日外会誌. 122(1): 111-113, 2021
定期学術集会特別企画記録
第120回日本外科学会定期学術集会
特別企画(4)「希望と安心をもたらす医療安全管理―無過失補償制度の可能性も含めて―」
5.外科領域の医療安全は手術室でのノンテクニカルスキル
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学分野 山根 正修 , 豊岡 伸一 (2020年8月14日受付) |
キーワード
医療安全, ノンテクニカルスキル, 手術室, 外科医
I.はじめに
外科領域の医療安全は手術室内でのノンテクニカルスキル(NOTS)に大きく左右され,またNOTS(non-technical skill)は医療事故の主な要因である1)2).国際的に外科医に対するNOTS評価ツール(Non-Technical Skills for Surgeons, NOTSS)が確立されているがその認識や外科医へのトレーニングはいまだ一般的とはいえない3).またWHO手術安全チェックリストは医療安全向上に寄与するが,その実施状況を検討する必要がある.
II.岡山大学病院での手術室NOTS評価研究の取り組み―対象と方法
われわれは手術室での医療安全向上への取り組みとしてNOTS簡易評価表を用いて手術室で全身麻酔手術に行った外科系医師・麻酔科医の1,968例を対象として外回り看護師により評価を行い,教育的活動による行動変容を目的し,前半,後半で比較検討を行った.
本研究計画書は岡山大学臨床研究倫理委員会で審議され承認を得た.評価対象となる手術を受ける患者に対し研究計画について説明,同意を取得した.
評価対象は執刀医,またはその外科チームの指導的役割のある外科医とした.評価者となる外回り看護師は事前に講習を行い評価基準について熟知し,また協力した診療科には事前に評価項目は周知した.また緊急手術は本研究対象からは除外した.評価のタイミングは患者退室時に行い,評価項目は以下の8項目,0~3点の4段階評価とした.
1.Greeting when entering the room
2.Self-introduction
3.Briefing
4.Time-Out
5.Behavior during surgery
6.Cooperation with gauze count
7.Debriefing
8.Expression of appreciation at the end
前半群1,059例の結果,ディスカッションが必要なプリーフィング,デブリーフィング,ガーゼカウントは低い評価であった.前半集計結果の時点でフィードバックを含めた医療安全,チーム医療に関するレクチャーを各診療科に約30分間行い,さらに手術室手洗い場などに2種類のNOTS啓発ポスターを作成し掲示した(図1).その後の評価を継続し,後半909例と比較検討した.統計学的解析はJMP pro software(SAS Institute Japan Ltd.)により行った.診療科間のばらつきはANOVAを用い,項目の比較はt検定を用いた.P値0.05未満を統計学的に有意差ありと判定した.
III.岡山大学病院での手術室NOTS評価研究の取り組み―結果
Greeting when entering the room,Self-introduction,Time-Out以外の項目では有意(p<0.05)な改善がみられた(平均値,標準偏差をエラーバーで示す.図2).次に麻酔科を除いた本研究に参加した外科系6診療科(脳神経外科,心臓血管外科,呼吸器外科,乳腺内分泌外科,消化管外科,肝胆膵外科)について比較した.前半,後半の各診療科の対象者数は脳神経外科74例と53例,心臓血管外科99例と82例,呼吸器外科114例と90例,乳腺内分泌外科が90例と69例,消化管外科が115例と119例,肝胆膵外科が40例と55例であり,合計として前半532例,後半468例であった.ANOVAによる診療科間の比較では前半ではGreeting when entering the room,Briefing,Time-Out,Behavior during surgery,Expression of appreciation at the endの4項目,後半でSelf-introduction,Cooperation with gauze count,Debriefing の3項目を追加した7項目において有意差を認め,また特定の診療科で低い傾向が認められた.全外科系診療科の比較でGreeting when entering the room,Briefing,Time-Out,Behavior during surgery,Cooperation with gauze count,Debriefingの6項目において前半と比較し後半に有意な改善を認めた.有意な改善を認めた項目数は0が1診療科,1項目が3診療科,5項目,6項目がそれぞれ1診療科であった.タイムアウトは実施率100%であるが質の低下が示唆された.特に前後半で大きな改善を認めた項目はCooperation with gauze count(2.36⇒2.50,P<0.0001),Debriefing(2.20⇒2.38,P<0.0001)であった.計1,968例中で評価0点「非協力~批判的態度」は,Briefing,Debriefingがそれぞれ8件,25件,Expression of appreciation at the end(手術終了時に“労いの言葉をかける”=3点に対して,“捨て台詞を言う”=0点)に1件みられた.
IV.おわりに
従来,外科医は手術室においてはその責任ある手術,テクニカルスキルに集中し,しかるべきであるが,ノンテクニカルスキルの“気づき”の機会があれば,医療安全に対する意識が芽生えチームとしてのパフォーマンスが向上しうる.群馬大学事故医療事故調査委員会より外科医のNOTSの重要性が示唆され,医療安全向上に向けてその評価とトレーニングについて提言され2),われわれも指導者,外科系医師の教育に取り組んできた3)4).外科専門医あるいは指導医認定には学会主導の指導者講習会の開催が望ましいと考えられる.本研究ではディスカッションに関連する項目が低いが,評価結果のフィードバックと啓発活動により行動変容が期待され,医療安全に対する意識,行動が改善することが示された.
利益相反:なし
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