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日外会誌. 122(3): 325-329, 2021

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特集

乳癌診療の現状と課題

7.術前薬物療法の現状と課題

兵庫医科大学 乳腺・内分泌外科

文 亜也子 , 三好 康雄

内容要旨
乳癌の術前療法は,局所進行乳癌や乳房温存術の適応とならない症例に対して腫瘍縮小を目的に実施されてきた.一方,治療効果は予後のサロゲートマーカーとなることから,治療反応性に基づく個別化治療を可能とした.術前療法としてtriple-negative(TN;estrogen receptor(ER)陰性,progesterone receptor(PR)陰性,human epidermal growth factor receptor 2(HER2)陰性)乳癌には化学療法が,HER2陽性乳癌では抗HER2剤が併用される.手術検体で病理学的完全奏効(pathological complete response, pCR)が得られなかった場合には予後不良であることから,それぞれcapecitabineとT-DM1を投与することで予後の改善が示されている.一方hormone receptor(HR)陽性(ERあるいはPR陽性)/HER2陰性乳癌では術前化学療法に加え,術前内分泌療法も臨床応用されている.このサブタイプではpCRは必ずしも予後のサロゲートマーカーとならず,術前内分泌療法の効果は増殖マーカーKi67発現割合の低下で判定されている.今後はTN乳癌に対して化学療法に免疫チェックポイント阻害剤の併用が,HR陽性/HER2陰性乳癌では内分泌療法とCDK4/6阻害剤を併用した術前療法で治療効果の向上が期待される.

キーワード
乳癌, 術前化学療法, 術前内分泌療法, 病理学的完全奏効

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I.はじめに
乳癌における術前療法は,手術不能の局所進行乳癌に対して全身薬物療法を開始して手術可能な状態にすることや,乳房温存術が適応とならない症例に対して乳房温存を可能とすることを目的に実施されてきた.薬物療法としては化学療法単独あるいはHER2陽性乳癌には抗HER2剤の併用を行う術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy, NAC)と,HR陽性乳癌に対する術前内分泌療法(neoadjuvant endocrine therapy, NET)が実施されている.通常術前化学療法と術後化学療法では同じ薬剤が選択され,anthracycline系とtaxane系薬剤が逐次投与されることが多い.HER2陽性乳癌の場合はtaxane系薬剤に抗HER2剤(trastuzumab±pertuzumab)が併用される.メタアナリシスの結果により,化学療法を術前に行っても術後に行っても予後は同等であることが示されている1).一方,乳房温存率は術前化学療法を施行した群で有意に改善していた.この結果から,乳癌診療ガイドラインでは手術可能な浸潤性乳癌に,乳房温存を目的としたNACを行うことを弱く推奨している2).また,HR陽性乳癌ではメタアナリシスの結果,NACとNETにおいて乳房温存率は同等であり3),内分泌療法も術前療法として選択可能である.
このように術前療法の目的は,乳房温存率の向上である.それに加え,治療反応性に基づき治療法の変更や,腋窩リンパ節の転移が消失すれば放射線療法を縮小することも考慮される4).また,NACによる病理学的完全奏効(pathological complete response, pCR)は予後のサロゲートマーカーとなることから,予後不良群に追加治療を行うことで予後の改善が期待できる.しかし,乳癌のサブタイプによって薬剤感受性は異なり,pCRの予後因子としての意義も異なることから,サブタイプ別に治療戦略を立てる必要が生じる.このように,効果予測目的にNACを実施する場合では,乳房温存術が可能な症例であっても化学療法の対象であればNACの適応となる.本稿ではサブタイプ別の術前療法を解説し,今後の課題を考察する.

II.サブタイプ分類と病理学的効果判定
日常診療において乳癌は,HRとHER2の発現によってTN,HER2陽性,HR陽性/HER2陰性にサブタイプ分類されている4).NACの対象としては術後に化学療法が適応となる症例であり,基本的に術前,術後で同じレジメンで投与される.予定のレジメン終了後に手術が実施され,乳房およびリンパ節における腫瘍の残存が病理学的に検索される.このうち最も重要な評価項目がpCRであり,乳癌取扱い規約では,すべての浸潤癌細胞が壊死に陥っているか消失しているものをGrade 3(pCR)として定義している5).複数の定義が存在するが,非浸潤癌の有無は問わず,乳房の浸潤癌並びにリンパ節転移が完全に消失したものをpCRとしているものが多い.さらにnon-pCR群を対象として,癌の遺残量を指標にした予後予測法が報告されている.Residual cancer burden(RCB)indexは,遺残している浸潤巣の最大径とそれに直行する長さ,細胞密度,非浸潤癌の割合,リンパ節転移個数,リンパ節転移巣の最大径を組み合わせてRCB ⅠからⅢに分類する方法であり,non-PCR群の予後を鑑別する指標である6).このようにNAC後の病理学的治療効果は,予後のサロゲートマーカーとなる.TNとHER2陽性乳癌に関してはpCRが予後のサロゲートマーカーとなるものの,HR陽性/HER2陰性乳癌では,pCRと予後の相関はそれほど強くないことから7),pCR以外のサロゲートマーカーが必要である.

III.サブタイプ別の術前化学療法と治療効果判定
1)TN乳癌における術前化学療法
NACを施行したTN乳癌において,pCRが得られなかった症例の予後は不良である.標準的なNACを施行したHER2陰性乳癌で,浸潤癌の遺残を認めた910例を対象に,術後療法としてcapecitabineの有用性を検証したCREATE-X試験の全体集団において,capecitabine群では有意にDisease-free survival(DFS)が延長していた(hazard ratio(HR)0.70;95% confidence interval(CI)0.53-0.92;p=0.01)8).さらにoverall survival(OS)もcapecitabine群で有意に延長していた(HR 0.59;95% CI 0.39-0.90;p=0.01).サブグループ解析ではTN乳癌においてDFS(HR 0.58;95% CI 0.39-0.87),OS(HR 0.52;95% CI,0.30-0.90)ともに改善が認められた.この結果を基に,NCCNガイドラインではNAC後のypT0N0あるいはpCRでなかった症例にはcapecitabineを6から8サイクル投与することを考慮するよう推奨している4)
TN乳癌に対する周術期の治療薬は現在化学療法のみであるが,免疫チェックポイント阻害剤,poly-ADP-ribosyl polymerase(PARP)阻害剤,Phosphatidylinositol-3-kinase/Protein Kinase B/mammalian target of rapamycin(PI3K-AKT-mTOR)経路の阻害剤を併用した個別化治療が検討されている9).NACにおいて,免疫チェックポイント阻害剤であるpembrolizumabあるいはatezolizumabを併用することで,有意にpCR率は向上することが報告されている10) 11).保険適用はないもののNAC後のnon-pCR群を対象にcapeciatabineを追加することで予後は改善し,またNACにおいて免疫チェックポイント阻害剤を併用することでより良好な予後が得られるものと考えられる.
BRCA1/2に生殖細胞系列変異を有するHER2陰性乳癌20例を対象に,PARP阻害剤であるtalazoparibを術前に6カ月間投与した結果,pCR率は53%であった12).現在BRCA1/2に生殖細胞系列変異を有するTN乳癌を対象に,talazoparibを術前に投与する第2相試験が進行中である.TN乳癌を対象とした術前療法で,PARP阻害剤のveliparibとcarboplatin/paclitaxel併用群のpCR率は53%であり,paclitaxel群の31%より有意に上昇していたが(p<0.0001),carboplatin/paclitaxel群の58%とは有意差が認められなかった(p=0.36)13).このように術前化学療法後のnon-pCR群へのcapecitabine追加治療に加え,免疫チェックポイント阻害剤の併用やPARP阻害剤による個別化術前療法によって,さらなる予後の改善が期待される.
2)HER2陽性乳癌における術前化学療法
HER2陽性乳癌は化学療法に対する感受性が高く,抗HER2剤と併用することで高率のpCRが得られる.そして,pCR群の予後は良好であるが,non-pCR群の予後は不良である14).Taxane系薬剤とtrastuzumabを併用したNAC後に乳房あるいはリンパ節に浸潤癌が認められたHER2陽性乳癌を対象に,術後療法としてtrastuzumab emtansine(T-DM1)あるいはtrastuzumabが投与された第3相試験(KATHERINE試験)の結果によると,浸潤性疾患のないDFS(iDFS)は,T-DM1群で有意に延長していた(HR 0.50;95% CI 0.39-0.64;p<0.001)15).この結果を基にNCCNガイドラインでは,NAC後にypT0N0またはpCRが得られなかった場合に,T-DM1単剤を14サイクル投与することをカテゴリー1で推奨している4).本邦においても保険適用となったことから,臨床の場において実施されている.
3)HR陽性/HER2陰性乳癌における術前化学療法
HR陽性/HER2陰性乳癌ではステージ2あるいは3で,術前に化学療法の適応であることが明確な症例に実施されることが多い.他のサブタイプと異なり,pCRが達成できるのは1~2割程度であり14),pCRは必ずしも予後のサロゲートとならないことが示されている.
再発リスクが高あるいは中等度のHR陽性/HER2陰性乳癌に必要に応じて標準的な化学療法を実施した後,内分泌療法単独と経口抗癌剤のTS-1の併用が比較されたPOTENT試験では,TS-1併用群で有意にiDFSが延長していた(HR 0.63;95% CI 0.49-0.81;p<0.001)16).この試験ではNAC後のnon-pCRの症例は約2割であり,TS-1の追加治療の対象はNAC後のnon-pCRに限定されているわけではない.

IV.HR陽性/HER2陰性乳癌における術前内分泌療法
乳癌診療ガイドラインによると,HR陽性の閉経後女性を対象にNACとNETを比較したメタアナリシスでは,乳房温存率は同等(28.3% vs 37.2%,HR 0.89,95% CI 0.78-1.01)であり,有害事象はNETで有意に低かった(44.8% vs 23.7%,HR 0.64;95% CI 0.48-0.85)2).しかし,長期予後が不明であり,至適投与期間も不明であることから,乳癌診療ガイドラインでは「手術可能なホルモン受容体陽性閉経後浸潤性乳癌に対する乳房温存手術を目的とした術前内分泌療法は,現時点で推奨を決定することはできない」とされており,閉経前女性に対してはエビデンスが乏しく行わないことを弱く推奨している2).NACと同様NETを実施する意義としては,反応性に基づく予後の予測である.NETにおいてpCRはほとんど得られないことから,別のサロゲートマーカーが必要である.Ellisらは内分泌療法後の病理学的腫瘍径,リンパ節転移状況,Ki67発現割合,ER発現状況に基づくPEPI(preoperative endocrine prognostic index)モデルを構築しており,このPEPIスコアーは予後を予測するのに有用な指標である17).Ki67発現割合の低下は内分泌療法後2~4週間で判断可能であり,術前内分泌療法ではpCRではなく,Ki67発現割合の低下などが予後の指標として評価されている.
内分泌療法にCDK4/6阻害剤,mTOR阻害剤,PI3K阻害剤を併用した術前療法が検討されている18).Anastrozole単剤とanastrozole+palbociclibが術前に投与された結果,治療開始後2週間のKi67発現割合が≦2.7%(complete cell cycle arrest;CCCA)に低下した割合は,palbociclib群で有意に高かった(87% vs 26%;p=0.001)19).同様に,anastrozole単剤,abemaciclib単剤,両者の併用が術前療法で比較され,CCCAはそれぞれ14%;58%;68%(p<0.001)であった20).このように内分泌療法とCDK4/6阻害剤の併用は有効である可能性があり,予後の結果が待たれる.その他,mTOR阻害剤,PI3K阻害剤や免疫チェックポイント阻害剤の併用が検討されている18)

V.おわりに
現在術前療法では化学療法単独,あるいはHER2陽性乳癌の場合は抗HER2剤が併用されている.今後TN乳癌には化学療法と免疫チェックポイント阻害剤の併用により,HR陽性乳癌では内分泌療法とCDK4/6阻害剤の併用でさらなる治療効果の向上が期待される.術前療法の目的は乳房温存率の向上であるが,それだけではなく治療反応性に基づき予後を予測し,予後不良群に追加治療を行うことで予後の改善につながる.そして,最終的な薬剤間の治療効果の比較は予後で検証することが必要であるものの,術前療法における反応性は予後のサロゲートマーカーとなることから,pCRをエンドポイントとして薬剤間の比較が検討されている.術前療法における課題として,治療効果をどのように判定するかという点があげられる.今後はより詳細なサロゲートマーカーの開発が重要であり,さらに,治療後の残存腫瘍を検索することで薬剤耐性機序や新たな治療戦略の進展につながるであろう.

 
利益相反
講演料など:中外製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社,アストラゼネカ株式会社,エーザイ株式会社,第一三共株式会社,ファイザー株式会社
研究費:MSD株式会社,第一三共株式会社,持田製薬株式会社,中外製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社
奨学(奨励)寄附金:中外製薬株式会社,エーザイ株式会社,大鵬薬品工業株式会社

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文献
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