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日外会誌. 122(1): 74-76, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(3)「外科系新専門医制度のあるべきグランドデザイン」
1.新専門医制度における外科研修の現状報告

名古屋大学大学院医学系研究科 消化器外科学

小寺 泰弘 , 高見 秀樹

(2020年8月14日受付)



キーワード
日本専門医機構, シーリング, サブスペシャルティ, 医師専門研修部会, 働き方改革

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I.はじめに
乱立,重複した専門医を統廃合し国民に分かりやすい資格とすべく専門医制度の抜本的な見直しを行い,医師が誇りをもって医療に携わり国民が安心して医療を受けられるようにするために,日本専門医機構(以下,機構)が設立された.機構の管理の下で日本外科学会が統括する新専門医制度においては,大学病院をはじめとする大病院を基幹施設,地域医療を担う医療機関を連携施設とする病院群による外科領域専門研修プログラムを公募した.各研修プログラムでは所定の期間内(通常は3年間)に350例以上の手術実績を含む研修を全専攻医が受けられるよう,指導医数,手術件数などのリソースをもとに定員が厳密に決められている.そして研修プログラムの認定と専門医の最終合否判定は機構が行う.2017年度に全国で204の研修プログラムが認定され,マッチングの末2018年度より新専門医制度での研修がスタートした.2021年3月には新制度での研修プログラムを修了した第一期生が誕生することになる.

II.基盤となる外科専門医のコンセプト
専攻医は研修実績として350例のNCDに登録された手術経験が必要となるが,サブスペシャルティ(以下,サブスペ)領域別に最低限必要な症例数も設定され,消化器50例,乳腺10例,呼吸器10例,心臓・大血管10例,末梢血管10例,頭頚部・体表・内分泌10例,小児10例となっている.この内訳は実際にわが国で行われている領域別の手術件数をもとに算出されたものであるが,実は件数が多い消化器は計算上の80例から50例に減らしてある.これらの総和である110例を除く240例を自ら選択したサブスペ領域の手術に充てることも理論上は可能であり,指導医の裁量,あるいは専攻医の希望に応じてサブスペ領域に偏った研修内容とすることが現状でも可能ということになるが,さらに消化器50例を他の領域と同じレベルまで減らすべきとの意見が一部のサブスペ領域の専門医制度担当者から出されている.現時点でも基盤学会の専門医としてどこまでのことができるのかという共通したコンセプトについて欧米のSurgical Residency Programと比較して脆弱に感じられる中,さらにサブスペ領域による個性を打ち出そうとする考え方であり,度を過ぎると基盤学会専門医を重視する機構の方針から逸脱し,専攻医が一般外科医として地域医療に貢献することを求める後述の医道審議会の考え方からも外れることから,当面実現は困難と考えられる.

III.基盤領域とサブスペシャルティ領域の連動研修
外科領域では1階部分の専門医である外科専門医を取得後に2階部分として各サブスペ領域の専門医を取得する.日本外科学会としては北川雄光前専門医制度委員長の時代に消化器外科,心臓血管外科,呼吸器外科,小児外科,乳腺外科,内分泌外科の6領域をサブスペとする方針を決定した.そして専攻医は3年間のプログラム研修中に必須となる350例以上の手術実績のうち自分が選択したサブスペ領域の手術実績に加えて,次の1年以上のカリキュラム研修の期間に経験したサブスペ領域の手術実績を足した数が一定数を超えればサブスペ領域の専門医試験の受験資格を得ることができる.つまり外科専門医の研修とサブスペ領域の研修は一部重複する形となり,これを連動研修と名付けた.初期臨床研修後にサブスペ領域の専門医を取得するまでの期間は最短で4年間であり旧制度時代と比較して相当短期間で取得が可能となる.これは整形外科や泌尿器科など他の外科系学会の専門医と同等の年数で取得可能にしないと外科離れがさらに進むのではないかと危惧されたことから,全6サブスペ領域が連動研修をすべく足並みをそろえた結果である.修練期間は短くても綿密に練られた研修プログラムにより必要な手術実績は担保されることと,更新に伴う要件は従来通りであることから,専門医の質の低下にはつながらないと期待されている.

IV.国策としての医道審議会医師専門研修部会の関与
厚生労働省は働き方改革を実現するには医師の地域偏在,診療科偏在の解消が必須と考え,新専門医制度をその手段の一つと捉えている.そこで2019年に医師法が改定され,医師の研修に関する計画を定めたり変更したりする場合にはその内容について各都道府県の地域医療対策協議会が知事を通じて厚生労働大臣(厚労省の担当部局)に意見を述べ,それをもとに編纂された大臣の要請に機構や各学会が応じるよう努めなければならなくなった.すなわち新制度により大都市や大病院に医師が偏在しそうだと地方自治体が感じた場合にはクレームをつけることが可能となったわけである.都道府県から上がった意見を基に「厚生労働大臣の要請」を作成する場が医道審議会医師専門研修部会である.2019年から2020年にかけての医道審議会ではシーリングの方法とサブスペ領域の認定の可否が議論されたのだが,小規模な病院に分散しての実施が可能な基盤領域の研修期間が連動研修により短縮され,専攻医がサブスペ領域のリソースが充実した大病院へ集中する可能性が指摘され紛糾した.このため新制度における初代専攻医の最終研修年度となる2020年度を目前にしてようやく6つのサブスペ領域が認可され,専攻医はそれまで制度の詳細が決まらない中での不安を感じながらの研修を余儀なくされた.また,医師数が少なく知名度が低い内分泌外科は「国民に分かりにくい」との評価を受け,連動研修を許されず外科専門医取得後に専門医研修を開始することとなった.日本外科学会としては,今回は時間制限がある中で妥協する形となったが,重複なく外科の全ての領域をカバーしている6領域で同様の連動研修が可能となる日まで交渉を継続する.

V.3年目の研修プログラム募集に際して起きた混乱
厚労省としては連動研修への懸念が完全に拭われたわけではなく,専攻医が3年間の研修期間中にいつどこの病院に在籍するかの情報なくして地域医療に悪影響を与えないとの根拠にはならないとの理由から,2021年度の研修プログラムにおいては専攻医の3年間の全所属先について提出を求めた.しかし,もともと専攻医の研修プログラム内での異動については最低限のルールがあるだけで,各プログラムの裁量で柔軟に決めることになっていたはずであり,国の介入により新たにこのような方針になったことについて明確な説明がないまま機構から各プログラムに調査が入ったことにより,多くのクレームが発生した.機構の事務処理能力には余力がなく,丁寧な説明がないままタイトなスケジュールで調査がなされることは想定されていたにもかかわらず,事前に機構に代わってこれまでの経過を説明し損なった点について専門医制度委員長として深く反省しており,折しもコロナ禍で多忙な中,多くの会員にご迷惑をおかけしたことについてこの場を借りてお詫びする次第である.

VI.おわりに
グランドデザインの2階部分まではぎりぎりのタイミングで機構の承認を得ることが出来た.しかし,歴代の機構理事長の方針が必ずしも一致していなかったことに加えて,中途から国が深くかかわったことで新専門医制度は荒波に漕ぎ出した小舟の様相を呈している.地域医療を支え,働き方改革を実現するための手段ではなく,あくまでも専攻医に充実した研修を提供するための新専門医制度であると胸を張って言えるのかどうか,今後もしっかりと経過を観察し,学会としての意見を述べていく必要がある.

 
利益相反:なし

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