり,それを理解しない研究者はpeer communityでは「仲間」と認定されない.数十万人に一人しかいない難病や,診断名すら確定せず,いわゆるDiagnostic odyssey(診断のない終わりのない旅)にさいなまれている患者や家族の数は,世界規模で見れば決してrare diseaseとは言えない規模である.正確な分子診断を患者や家族に届けるためには,2例以上のケースマッチが必要である.即ち,多数の症例を俯瞰的に見て,個々の医師が目の前にいる患者とよく似た別の症例を迅速に見つける仕組みを構築することが解決の鍵である.これは個々の研究者の努力だけでは達成しえない.これまで世界各国が国ごとに異なる努力をしてきた結果が今ある協力体制である.個々のデータベースにおいて類似症例を見つける際に,丁度海外旅行の電気プラグと同じようにアダプターが必要であり,ユニバーサルな仕掛けが存在しなかった.即ちデータシェアリングは,研究者のエゴが障害となって進まない部分と,研究者に情報共有して一刻も早く診断を患者と家族に届けるモチベーションがあっても,技術的な障壁でそれができない場合がある.遺伝性希少疾患や未診断疾患の場合には,データベースの症例の母数は多いに越したことはない.実際には個人情報の扱いには国家によって差があるため,グローバルなデータシェアリングは実際には困難を極める.
歴史を振り返る.1972年(昭和47年),難病に対する集中審議が国会でなされ,難病対策要綱が策定された.以来日本の難病政策は国民皆保険制度の一般的な医療保障では救済することができない難治性疾患の患者への公的医療制度を,医科学研究事業と併存させる形態で維持運営されてきた3).したがって海外と比べても難病に対する国の取り組みは決して遅くはなかった.疾患毎に研究班が形成され,当時の厚労科研費などで支援された班会議が疾患の診断や治療法の開発に一定の役割を果たしてきた.
2000年になりヒト全ゲノムの解明後もその体制は続いたが,2015年,幾つかの重要な偶然が重なって難病研究の体制強化が実現したと筆者は考えている.第1は2015年1月から施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」,いわゆる難病法が制定されたことである.具体的には,医療費の支給に関する費用は都道府県.指定都市の支弁とし,国はその半分を負担することが明記された.また国は難病の発症機序の解明や診断および治療方法に関する調査研究を推進し,療養生活環境整備事業の実施をすることも明記された.第2は2015年4月のAMEDの設立である.当時,日本の研究費配分機関がゲノム医療の国際的枠組みに加入していなかったのは致命的であった.AMED開設と同時に国際難病研究コンソシアム(International Rare Disease Research Consortium)に加盟したことにより,海外のデータベースとの組織的連携が可能になった.また世界最先端の研究の集約されている米国国立衛生研究所(National Institute of Health:NIH)と医療研究開発領域での協力体制構築を謳った連携協定を2016年1月に締結した.さらにゲノム研究の国際機構であるGlobal Alliance for Genomics and Health(GA4GH)にも加盟した.IRDiRCとGA4GHは,共に世界の研究費配分機関や国立研究所のトップの集合体であるHeads of International Research Organizations(HIROs)の立案によって設立された機関であり,当時から現在に至るまで,世界のゲノム医学・医療研究におけるゲノムデータシェアリングの中核的役割を担っているためである.筆者もAMEDの責任者として5年間HIROsのメンバーを務めた.HIROsには官僚はおらず,全員医学生物学研究者で構成され,科学のオートノミーの下で意思決定を行う機関である.
これまで医学・生命科学分野の研究開発に欠落していた「広域連携・分散統合」の概念をAMEDの骨子となる理想と位置づけて,それを実践して短期間で成果を上げることを目標とする事業の一つが「未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)」である4)5).2015年以前に既にあった疾患毎の難病研究体制は極めて重要ではあるが,疾患毎に医師・研究者が分断され,疾患メカニズムの解明と治療法開発に必要な正確な診断をもたらす臨床ゲノム解析に即応できる体制とは言い難かった.未診断状態にある患者とその家族の視点から見ると,「未診断状態」には2種類あり,「そもそも教科書に載っていない疾患である」場合と「教科書には病名があるものの,診断自体が難しく未診断である」場合とが存在する.IRUDをスタートさせ,基盤データベースであるIRUD Exchangeを稼働させて初めて明らかになったことは,従来型の特定の医師・研究者が特定の疾患を集める体制も必要であるが,「どの病院にどのような希少疾患の患者が何名いるのか?治療法を開発するために製薬企業に協力を求めるために必要な患者数を把握するために何をすればよいのか?」という課題への挑戦が不可欠であるということであった.ヒトのひとつの遺伝子は異なる臓器で異なった役割を担っており,遺伝性希少疾患の多くは脳神経系以外にも複数の臓器や部位に異常をきたすことが少なくない.このためDiagnostic Odyssey「診断のない終わりのない旅」に陥る患者は複数の診療科を何度も受診することになるため,全国35の大学病院に「横断型診断委員会」の設置を求めた.これも未診断状態にある患者の診断を迅速に実施するために極めて重要な役割を果たした.
IRUDを開設して3年後の2018年7月の累計データを見ると,212名の未診断状態の患者が半年後には全員病的遺伝子が同定され,Diagnostic Odysseyが終了したことが解る.また未診断疾患の患者の半数は小児だけでなく成人症例も多く,小児期から未診断状態が長く続いた症例や,成人になってから発症する超希少疾患なども含まれていることが明らかになった.同一の遺伝子に異常があっても成人型と小児型で大きく表現型や臨床経過が異なる症例も少なくない5).さらに病的変異が同定された確定診断者のデータはIRUD Exchangeだけではなく,国際連携のパートナーであるOrphanetにも共有,掲載されるため,診断実績が双方のデータベースを更新する好循環を産むことになった.このような実績は2020年3月までにIRUDに参加していただいた480の国内医療機関の医師,看護師,遺伝カウンセラーの方々と,多くの関連学会のご協力,さらに何よりもこの臨床研究の主旨に賛同してデータシェアリングに協力をしてくださった患者とご家族の協力の賜物と感謝している.

Ⅳ.新興感染症・新型コロナでの教訓
感染症研究では,「見えざる共通の敵」と対峙する研究開発の性格上,データシェアリングが国境を越えて進んでいるように考える.現在新型コロナウイルスのゲノムデータは世界で広範に共有が進んでいる.その原動力となっているのはゲノムデータ共有プラットフォームを提供している「鳥インフルエンザに関する情報共有のための国際機構」(GISAID:Global Initiative on Sharing All Influenza Data)と,ウイルスや細菌の進化を追跡するオープンリソースアプリケーションであるNextstrainである.GISAIDはその名の通り,鳥インフルエンザが流行した際に変異株のゲノムデータを収集するために立ち上がったが,同じRNAウイルスである新型コロナの分析に即時的に活用することができた.研究者は自由にGISAIDで共有されている変異株データを分析し,結果を視覚化することが可能になった.2020年12月末の段階で登録された変異株の総数は30万を超えている.ウイルス変異情報とともに検体を採取した都市名,日にちがタグ情報としてついているため,「変異株がどこで発生し,都市から都市へどのように伝播したか?」を追跡することも可能である.ただしオープンリソースであるが故に,専門家以外の研究者が誤った解釈をする可能性もある.しかしかつてないスピードでウイルスゲノム情報が世界中に共有され,データに基づく科学的議論が可能になったことは歴史上前例がないことである.
筆者はAMED在籍中の2020年1月29日,HIROsのメンバーとして「新型コロナ感染症の研究成果に関する国際合意」のリリースに貢献した.これまでHIROsのイニシアチブにより2016年のジカ熱流行,2018年のエボラ出血熱の流行に際して,世界各国の研究費配分機関の長と,ほぼ全ての生命科学・医学系雑誌に「論文を投稿する前に,オープンリソースを収容するRepositoryに論文本体を事前公開すること」に同意した.Repositoryとは例えばmedRxiv,bioRxivなどのpreprint serverなどを意味する.現在ではCOVID-19については「事前公開していないと査読に回さない」雑誌や,medRxivなどと連携して,公開されたデータを正式の査読に自動的に回すサービスを提供する雑誌も出てきている.平時では研究成果は正式に査読されるまではconfidentialにするのが常識である.しかしパンデミックのような国民全体の安全にかかわる問題を前にした時,あらゆる努力を払って公共の生命や財産を守る行動を科学者が自律的にとることが求められていると思う.世界が圧倒的な速度で研究成果を公開し,公開されたデータを用いてさらに研究を加速することに貢献をしており,日本が大きく出遅れていることの要因になっているかもしれない.
日本では,第1波のウイルス変異株情報は国立感染症研究所が主体となってGISAIDにデータを公開した.しかし残念ながら昨年の第2波以降の変異情報は昨年12月中旬になるまで公開されなかった.慶應義塾大学医学部の臨床遺伝学センターの小崎健次郎教授の率いる研究チームは昨年11月に独自のウイルスゲノム解析情報と,臨床タグ情報の組み合わせによって,日本に広がっているClade 20Bの国内変異株を同定,GISAIDおよびmedRxivに公開し,ウイルスRNAが宿主細胞に感染して生成される数珠繋ぎのタンパク質を分解して成熟タンパク質にするメインプロテアーゼ(3CLpro)の108番目のprolineがserineに変異している株と,そうでない株が存在すること,変異株では3CLproの活性が有意に低下しており,症状が軽症化することを見出し,これらの情報を公開した6).また関東地方の地域の中核病院群と連携し変異株のサーベイランスを進めることにより,11月末の国内の検体から,米国西海岸で流行している外来変異株を検出した.以後国外で発生した変異株が席巻することが予想される.国立感染症研究所が,地方衛生研究所との密接な連携により国際データベースを介した情報公開をすることによって,5大都市に所在のある大学病院群が保有するウイルスゲノム情報と入院時の治療介入の有無や年齢などの臨床タグ情報をセットで比較検討し,有用情報を即時的に公開する体制を一刻も早く立ち上げることが急務である.

Ⅴ.おわりに
新型コロナのパンデミックは「広域連携・分散統合」によるデータ共有の重要性を改めて知らしめることになった.データを入力し提供した医師や医療機関に直接的な恩恵が返ることによって患者の医療の質を上げることを目的とした活動がさらに推進されることを願ってやまない.

 
利益相反:なし

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文献
1) Hardin G: The tragedy of the commons. Science, 162: 1243-1248, 1968.
2) Hiatt HH: Protecting the medical commons:Who is responsible ? N Engl J Med, 293: 235-241, 1975.
3) 渡部 沙織:戦後日本における「難病」政策の形成.季刊家計経済研究,110: 66-74, 2016.
4) Adachi T, Imanishi N, Ogawa Y, et al.: Survey on patients with undiagnosed diseases in Japan:potential patient numbers benefiting from Japan’s initiative on rare and undiagnosed diseases (IRUD). Orphanet J Rare Dis, 13(1): 208, 2018.
5) Adachi T, Kawamura K, Furusawa Y, et al.: Japan’s initiative on rare and undiagnosed diseases (IRUD):towards an end to the diagnostic odyssey. Eur J Hum Genet, 25(9): 1025-1028, 2017.
6) Abe K, Kabe Y, Uchiyama S, et al.: Pro108Ser mutant of SARS-CoV-2 3CLpro reduces the enzymatic activity and ameliorates COVID-19 severity in Japan. medRxiv (preprint), doi:10.1101/2020.11.24.20235952.

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