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日外会誌. 121(5): 540-541, 2020

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(116)

―胃瘻造設中の術式変更についての説明義務違反が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
PEG, 胃瘻, 骨髄異形成症候群, 自己決定権

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【本事例から得られる教訓】
医師の医学的助言を聞き入れない患者は要注意である.カルテに患者側とのやり取りを明記し,その後の診療の在り方も慎重に対応したい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,胃瘻造設中の術式変更に関する事例である.胃瘻造設に関する事故は少なくなく,外科医の関心も高いと思われ紹介する次第である.
 平成10年4月24日,患者(死亡時76歳・女性・認知症あり)は,担当医(入院設備のない医療機関を運営する医療法人の理事長)の診察で実施された血液検査で高度の貧血がみられたため,骨髄異形成症候群の疑いでW病院を紹介され受診したところ,同病院の医師は担当医宛の書面に「診断:骨髄異形成症候群」と記載した.担当医がさらに紹介したVセンター血液内科の医師が作成した診療情報提供書にも,同様の記載がある.
平成12年8月5日,担当医が患者の血液検査を実施したところ,Hb値が5.9g/dl,Ht値が19.5%であり,9月29日に保存血液400ml,30日に200mlの輸血を実施した.10月7日の血液検査では赤血球数が293×104/μℓ,Hb値が9.5 g/dl,Ht値が30.2%,血小板数が6.0×104/μℓであった.
その後も血液検査で貧血の所見が認められ,何度か輸血が実施された.
平成16年6月30日の血液検査では赤血球数が50×104/μℓ,Hb値が2.2 g/dl,Ht値が6.7%,血小板数が2.1×104/μℓであったため,7月2日に保存血液800ml,3日に800ml,4日に400mlの輸血を実施した.
平成16年7月15日,患者の夫から,患者が食べ物を飲み込めない等の相談を受けたため,担当医は夫に対し,患者を本件医院以外の病院に入院させて中心静脈栄養等の栄養管理をすること等を提案した.しかし夫が入院処置を強く拒否したため,担当医は経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)を実施した上での経腸栄養による栄養管理を説明した.翌日の16日にも入院による栄養管理を説得したが,夫は拒否し,7月22日にPEGを行うこととされた.
7月22日午前,患者はPEGを受けるため息子に連れられ来院し,担当医はドルミカムの投与等を開始の上,胃内に送気し,胃内のライトで胃壁と腹壁の間に他臓器がないことを確認しようとしたが,患者がげっぷをしないよう注意してもげっぷをしてしまい,ライトの照射がうまくいかなかった.
そこで担当医は,PEGによる胃瘻造設を断念し,小切開による開腹で胃瘻を造設する術式(本件手術)に切り替えることにした.
担当医は,息子に対しその旨を説明したが,息子は異議を述べなかった.そこで担当医は,12時30分頃,患者に対しペンタジン15mgを投与して,その後,本件手術を実施し13時30分頃に終了した.手術終了の際に,ドルミカムの拮抗剤としてアネキセート0.5mgを投与し,18時頃までベッドに寝かせ経過観察した.その後,担当医は患者の呼吸が停止していることに気付き,用手的気道確保をし気管内挿管をした上でバッグによる酸素投与を実施したが,呼吸は再開せず,18時50分,死亡が確認された.死因については,高齢かつ栄養状態不良による衰弱の中,身体的侵襲を伴う手術が実施されたことが主な原因とされた(注2).
2.本件の争点
争点は多岐に渡っているが,適応,説明義務等が特に重要な争点であった.
3.裁判所の判断
本件手術の適応については,日帰り手術を実施した是非等が争われたが,裁判所は,患者には早急な対処が必要であったところ,夫が入院等による栄養管理を拒否していたため現実的には担当医が胃瘻造設をする以外に選択肢がなく,また,胃瘻造設術を中止しても,患者が他の病院に入院する等して適切な栄養管理を受けることは期待できなかったと認定した.また,本件手術は腹部から腹腔に至るまでの部分を10cm以内の大きさで切開するほかは,侵襲の程度としてはPEGとほとんど変わらない等についても認定し,結論として日帰り手術も許され適応義務違反はないとした.
説明義務については,担当医はPEGから本件手術に切り替えることは説明しているが本件手術の危険性等は説明をしておらず,栄養状態の悪化により早急に胃瘻を造設する必要はあったものの,PEGの実施が困難と分かった時点で,本件手術の危険性等の説明をする時間的余裕さえなかったとは言えないとして,説明義務違反を認めた.
しかし,本件手術は,切開範囲のほかは侵襲の程度としてはPEGとほとんど変わらず,ドルミカムとペンタジンの併用により呼吸停止が起こったとしても,用手的気道確保およびバッグ・マスク法で加圧すれば致命的になることはないとされていることなどを認定し,仮に担当医が危険性等を説明していても,息子が本件手術の実施に同意しなかった高度の蓋然性は認められないとして,説明義務違反と死亡との間の因果関係を否定した.ただし,同説明義務違反により,患者側はどの選択が自己にとって適切かを判断する自己決定権を行使する機会を奪われたとして,慰謝料30万円を認めた.
4.本事例から学ぶべき点
私見になるが,胃瘻造設の早期対応が求められている中,術中にやむを得ず術式の変更が必要となった場合に,裁判所の述べるような本件手術の危険性等まで説明することが,果たして現実的と言えるかについては,疑問が残る(誌面の都合もありこれ以上の立ち入りは控える).
以前に,人工血管置換術の事例を紹介し,術式変更の可能性について事前の説明が必要となる場合もあり得ることを紹介したが(注3),本件とは手術の難易度も手術に至る経緯等も大きく異なっているため,同列には論じられないと考える.
本件事故の根本的な問題は,夫が医師の栄養管理の助言を拒否し続けていたことではないだろうか(それでも患者のために尽力し続けた担当医には気の毒な面を感じる).医師の助言を聞き入れない患者側への対応は要注意で,患者側の姿勢によっては,診療の継続自体を再考する必要も考えられよう.

 
利益相反:なし

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文献
注1) 千葉地裁平成31年1月25日
注2) 死因についても裁判では争われたが,誌面の都合上割愛する.
注3) 日外会誌118(5):556-557,2017.

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