[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (575KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 122(1): 62-63, 2021

項目選択

会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(118)

―大腸内視鏡の反転操作で生じた穿孔につき過失が否定された事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
大腸内視鏡, 反転操作, 穿孔, 偶発症

<< 前の論文へ次の論文へ >>

 
【本事例から得られる教訓】
事故が生じた際,手技の過程や事故の原因をいかに具体的に伝えられるかが過失の有無を左右する.特に,典型的合併症が存在する手技等で留意したい.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,大腸内視鏡操作中の穿孔に関する事例である.穿孔が生じた場合には外科医が関与する機会もあり,外科医の関心も高いと思われるため紹介する.
患者(65歳・男性)は,本件病院でH25年に大腸内視鏡検査を受け大腸内にポリープを発見され経過観察とされていた.H26.11.05,本件病院でポリープの進行程度を確認し,進行していれば切除することを目的として大腸内視鏡検査を受診した.
担当医は,内視鏡と腸管との距離がある程度保たれることになり送気が少なくてすむというメリットがあるとの判断から,内視鏡(注2)の先端に透明フードを装着して検査を実施した.
担当医は看護師1名の補助を受けながら,左手で内視鏡の操作部を持ち,右手でスコープ部を持って,内視鏡を肛門,肛門管から直腸を通り抜け回腸まで挿入し,抜去しながら消化管内を確認した.最後に下部直腸肛門側を確認するために反転観察を行うこととした.下部直腸(Rb)の肛門管(P)の辺りまで内視鏡を引き抜いてから,モニターで肛門管(P)のひだが写っていることを確認し,内視鏡の先端が下部直腸(Rb)にあることを確認してから,内視鏡の先端をL字型に曲げて直腸壁に当てて反転操作に着手した.まずはアップアングル(注3)の操作を行い,スコープ部の先端を逆U字型に湾曲させたが,より湾曲の程度を強くするため,右手をスコープ部から離し,右手でRLアングルノブを持って,左右アングルの操作を行った(本検査中,反転操作したのは1度だけであった).
反転操作をしたところ,モニターに映し出された視野が変わり,腹腔内と疑われるものが写し出されたため,脱気して本検査を終了した.このとき,患者が痛みを訴えることはなかった.
CTで消化管穿孔が疑われ,開腹手術をしたところ,患者の直腸S状部(Rs)の前壁に直径約1㎝の穿孔が認められたため,粘膜と漿膜を縫合した.16日間の入院を経て,患者の穿孔は治癒した.
2.本件の争点
本件の主な争点は,反転操作時の手技上の過失の有無であった.
3.裁判所の判断
第一審で裁判所は,担当医が本件内視鏡を一旦,肛門管の辺りまで引き抜いたとしても,その後,反転操作のため,右手をスコープ部から離したのであるから,このときにスコープ部が支えを失って動きやすい状態になり,腸の奥の方向へ動いた結果,Rs部に穿孔を生じさせた可能性が否定できないと述べた.そして,内視鏡検査においては,腸管の管腔が広い直腸Rb部からRa部において反転操作することが最も一般的であり,担当医は本検査時,Rb部において反転操作したと認識していたが,実際には,結果において,Rs部で反転操作が行われたのであるから,担当医には,反転操作をするのが適当でない位置において反転操作を行った過失があるとした.
これに対し控訴審では,裁判所は,担当医はモニターで肛門管(P)のひだが写っていることを確認しているため,内視鏡先端が下部直腸(Rb)の肛門管(P)付近にあることを確認してから,下部直腸(Rb)で反転操作を開始したと認定した.そして,反転操作においては,内視鏡の先端が腸壁に当たったときには,一瞬モニター画面から腸壁が見えなくなることや,反転操作の際に,内視鏡の先端を直腸横ひだ(Houston弁)の下側に当てて,ひだ沿いに反転させると,先端がすべってひだを越えてしまうなどの原因で,意図せずに内視鏡が直腸の奥に入ることがあり,これを防ぐ方法はないこと等を認定した.
その上で,本件では下部直腸(Rb)で反転操作を開始したものの,何らかの原因で内視鏡の先端が直腸S状部(Rs)に移動し穿孔が生じたとして,その原因は,反転操作の際に内視鏡の先端が腸壁(ないし直腸のひだ)をすべって奥に入ったものと推認されるとし,これを防ぐ方法はないため担当医に過失はないとした.
4.本事例から学ぶべき点
本件では,内視鏡の反転操作における手技の過失の有無について,地裁と高裁で判断が異なった(どちらの判決にも異論がある医師もいるかもしれないがここではあえて立ち入らない).判断が異なった一番の理由は,反転操作の際に穿孔が生じる詳細な過程(事実)と原因の検討の有無であろう.反転操作の際には内視鏡の先端をひだにあてて行う事,その際に先端がすべってひだを超えてしまい意図せず直腸の奥に入ってしまう場合があること,そしてそれを防ぐ方法はないこと等は,地裁判決では検討されておらず,高裁で新たに認定されている(定かではないが控訴審で医師側が主張立証を行ったものと推測される).
事故が生じた際,事故に至る詳細な経過や,事故(本件では穿孔)が生じた原因について具体的に説明することは意外と難しい.実際に筆者も穿孔事故で医師と話していて感じるところである.しかし本件をみてもわかるように,反転操作の具体的な方法や経過,そして穿孔の原因の具体的な説明の有無が,過失の有無の判断を分けた.特に典型的な合併症(針刺し事故,内視鏡穿孔等)については,具体的事実関係が過失の有無を左右することが多い.事故は残念ながら不可避的に生じ得る.事故の具体的経過と原因をわかりやすく詳細に伝えることの重要性について留意しておきたい.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


引用文献および補足説明
注1) 岡山地裁 平成29年7月11日.その後の控訴審が広島高裁岡山支部 平成31年4月18日.
注2) オリンパス社製,CF-H260AL/I.
注3) 操作部には,スコープの先端に上下の角度をつけるUDアングルノブと,左右の角度をつけるRLアングルノブがあり,UDアングルノブで上方向に角度をつける操作(アップアングルの操作)をすれば,スコープの先端は逆U字型に湾曲し,同時に,RLアングルノブで左右に角度をつける操作(左右アングルの操作)をすれば,湾曲の程度が大きくなる(地裁判決より).

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。