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日外会誌. 121(5): 554-556, 2020

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臨床研究セミナー記録

日本外科学会・日本臨床外科学会共催(第81回日本臨床外科学会総会開催時)
第23回臨床研究セミナー

第1部 臨床研究の基礎講座 
2.臨床研究支援センターの役割
―地方大学における医師主導治験の支援を中心に―

高知大学医学部附属病院 次世代医療創造センター,高知大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科 

兵頭 政光

(2019年11月16日受付)



キーワード
ARO, 医師主導治験

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I.はじめに
近年,臨床研究の推進とその質の担保が重要視されている.2018年には臨床研究法が施行され,厳格な利益相反管理,研究資金の透明化,モニタリングの実施などが求められるようになった.また,多施設共同臨床研究や治験は,プロトコールが複雑化する傾向もある.そこで,臨床研究支援センターの役割と責務が極めて大きくなっている.特に大学や研究所等のアカデミアにおいては,臨床試験を実施するのみならず,臨床試験の企画立案,外部資金の獲得,試験実施計画書の作成,モニタリング,総括報告書作成,企業への導出などのさまざまな業務への支援が求められる.このことからアカデミアにおける臨床研究支援センターはAcademic Research Organization(ARO)として臨床開発を主導することが求められるようになっている.
高知大学医学部附属病院においては,次世代医療創造センター(以下,センター)がAROとしての役割を担っている.地方の小規模な大学で,人員も予算も限られているなか,これまでにセンターが治験調整事務局となって2件の医師主導治験を実施し,いずれも実用化につなげることができた.今回,センターの責任者としての立場と医師主導治験で支援を受けた立場の両面から,アカデミアにおけるAROの役割について述べる.

II.臨床研究・治験推進に向けた国の施策
国は2012年に臨床研究・治験活性化5か年計画 2012 アクションプランを策定し,
1.日本の国民に医療上必要な医薬品,医療機器を迅速に届ける.
2.日本発のシーズによるイノベーションの進展,実用化につなげる.
3.市販後の医薬品等の組み合わせにより,最適な治療法等を見出すためのエビデンスの構築を進める.
の目標を掲げた.2019年には「臨床研究・治験の推進に関する今後の方向性について」が取りまとめられ,革新的な医薬品・医療機器等の研究開発推進,人材育成の強化,リアルワールドデータの利活用,小児疾病・難病等の研究開発が進みにくい領域への支援,国民・患者の理解や参画促進などが提言された.そして,AROにはこれらへの対応が求められている.

III.当院における次世代医療創造センターの経緯と役割
当院では臨床研究を支援する目的で2009年に臨床試験センターが設置され,2014年には病院長直轄の次世代医療創造センターに改組された.センターにはプロジェクトマネジメント部門,データマネジメント部門,サイトマネジメント部門,シーズ管理部門,トランスレーショナル・リサーチ部門,安全管理部門,教育・人材育成部門,規制担当部門が設置され,それらが連携しながら臨床研究支援,データ管理,安全管理,研究費獲得支援,知財管理,人材育成,学外の研究者や市民への普及・啓発など,AROとしての幅広い活動を行っている.また,学内の研究シーズ発掘,研究デザインなどに関する研究相談,統計解析支援など研究者に寄り添った活動も行っており,小規模な大学ならではの機動性を活かしている.

IV.当院での医師主導治験
当院ではこれまでに2件の医師主導治験を実施した.当初は十分な経験もノウハウもなかったが,センターのスタッフが獅子奮迅の働きを行い,それに引っ張られる形で病院としての協力体制ができあがっていった.
1)5-アミノレブリン酸による膀胱癌の光力学診断
膀胱癌の多くは筋層非浸潤性癌であるが,白色光による内視鏡下の観察では腫瘍の拡がりを正確に視認することは困難である.そこで泌尿器科が,5-ALAを経口投与し蛍光膀胱鏡による光線力学診断に取り組んだ.
当初は先進医療としてスタートしたが,日本医師会治験促進センターの支援による医師主導治験に移行した.その後,追加の企業治験を経て,2017年9月に経口用光線力学診断用剤(アラグリオ)の薬事承認が得られた.手探り状態でスタートした医師主導治験であったが,臨床試験センターを中心として学内の様々な部門の力を結集することにより完遂できた.同センターをAROの機能を担う次世代医療創造センターに改組するきっかけになった.
2)痙攣性発声障害に対するA型ボツリヌス毒素(ボトックス)治療
痙攣性発声障害は喉頭筋の不随意的,断続的収縮により発声障害をきたす疾患で,局所性ジストニアと考えられている.若年の成人女性に多いが,スムーズな会話ができないため仕事や日常生活に大きな支障をきたす.A型ボツリヌス毒素の喉頭筋への局所注入が標準治療であるが,適用承認が得られていなかった.
そこで,日本医師会治験促進センターの支援を得て筆者が治験調整医師として治験を実施し,2018年5月に適用承認が得られた.本治療の承認は,先進国ではオーストラリアに次いでわずか2カ国目である.なお,治験計画から承認申請に至る過程で本症の全国疫学調査,および診断基準と重症度分類の策定にも取り組んだ.治験だけでなく,関連する一連の研究についてもセンターがデータベース作成や統計解析等で支援した.現在,本治療は「ジストニア診療ガイドライン」や「音声障害診療ガイドライン」にも標準治療として掲載されている.

V.医師主導治験完遂のポイント
筆者の経験を通して医師主導治験完遂のポイントをまとめると,以下のようになる.
・病院長が臨床研究の重要性を理解し,有能な人材の雇用を進めていた.
・医師主導治験の支援経験が豊富なCROの支援を得た.
・患者会の後押しが大きな力になった.
・センターがone teamとなって活動した.
つまり,行き着くところは人の輪であった.地方大学であっても,関係者の熱意と理解により医師主導治験を完遂できたことは,われわれにとって大きな自信になった.現在では国の施策もあり,医師主導治験をはじめとする臨床試験への公的な支援体制が整ってきている.臨床の現場にあるさまざまな医療ニーズやシーズを,AROと協力しつつ実用化することも臨床家としての大きな喜びである.

VI.おわりに
アカデミアにおける臨床試験支援センターは,AROとしての多様な役割を求められており,その役割はますます重要となっている.アカデミアの強みは基礎研究データやサイエンスをベースに持っていることである.研究者・臨床家とAROとの更なる連携により,多くのシーズが実用化されることを期待したい.

 
利益相反:なし

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