日外会誌. 122(1): 99-101, 2021
定期学術集会特別企画記録
第120回日本外科学会定期学術集会
特別企画(4)「希望と安心をもたらす医療安全管理―無過失補償制度の可能性も含めて―」
1.医療事故の経験から出発する外科の未来
1) 群馬大学大学院 総合外科学 栗山 健吾1) , 緒方 杏一1) , 酒井 真1) , 宗田 真1) , 小川 博臣1) , 浅尾 高行2) , 桑野 博行1) , 佐伯 浩司1) , 阿部 知伸1) , 調 憲1) (2020年8月14日受付) |
キーワード
医療安全, 医療事故, 患者参加型医療
I.はじめに
第117回日本外科学会定期学術集会(2017年4月27日~29日)は,群馬大学主催の元,「医療安全そして考える外科学」を主題として開催された.群馬大学医学部附属病院での腹腔鏡下肝切除術後死亡事例の反省を元に,様々な議論が展開された.現在当院の敷地内には,事例を風化させることのないよう,誓いの碑が設置されている(図1).医療安全という分野は,医師である以上誰もが関わりのあることであり,社会の医療に対する目も厳しくなっている今,議論と改善を重ねていくべきである.
群馬大学ではこの医療事故後,それまで別組織であった旧第一外科・第二外科の統合が行われ,2015年4月1日より外科診療センターが,そして2017年4月1日より総合外科学講座が開講した.私は外科診療センター発足当初の2015年4月より勤務し,外科の統合・改革,そして病院全体の改革を内部の人間として経験した.日々の診療や改革の過程で,病院内外から厳しい批判を受けることもあった.患者さんやご家族から,本当に些細なことに「これだから死亡事故が起こったのではないか」と言われ,悔しい思いをした事は一度や二度ではなかった.しかし,厳しいお言葉の後最終的に言われる事は,「われわれ群馬の人間には群馬大学しか頼るところがないし,これからも継続して診てもらいたいと思っている.もっと良くなってもらいたいから意見を言うんだ」という,叱咤激励のお言葉であった.このような当院を応援してくださる方々を二度と裏切ってはいけない,そして支えて下さる姿勢に甘えてはいけないと感じている.
II.安全で質の高い医療の実現へ
今,群馬大学では安全で質の高い医療の実現へ向けて,様々な取り組みを行っている.病院全体として患者参加型医療を掲げ,入院患者さんが所定の手続きの後に自由に診療記録を閲覧することのできる積極的カルテ開示や,手術前や病状説明時に行うインフォームド・コンセント内容を録音・電子カルテ上へ保存し,必要時に聴けるようにするといった,患者さんが積極的・主体的に医療に参加できるような取り組みを行っている.さらに,各診療科・疾患別cancer board・外科診療センター全体と多段階におけるカンファレンスの導入や,病院承認の手術説明文書の作成・導入とそれを用いた丁寧な説明などを通じて,より安全確実な医療を患者さんへ提供するとともに,病院としての2重・3重のサーベイランス,フィードバックを通じて,若手医師のわれわれも病院に守ってもらっているという安心感を感じながら日々の診療に従事できていると感じている.
過去の事例を二度と繰り返さないためには,上記のようなシステム作りに加えて,医療者個々人の意識改革が必須と考える.特に患者さんと直接接する機会が多く,そして今後医療の中心を担っていく若手医師のわれわれこそが過去の反省を胸に刻み,真摯に医療に取り組むべきである.患者さんやメディカルスタッフ,他診療科の医師との信頼関係に基づいたチーム医療の構築,インシデント報告を積極的に行い医療の透明性を保つこと,見解の異なる意見に耳を傾ける謙虚さ,正しいと思うことは積極的に意見として述べること,そして患者さんに寄り添う心を持ち続けることなど,このような姿勢を常に意識し行動していくことが必要と考える.
III.騒動と改革を経験して
一連の騒動と改革を経験して学んだ事は,診療において複数の目を通す事の重要性である.今回の群馬大学での事例は,日常診療において複数の視点が入らない閉鎖空間が影響していたことが一因として挙げられる.自己の中で構築された常識(本当は間違っているが,自分自身は正しいと信じ込んでいること)を疑い,自分自身で気付き覆す事は常に必要なプロセスではあるが,現実的には難しいことが多い.複数の視点・意見が介入することで間違いに気付き予防できる事例は,少なからず存在するはずである.診療において複数の目を通す事は個々人の取り組みでまずは改善可能であり,私は些細なことでも迷ったら同僚や上司,メディカルスタッフに相談し,自分の判断に対する意見を仰ぐよう心がけている.ただ,全ての事象に複数の目を通すことは現実的に不可能である.そして,「これは相談するまでもない」と決め付けているところからも医療事故は起こる可能性がある.そういったところから生じる医療事故を予防するには,診療科単位・病院単位でのシステムが必要不可欠であり,個人単位での危機管理意識の向上,および組織単位での医療事故を予防するシステム構築,どちらも非常に重要な要素であることを再認識した.
IV.おわりに
当時の医療事故調査委員会報告書に,「本委員会の提言によって『すべては変わった,群大病院の医療は完全に変わった,群大病院の経験によって日本の医療は変容する』となることを祈念してやまない.」との一文がある1).今群馬大学医学部附属病院は様々な変革を行い,その医療は「完全に」とまではいかないであろうが大きく変容している.そしてその変容は,群馬大学医学部附属病院関係者の方々や,群馬大学総合外科学講座を始めとする諸先輩方の努力により成し遂げられたものである.若手医師のわれわれは,あくまで一連の改革を経験したに過ぎない.そして,今後われわれが行うべき事は,医療事故を予防するがあまり,萎縮した医療・消極的な医療で後退する事ではないように思う.諸先輩方の努力のおかげで,医療を安全に行うためのシステム・基盤が構築された.言うならば,今後われわれが行う臨床・研究の土台を作成していただいた.医療事故を繰り返さないための医療安全システムと,過去の反省を忘れない信念を携えて,先進的な医療への取り組みを続ける事こそ,今後われわれがなすべき事だと考える.医療安全と先進的医療の両立を目指して,今後も精進していきたい.
利益相反:なし
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