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日外会誌. 121(6): 565-566, 2020

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先達に聞く

Isolated Pancreatoduodenectomy

日本外科学会名誉会頭,名古屋大学名誉教授,名古屋セントラル病院院長 

中尾 昭公



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1973年に名古屋大学を卒業し,消化器外科医を目指し2カ所の関連病院で7年間の外科修練を重ね,胃癌手術のD2郭清を早くマスターしたいと思っていた.この間に多くの手術を経験したが,膵頭十二指腸切除術(PD)の経験は少なく,当時,先輩から門脈に浸潤した癌には手を出すなと言われていた.その当時,消化器外科医で血管外科に習熟している者は少なく,また安全な門脈遮断法も確立されていなかった.そんな時,抗血栓性のヘパリン化親水性材料(東レ株式会社,アンスロン)と遭遇し,帰局したらこの材料からカテーテルを作成し門脈遮断中の門脈血をバイパスさせる安全な門脈遮断法を開発しようと心に決めていた.
1980年に名古屋大学第二外科へ帰局した.帰局当時は非常勤医員の身分で執刀する機会もなく,また膵癌症例の手術も少なかった.連日,東レで試作したアンスロンカテーテルの抗血栓性評価の基礎的研究とイヌを用いた門脈遮断実験に明け暮れた.イヌは門脈遮断に弱い動物であり,迅速で確実な手術手技が必要とされた.この実験で門脈遮断中のうっ血した門脈血をアンスロンカテーテルで体循環へバイパスしたり,肝動脈も同時遮断中の肝阻血に対しても門脈血を肝内門脈へバイパスし,門脈うっ血と肝阻血双方を防止する術式の開発とその安全性を確認した.またイヌを用いた同所性肝移植術においても術中,門脈血と下大静脈血をこのカテーテルを用いて上大静脈系にバイパスし,安全に肝移植術が施行できることを証明した.こうして門脈カテーテルバイパス法を完成させ,門脈うっ血や肝阻血に安全に対処できることとなった.
1981年,代務先で門脈浸潤を伴う膵癌に対し,門脈カテーテルバイパス法を用いて術中,門脈遮断を時間的制約から開放されて安全に施行し,門脈合併膵全摘術を施行し,門脈と上腸間膜静脈は端々吻合で再建した.この成功は大きな喜びであり,自信を深めることとなった.1983年に文部教官助手となり大学での執刀も可能となった.門脈切除を伴う膵癌手術に積極的に取り組んでいたが,教室の方針で肝移植術修得のため1989年から1年間ピッツバーグ大学へ留学した.ピッツバーグ大学では当時,1年間に600余例の肝移植術が行われていた.この経験は肝胆膵手術の幅と深さを増すこととなった.当初より,従来のコッヘルの授動術に始まるPDでは血管浸潤例には対処できず,癌の基本術式であるnon-touch isolation下のen bloc切除(Isolated PD)を模索していた.そのためには腸間膜の系統的郭清を最初に行い,上腸間膜動脈(SMA)より分岐する下膵十二指腸動脈(IPDA)を最初に結紮する方法を開発し,Mesenteric Approachと命名し,1992年に日本語(手術)で,1993年に英語(Hepatogastroenterol)で発表した.こうして1980年代後半より模索していたIsolated PDが完成した.膵癌手術においてMesenteric Approachを用いれば,手術の最初にR0手術が達成できるかどうか,また切除可能性も判断でき,動脈先行処理,系統的なSMA周囲リンパ節郭清,膵頭神経叢第Ⅱ部を中心とした膵外神経叢の郭清,そして門脈系を中心とした血管合併切除と再建が容易に可能となる.この手術手技は熟練を要するが,本手技をマスターすれば膵頭部周囲の血管解剖は一目瞭然となり系統的な郭清ができ,Isolated PDが施行可能となる.最近,PDにおいてArtery firstとかSMA firstといった言葉が用いられるが,外科医にとっては当たり前のことで,私にとっては奇異に聞こえる.このように本邦では既に1990年代初頭にこの術式は完成していた.やっと欧米では2010年代よりArtery firstとかSMA firstという言葉が用いられてきているが,腸間膜の系統的な郭清において,IPDAが露出され結紮切離されるという概念はなく癌外科医としては寂しい限りである.また最近ではmesopancreasといった言葉が使用されるが,解剖学的に何を指すのか明らかでない.本邦では膵頭部を中心とした膵外神経叢の解剖が明確であり,膵頭神経叢第Ⅱ部といった解剖学用語を使用すべきである.
1999年,教授となり,第二外科(消化器・移植・乳腺内分泌)を運営する立場となったが,手術には積極的に関与した.教授就任と同時にメスを措く外科医もいると聞くが,それでは手術は上達しない.膵癌治療成績も30年前と比較して著明な向上が認められつつある2011年,定年より少し早く退職した.
教授退任と同時に現在の病院へ異動したが,現在もなお,膵癌手術を担当し,国内外から多くの手術見学者が訪れ,賑やかな手術室となっている.局所進行切除不能膵癌に対し,化学療法や化学放射線療法が進歩しつつある現在,Conversion surgeryが施行されることも多くなってきている.Conversion surgeryにおいてはMesenteric Approachと門脈カテーテルバイパス法はマスターしなければならない必須の手術手技となっている.またMesenteric Approachは従来法に比較して術中,出血量も癌細胞の揉み出しも少なく,術後成績も良好であろうと主張してきたが,それを証明するものはなかった.しかし最近切除可能膵癌に対し,Mesenteric Approachが従来法のPDに比較して手術成績が良好であるという報告が和歌山県立医科大学よりなされ,全国的にRCTが進行していることは喜ばしい限りである.継続して考え実践していくことが,手術の上達と成績の向上につながる.

 
利益相反:なし

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